第336話
フレイヤさんとミレディさんを交えた長い話し合いをした翌日。俺とガスランは、ホムンクルスの男の子がやって来た足取りを辿ろうとしていた。
昨日の雨のせいで足跡は分かりづらい。それでも森を歩いて来た形跡を確認しながら進んだ結果、森の中に在る数少ない道の一つに出た。それは小さめの馬車が一台やっと通れるぐらいの道幅で、この森を南北に貫くように続いている。
ここまでは俯瞰視点で周囲を見て予想していたとおり。だが、あの子がこの道を通ったのだとしても、道に残っていたかもしれない足跡などは雨に洗われて完全に消されてしまっている。ここから先の手掛かりは薄い。
俺は南に向かう方を指差した。そこも俯瞰視点で見ていた所だ。
「やっぱり可能性が高いのは、あっちの集落だろうな」
「うん、あの子の感じだとそんなに長い間は歩けない。近い所から調べよう」
地図を見ていたガスランが、俺が指差した方に顔を向けてそう応じた。
ちなみに俺が示した方向とは逆の北に進むと、森を抜けてしまう前に俯瞰視点の範囲から外れてしまう。なのでその先の様子は判っていないが、地図で見るとエゼルガリアと東の沿岸地域を結ぶ街道にどうやら繋がっているようだ。
そうして道を南にしばらく歩いて、探査では全く何の反応も感じられないその集落に着いて見ると、つい今しがたまで人が居たのではないかと思ってしまうほど普通の状態だった。そのことに逆に不自然さを覚えながら、森を切り開いて作られた集落の中心にある小さな広場へと進んだ。そこには住民の共用のものだろう、雨水を防ぐ屋根が付いた井戸がある。
ガスランは広場に在るその井戸の水を汲み上げて匂いを嗅いだ。
「水は割と綺麗」
「うん。鑑定で見ても特に異常はないよ。最近まで井戸を使ってたんだろうな」
元々この集落は、良質な木を求めて森の奥に踏み込んでいく木こりが一定期間寝泊まりするための拠点とした所が次第に定住地に変わったような。そんな印象を俺は受けている。それを裏付けるように、この集落の辺りから先は森の木の植生が少し変化を見せていて、木々の高さにも明らかに違いがある。
「ガスラン、家の中を見ていこうか」
「分かった」
集落を構成する家々を一つずつ確認していくことにした俺達は、家の中をじっくり調べ始めた。4戸しかないので手分けはせずにガスランと一緒に見ていく。
最初の家の扉には鍵が掛けられていたが、他の家は全て施錠されていなかった。
共通して、家具はもちろんのこと魔道具や生活物資、食料なども残されている。
「遠くに出かけたという訳じゃない…。すぐ戻って来るって感じだな」
「皆で木を伐りに行ってる?」
「俺の探査の範囲外にまで行ってるのなら、そういうこともあり得るかな」
「誰も居ないし、馬も居ない」
そう。小さな荷馬車は残されているが馬は居ない。
この集落から先は、ここに来るまでより更に道幅が狭くなった林道が南西の方向に延びている。それは馬車を通すことは想定しておらず、いいとこ馬に乗って行く程度のもの。
そんな林道の始まりの箇所で、俺達はひと休みすることにした。
地面に座り込むとすぐに食事を始めているガスランの隣で、俺は果実水を取り出した。同じ飲み物をもう一つ取り出してガスランに手渡し、代わりにガスランが差し出してきた串焼きを俺は受け取った。
自分の為に次の一本を出して食べ始めたガスランが言う。
「シュン、あの子…。ヒールを掛けるのを止めたらどうなる?」
「長くはもたないよ。もって一日ってとこだと思う」
「これまではどうしてたんだろ」
「ダンジョンと魔物が繋がっているような魔力供給のパスがあったか。それか、魔力たっぷりの培養液みたいな中に居たか。そんな感じなのかなと想像してる」
パスが存在していたような痕跡は俺は見つけていない。そして、培養液というよりそれは母親の胎内のような物なのかもしれないと、俺はそんな風にも思っている。
