第351話

 時計塔から降りた俺達は二手に分かれた。俺とニーナは城の様子見で、エリーゼとガスランは再び商業ギルドへ行く。


 商店が並ぶ通りは、こんなに人が残っていたんだと思ってしまうほど物を買い求める人が多く、その表情には戸惑いと恐れが多く表れているように思った。

 店先で怒鳴り合う人達も居て、その喧噪は殺伐さを広げていく。

 但し、要所に立つ多くの兵の目がまだそんな群衆を制御していることも判る。


 一つ裏通りに入った所でニーナが隠蔽魔法を全力で掛ける。その魔法の帳を纏って俺とニーナは城へと近付いた。


 考えていたポイントを地図で確認しながら、可能な限り城壁を辿るように回った。

 俺はスキルをフル稼働させている。魔力操作も駆使しながら、治癒の際に人の身体を診ていくのと同じように城と周囲を診続けた。



 夕暮れ時になって宿屋に戻ると、食堂に集まった宿泊客達が騒いでいた。

 夕食を出せ出せないで揉めている。

 宿屋側の言い分は食材が無いの一点張りで、前払いの客には返金するという話。


 部屋に入った俺とニーナは、先に戻っていたエリーゼとガスランにお疲れさまの意味を込めて頷く。

 エリーゼが、呆れているのと嘆かわしいのと怒っている。そんなもの全部がミックスされた顔で言った。

「商業ギルドは凄かったよ。軍に抗議しに行ったギルドの職員が暴行された話と軍に食料品を奪われないための算段とか、喧々諤々」


 そんな街の混乱ぶりの話をして、冒険者が主体となった暴動一歩手前の騒ぎの事についても話題になった夕食の時間が過ぎると、そこからは全員で工作活動の時間。


「んじゃ、行こうか」

「「「了解」」」



 その後、夜が明ける少し前に俺とエリーゼが宿に戻った時には、まだガスランとニーナは戻っていなかった。しかし一時間ほどで二人も帰ってくる。

「何とか終わったよ。疲れた…」

 と、ニーナはそう言うとソファに寝転がった。

 重力魔法の使用を控えているからずっと走っていたのは探査で見えていて分かっていた。かなり体力を使っただろう。ま、ガスランは割と平気そうな顔してるけど。


 さて、後は公爵軍が来てくれるのを待つだけ。



 ◇◇◇



 翌々日の午前。急造にしては組織だった多くの住民や冒険者の武装集団が西門を守備する軍の部隊を襲った。双方に死傷者が出たらしいが鎮圧されている。

 そしてこの事態を受けてか、全ての門と城の周囲は一層厳重な警戒になっている。


 そんな風にすっかり殺伐とした空気に満たされた中、俺は多数の反応を感知。

 すぐに例の時計塔に上がった俺達は、もう肉眼でも判る距離に迫った軍勢が、数えきれないほど多くのウェルハイゼス公爵旗をたなびかせている様子を目にする。


「来たな」

「来たね」

「来た」

「やっと来たわね」

 なんか愚痴でも言いそうな感じの口ぶりだったが、ニーナの表情はにこやかだ。



 四人でこれからの予定を再確認し合ってから、俺とニーナは公爵軍が街のほぼ真西に布陣するのを待ってその近くに転移。

 突然現れたせいで兵達が驚く中、ニーナは指揮官に説明し指示を出す。

「……繰り返す。門の破壊と敵への初撃、そして城周辺の制圧は我々アルヴィースが行う。貴殿らの最優先は逃げてくる住民の保護と安全確保。次に街区に侵入し敵残党の駆逐。絶対に火を点けさせるな。もし火の手が上がった場合は消火活動を優先。民の大切な家が失われることは有ってはならない。この街、エゼルガリアは広いが隈なく網羅して対処するように。以上だ」

「御意」


 続けてニーナは、商業ギルドや大手商会、治癒院、孤児院など重点保全対象を地図で示した後、作戦の経過を周知する合図の打ち合わせを行った。



 そして、俺とニーナは転移でエリーゼ達の元に戻った。


 敵軍は西門の両側の璧上にかなりの人数を増員している。その他の各門の守備部隊も少しずつ増員されていて、城の中の人数は減って城の外に待機する兵が増えた。


 MP回復ポーションを飲んだ俺は、探査で見えている状況を手短に説明後、皆の顔を順に見て一人一人に頷く。


「容赦なく敵は全て撃ち砕け。作戦開始だ」

「「「了解」」」


 ひと足先にガスランとエリーゼは西門へ走り、その後ゆっくりとニーナは城の真上へ飛ぶ。それを見届けて俺は北門の上空に転移した。


 西門に着いたエリーゼが光球を打ち上げた。


 スガガガガカガガガッーンッッ!!


