第316話
その後、再びオルディスさんの説明が続けられて話題は復興のことになる。
南部荒廃地域の調査や治安維持も重要だが、戦争で直接あるいは副次的にいろいろな物が破壊されて荒れ果ててしまった元教皇国と呼ばれるこの広大なエリアを、いかに復興させていくかは将来的な安全保障としても重要だ。
エリーゼがフェイリスに向かって問う。
「教会の扱いはどうしようと考えてるの?」
問われたフェイリスは苦笑いを浮かべた。
「まずはそれからよね…。完全解体して禁教扱いは決定事項で、既にその処置は現在進行中よ。でも、皆の意見を聴かせてくれる?」
教会を無くしてしまう事について異議を唱える者は当然ながら居ない。が、教会が果たしていた機能の代替となるものが早急に必要だという意見が相次いだ。
現在その役割の大半を担っているのは帝国軍。しかし主要都市の全てに占領という形で配備されている帝国軍をこのままずっと駐在させておくわけにはいかない。真の復興、旧教皇国民が新たに帝国民として自立に至る為には、支配する者と支配される者という構図を無くすことが必要不可欠だからだ。
フェイリスはひと通りの意見が出尽くしたところで皆に笑顔を向けた。
そして、手元に一枚の紙を置いた。
「既に着手した町もあるのだけど、最優先で治安維持と住民に対するすべての支援の為の行政庁を各町に開設する。まずはその地域と住民の把握をし、帝国民なら当たり前の権利と義務を浸透させるのが目的よ。落ち着けばなるべく早い時期に治安部隊の指揮権と行政の責任者以外の実務的な部分は住民たちに譲渡していこうと考えているわ。そしてそれに先立って、具体的な復興拠点・復興のシンボルを造る事にしているの。ラルベルクには書簡で少し相談済みなんだけど、皆にも説明しておくわね…。ニーナ、これをパネルに映せるかしら」
「大丈夫よ。貸して」
ニーナは立ち上がってフェイリスの所へ行き、紙を受け取った。
ちなみにラルベルクというのはウェルハイゼス公爵のこと。
映し出されたのは地図だった。教皇国の首都以北が拡大されたもの。国境として接する帝国側と王国側のそれぞれの地域も映し出されている。
地図の真ん中から少し上には、俺達が難民を連れて街道を真っ直ぐ北に進んで辿り着いた王国との国境線を為す川に架かる橋がある。
フェイリスはその橋を指し示した。
「この橋は、シュン達も良く知っているわよね」
「うん、落とされているかもと心配してた橋が残っているのが見えた時はホントに嬉しかった。よく覚えてるよ。対岸には公爵軍が大軍で来てくれてたから余計に嬉しかった」
俺の言葉で思い出したんだろう。
ガスランがニコニコ微笑んで隣のウェルハイゼス公爵の方を見てピョコンと頭を下げると、公爵も微笑みを返し、そして手を伸ばしてガスランの頭をポンポンと優しく撫でた。
父が子に示すようなそんな仕草に俺はほっこりした気持ちになる。
フェイリスもそんな様子に口元を緩めながら、言葉を続ける。
「そうね。多くの難民たちもそれに近いことを感じたと思う。希望が見えた橋よ」
ん? 復興のシンボル? フェイリスはそう言った。
俺がそんな考えを巡らせたのは僅かな間で、フェイリスは話を続けた。
「橋のたもと。もちろん教皇国側なんだけど、ここに港を造るわ。そして同時に誰もが住みたいと思えるような明るくて綺麗な街を造る」
「えっ?」
「はあ?」
「……」
驚いているのは俺達だけではない。ティリアもステラも、そしてオルディスさんも驚いている。ケイレブに至っては自分の耳を疑っている様子。その他の人達も。
要するにこんな話を知っていたのはどうやらウェルハイゼス公爵とジュリアレーヌさんまでだったようでそれ以外の全員が驚いた。
フェイリスは港と言った。こんな内陸の川べりに。
俺は地図の川を、橋の所からずっと西に辿って見る。川は所々で蛇行しながら海に繋がっている。その途中には、俺達も通った国境緩衝地帯から教皇国領へ続く小街道とそこに架かる橋がある。その辺りは川幅が狭く川面までの高さも比較的高い土地で、ここまでくると対岸も含めて国境緩衝地帯だ。王国領、正確にはデュランセン伯爵領はその国境緩衝地帯の手前までで海にはまだ遠く至っていない。
「海に繋がる運河を造ろうとしてるのか?」
驚きや疑問の溜め息などが静まったタイミング。俺の声はその場に響いた。
フェイリスはニッコリ大きな笑みを見せる。
「シュン、その通りよ。大きな船を通すには難所が有るということは十分に理解しているわ。しかし、帝国のプライドに掛けて必ず造ってみせるから期待してて」
収納魔法があるこの世界で大量輸送の為に船舶を使うという発想はほとんど無いと言っていい。帝国で船が活用される場合の理由は、目的地への行程が短縮されることと道中の安全確保が容易いことの大きく二点だ。実際に帝国の西方の沿岸部にある都市とロフキュールの間は運航の頻度はそれほど多くは無いが大手商会による定期船が行き来している。
「ロフキュールから陸路でそこまで行くと、おそらくどんなに急いでも2週間ぐらいかしら」
誰にという訳でも無くニーナがそう言うと、エリーゼが応じた。
「そうね。教皇国のあの街道は遠回りになるから…。馬車だともっとかかる」
「現時点の試算では、ロフキュールからこの橋の所まで高速船なら三日よ」