俺は話を続けた。
「取り敢えず一旦MPを全回復できたら、定着が一気に進むかもしれない。そうだったらいいなと思ってるよ…。今は定着を進めるというより、繋がりが綻んでしまうのをなんとか遅らせているだけみたいな感じだし」
「外から魂を定着させることって、シュンは出来ない?」
「それは無理。精霊魔法の領分だよ。それが可能なのは蘇生魔法。神級かそれ以上のものだからエリーゼにはまだ無理だと思うし、もし行使できるとしても使わせたくない。エリーゼは自分が使えると知ったらやってしまいそうだけどな」
「禁忌の魔法だから…?」
「そう。フレイヤさんから、絶対に使わせるなって言われてるんだよ」
「じゃあ絶対に使わせないようにしないと」
うんうんと俺はガスランを見て頷いた。
「あの子のMPの回復については、試してみようと思ってることがある」
俺がそう言うとガスランは、おっ? と口を尖らせてこっちを見てきた。
目で話の続きを催促しているガスランに、俺はエリーゼ達が待っている廃坑の方を指差す。
「ステラが来たら頼んでみようと思ってるんだよ。そろそろ来る頃だし」
「えっ? ステラ?」
MPの回復とステラという組み合わせが余程意外だったのか、今度は目を見開いたガスランに俺はもう一度頷いた。
俺達はサラザール攻略の前にはステラと合流して情報交換をする約束をしていて、その待ち合わせ場所が今回野営している廃坑だ。
「そう。真祖のみが行使可能だと言われるパーフェクトドレインを、MP限定の反転モードでやってみて貰おうと考えてるとこ」
「ドレイン…?」
「可能性はあるってことはステラには話したことがあるんだ。ほら、教皇国で俺とニーナがボロボロになった反省会の時にさ。MPを譲渡できる方法ないかなって話になったろ。高級ポーションでも間に合わない足りない状況で、どうするかって」
「あー、思い出した。レヴァンテが、魔王は契約魔法とかパスが無くてもMPを他人に分け与えることが出来たって言ってた話?」
「そうそう、それ。レヴァンテに詳しく訊いたら魔王が使うドレイン魔法は収支がプラスだったことと、更にはそれを反転させることでMP譲渡も出来たという話だったんだ。だから、俺の闇魔法じゃまだ無理だけどステラのスキルなら出来るかもなって話になってたんだよ。なんてったって、ステラのドレインはコストゼロだ」
「……それ、何か期待できそうな気がする」
「本人は半信半疑だったけど、少し訓練してみてからどうなるかだな」
……と、二人でそんなことを喋りながら、結局は大きなサンドイッチなども取り出して本格的な食事になってしまう。早朝から行動していてちょっと早いのだが、今日の昼飯ということ。
その後。
食後のお茶を飲み終わり、そろそろ林道を先に進もうかと思った時だった。
急に次々と探査に現れ始めた反応に俺は驚く。
それは、目の前の林道の先からこちらに向かってくる馬に乗った集団。緩やかにカーブしている道のせいで木々の陰となって互いに直接視認は出来ないが、直線距離としては200メートルも離れていない。
完全ではないが気配察知の能力を持つガスランも俺と同時に気が付いていた。
二人揃ってすぐに身体が動き始めている。
「集落の入り口まで戻ろう」
急いで木の陰に身を潜ませた俺がそう囁くと、同じように俺の隣で身体を縮めているガスランが無言で頷いた。
集落へやって来た方に小走りで戻り始めて、念のためにと俺は自分とガスランに隠蔽魔法を掛けた。
「反応はヒューマン六人、エルフが二人。そして魔族が三人だ。全員馬に乗ってる」
続いていた集団が途切れたことが分かった俺は、隣を走っているガスランにそう伝えた。
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