 ガスランが起爆させた爆弾が連続で炸裂。

 事前に西門周辺に仕掛けていた爆弾が、兵の詰所と門を粉砕。

 最も手厚く配置されていたそこの敵兵の全てが、引き裂かれて吹き飛び叩き付けられ、血肉の塊となっただろう。


 続けて今度は俺が、北門に仕掛けていた爆弾を起爆。


 スガガガッガガッーンッッ!!


 これは門や扉の破壊までには至らないよう調整済み。

 但し、門を警備していた兵達は全てバラバラになった。


 その直後、俺が南門に転移した時、ニーナの超絶魔法が発動した。

 城の真上の上空から巨大な青白い爆炎が降りて行く。それは城の全てを呑み込んでしまいそうなほどに大きい。

 じわじわと降りるその爆炎が青い揺らぎを見せる度に、見ているここまで熱が押し寄せてくるように感じた。


 普段はダンジョンだったりと、冒険者活動では火魔法はあまり使うことが無いのだが、ニーナはずっと訓練を怠ることはなかった。地道にコツコツと熟成されてきた火魔法はLv8に達している。


 それにしても、俺もニーナのこんな本気全開の火魔法は初めて見る。

 とてつもない威力だな…。と、つい見とれてしまっていた俺は我に返って南門の爆弾を起動。


 スガガガガカガガガッーンッッ!!


 西門と同様に門まで粉砕。呆然と、俺と同じように城の上に浮かんだ爆炎を見ていたここの警護の兵も全て駆逐。


 この時ニーナが追加の闇魔法を発動。

 それは城の周りを囲う重力障壁。ベクトル反射オプションは付いていない。

 但し、障壁の作用方向は通常とは逆。内側にむけられている。

 城の外に待機していた兵のほとんど全てが、その高さ5メートルほどの重力障壁の塀の中に閉じ込められた。


 俺は東門に転移してすぐさま爆弾を起動。

 北門と同じようにそこに配置された兵だけを粉砕した。


 直後、ガスランとエリーゼが辿り着いた、街の北西区域に在る領軍本部と騎士団本部の敷地の全域で続けざまに爆弾が炸裂した。


 スガガガガガガガガガカガガガッーンッッ!!

 スガガガガカガガッーンッッ!!

 スガガガガカガガガガガガッーンッッ!!