フェイリスがそう言うと、セイシェリスさんは信じられないという気持ちを隠しもせず、ただ驚きと感心の両方をその表情ににじませた。
◇◇◇
朝早くから始まっていた会議も、ここで昼食タイムとなる。
場所を移動して入った広間には既に食事が準備されていた。全員が緊張をしばし緩めたのどかな空気が漂う中、食事の時間が始まるとウェルハイゼス公爵とフェイリスとジュリアレーヌさんはゆっくり食べながら三人で和やかに言葉を交わしている。
しばらくして、隣で今日は割と行儀よく食べているニーナが小声で尋ねてくる。
「荒廃地域の調査を依頼されたらどうする?」
「依頼されるかな? まずは帝国軍が予備調査するんじゃない?」
と、エリーゼは今すぐの依頼は無いんじゃないかという感じ。
俺も同感だ。フェイリスのあの雰囲気だったらいずれは俺達に依頼してきそうだが、それは今すぐではないと思っている。
「前に決めたように、今のダンジョンにキリが付いたら次は王都だと俺は思ってる。その後でいいんならって感じだな」
ガスランも、次は王都。と言って頷く。
あ、そうだ。
俺は、尋ねようと思っていたことを思い出してニーナの顔を見る。
「ニーナ。ところでケイレブは今後どうする予定なんだ?」
「あー…、その辺の話は重要案件だから会議でも説明すると思うんだけど、結論から言うと本人はまだスウェーガルニに居ることを望んでるから当分はこのままよ」
「王都はそれだけ状況が良くないってことか」
俺がそう言うと、ニーナはちょっとだけ笑みを見せてすぐに真顔に戻る。
「そうね。かなり悪いみたい」
ニーナの母親、ウェルハイゼス公爵夫人は王都アルウェンの公爵邸に居る。
そこには公爵家の兵や騎士達もそれなりに人数は揃っているらしいが、本格的な武力衝突になったら多勢に無勢という事態になる可能性はあるだろう。
ニーナが一瞬見せた不安な表情。それを見て俺は改めて今後の予定を考え始めた。
◇◇◇
さて、午後の部はいきなりキナ臭い話から始まった。
それはフェイリスから提起されたこんな話。
「デュランセン伯爵領で不穏な動きの兆候を捉えているの」
えっ? なにそれ? と、俺がそう思っていると、俺のそんな疑問には公爵自ら応えてくれる。
「デュランセンの現当主の弟君は第二王子派閥と接触している。彼を支持する者も少なからず居るようだ。おそらくは中央が動いた時に呼応するつもりだろう。サラザール自ら直接関与しているかは疑わしいが、うちに対する嫌がらせの為の捨て駒なのは間違いないよ」
フェイリスはその話を聞くと妙に凄みのある顔に変わった。少し笑みを浮かべている。
「いざとなったらどうにでも出来るという意味なんでしょうけど、ラルベルク。いつまでデュランセンをこのままにしておくつもりなの? 言ったでしょう? うちとしては、あれは取り潰してほしいんだと」
ウェルハイゼス公爵の目も険しく光ると、二人はほとんど睨み合いの様相。
いやいや、こんな話。俺達が聞いててもいいんですかね。
貴族とか政治の世界ってやっぱり怖い。
居心地の悪さを俺は感じ始めるが、ふと目に留まったニーナは静かに微笑んでいるだけで平然としている。
その姫殿下モードのニーナが話し始めた。
「フェイリス、デュランセンの現当主は領民思いの人望もあるいい領主よ。ただ文官を重用しすぎているという不満があそこの軍部には燻ってる。これは逆に言えば文官の苦労が多くてその成果が目立っているからで、それはとにかくデュランセン伯爵領の貧弱な財政状況のせいなの。財政は一代で悪くなったわけではない。何代も前からの厳しい状況にろくに手を差し伸べなかった王国全体の責任よ。だから私は、取り潰しのような権能行使じゃなくデュランセンにウェルハイゼスへの併合を願い出させるべきだと思うわ」
フェイリスは目だけは厳しいまま微笑んだ。
「兄さんがデュランセン伯爵を説得すると?」
「違うわ。兄の伯爵本人への説得は既に終わってるはずよ」
ここで公爵が咳ばらいをした。
フェイリスは今度こそ満面の笑みを見せる。
「少し立ち入り過ぎたわね。ごめんなさい、ニーナ」
「ううん、あくまでも私の想像だもの。私こそ生意気言ってごめんなさい」
フェイリスを見詰める視線はそのまま、ニーナもニッコリと女王のような微笑を浮かべていた。
その後、王国の中央の情勢についての話に移っていく。主に説明していくのはラルフさん。
「……そういう情勢ですので、もはや継承権争いは寄り合う為の切っ掛けと協力者を見極める為の材料に過ぎず、サラザール伯爵は自身が王たらんと動いているのは確定的です。遅くとも半年以内に東部は決起するだろうというのが現在の見立てです」
エリーゼがここで問いかけの言葉を発した。
「ラルフさん、その場合王都はどうなるんですか?」
「うん…、難しい質問だな。サラザール陣営は間違いなく最初は王都を制圧してあわよくば王城を我が物にしようとするだろう。だが東部からの派兵が余程多くない限りは、おそらく王都は死守できるというのが今のところの見通しだ。しかしそれは、お前達から報告があった魔族の介入は計算に入れていない。その勢力の戦力の予測ができない以上は最悪を想定すべきだが…」
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