 敷地内の建物・施設、その全てを破壊。

 留守番のように居残っていた兵達もその全てが共に砕けた。


 俺は城の上空のニーナの近くに転移。

「熱っ!」

 すかさず更に高い所へ転移。


 するとニーナがゆっくり俺のところに上がって来た。自分の周囲には自分用の重力障壁と風の障壁を張っているのでそれほど熱くはない様子。

 しかし凄いなニーナ、同時に幾つキャストしてるんだよ。


「傍は熱いって言っといたでしょ、…んとに。人の言うこと聞いて無いんだから」

 ニーナは呆れた顔でそう言って、俺は苦笑い。

「確かにそう言ってました…。で、次のフェーズに入れそうだな」


 今、爆炎の巨大な炎の球体は城の最上部辺りに留まっていて、城の上層に居た人間は少しでも熱から離れようと下に降りている。


 次のフェーズなんて言ったのがトリガーだったのかは分からない。

 城の上層、炎に包まれている部分が溶けて崩れ始めた。

 まるでチョコレートタワーのように滴り落ちているが、さすがに途中で温度が下がっているのだろう地上までには至らない。

 結界はとっくの昔に圧倒的な事象改変によって全て霧散してしまっていて、再構築の兆候もない。


 ニーナが俺に尋ねてくる。

「城の外の障壁の範囲はこのくらいで良かったんだっけ。城の敷地いっぱいにしてるけど」

「うん、いいと思う。そこまでは影響しない予定だから」

「りょーかい」


「よし、行ってくるよ」

「ほーい、そっちが始まったら爆炎は停止するね」

「了解」


 俺はニーナが張った重力障壁の外に着地。障壁の内側に居る敵兵の何人かに見られているような気もするが、気にしない。

 すぐに事前に仕掛けを作っていた城の裏に走って、そこに施していた幻影を解除。

 落とし穴の蓋のように置いていた板を、その上に載せていた土ごとずらす。

 足元にぽっかりと開いた穴。

 それはマンホールの半分ぐらいの口径だ。


 これはエリーゼが城の地下深くにまで掘った穴だ。

 城を雷撃砲や、以前ニーナが教皇国でやった隕石爆弾で破壊し尽くそうとすると周囲への二次被害は避けられない。

 城だけ、なるべく影響範囲を狭くと考えた結論がこれ。


 穴は中で斜面になっている。そこを転がすように俺は特別な爆弾を落とし込んだ。

 深さは、俺がスキルを駆使して確認した城の基礎部分よりも深い。


 グッグググッゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ…


 地鳴りが響いてすぐ、地面が揺れ始めた。

 俺はすかさず空中に飛び上がる。


 見下ろすと、城全体が地面と共に小刻みに揺れているのが判る。


 バキンッ!

 ガーンッ!!

 ギギギキィッ!!


 地下の爆発の音が止んで、そんな甲高い音が響くと城が沈み始めた。


 ガガガガガガガッッッッッーーンンン!


 立ち上る土煙で視界が悪くなるが、爆炎を止めたニーナがその土煙を吹き飛ばす。

 城の外の重力障壁に閉じ込められていた兵達は、立っていられなくて座り込んだ状態のまま、目の前で土の中に呑み込まれて行く城をじっと見ている。


 このサラザール城は高レベルの土魔法が存分に駆使された硬度と質量を誇っている。土魔法師の特級品の仕事だと言っていい。

 手を抜くことなく地下の基礎部分もしっかりした造りだ。

 しかしそこが粉砕されたらどうなるか。


 それにこの城は、優れた土魔法の成果の故に極めて重くて硬い。


 エリーゼに掘って貰った穴は、城の基礎部分の更に下にまで届く深さだ。

 俺が投入した爆弾は城の中央部分の真下で、城の基礎を含めた地中を広い範囲で粉砕している。


 エゼルガリアのサラザール城は地盤が大きく陥没し、造りのタガが緩むと一気に自身の重みに押し潰され崩れながら沈んだ。

 確認している限りでは、城内に居た全員がニーナの爆炎の熱さで外に逃げていて、城と共に土に埋もれた人間は一人も居ない。



 ◇◇◇



 サラザール城が沈んだ直後にはニーナが合図を打ち上げていて、既に公爵軍の突入部隊が何チームも街の中に入ってきている。

 探査で見えていた感じでは、西門が粉砕されると割と多くの民間人が門の外に逃げていた。今は、待っていた公爵軍の案内で、外壁から離れた辺りで飲み物や食べ物の提供を受けたり毛布なども与えられているはずだ。どうやら混乱も無くおとなしくしているようなので、公爵軍からの説明を理解し受け入れてくれているのだと思う。


 その後、公爵軍と共に敵兵の残党狩りをしていたエリーゼとガスランが城の近くにやってきた時には、俺とニーナはいち早く応援に来た公爵軍の兵達と共に、全てスタンで眠らせた重力障壁の中に居た敵の拘束をしている最中だった。


「……多い」

「……すごく、多いね」

 そう言って、捕縛対象の多さにげんなりしていることを隠さないガスラン。それはエリーゼも同じ。


 わざわざ熱さで城から追い出したりして、城の中や周辺に居た敵を手間をかけて生かしている理由は、おそらくはこの中に何人かは貴族や内戦に関しての証言をさせ得る者が居るだろうから。サラザール伯爵の縁者や、それなりの情報を持っていておかしくない地位の文官・武官が居ると目されている。


 という訳で、全員を鑑定することになるんだろうなと思って俺は少し気が重い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る