第293話
「ニーナ、魔法とショットガンなしで一体ずつ仕留めるぞ」
「はあ?」
ニーナは、コイツ何言ってんだという顔。
「危なくなったら仕方ないけど。なんとなく、魔法を察知されてる気がするんだよ」
半ば俺を睨みながら考えを巡らせている様子だったニーナは、パッと目を大きく見開くと頷き、そしてため息を吐いた。
「ふぅ…、りょーかい。ショットガンの音だけにしては正確に捕捉され過ぎてるってことよね」
「そういうこと…。俺が剣で削るから、ニーナは弓メインで頼む」
「オッケー、任せて」
ニッコリ微笑んで頷くニーナは、いつものことながら切り替えが速い。
どう考えても、急に俺達を包囲するような組織立った動きで接近を始めたサイクロプス達の、その振る舞いの激変ぶりが違和感たっぷりだったのだ。
索敵と指揮能力。そして高い知力。
これらを兼ね備えた奴が、今度の群れには確実に居る。
しかし、散開してバラバラに近付いて来るなら好都合。それを逆手に取ってやろうと、俺とニーナは木立の中を移動した。
そしてすぐに、木の枝をうるさそうに手で払い除けて近付いてくるサイクロプス一体に忍び寄った。
そのサイクロプスの側面からまずは俺が急襲。
縮地を連続行使してサイクロプスの身体も踏み台にした俺は、目の前に迫った奴の喉を大きく斬り裂く。
吹き出す血を避けるために奴の身体を蹴って地に降りた俺は、その勢いのまま更に縮地で背後に回ると太い脚の両方の踵と膝の裏を切り裂いた。
喉を押さえてもがき、声にならない悲鳴を上げているサイクロプスは両脚の腱を切られたせいで立っていることができなくなり、斜め後ろによろめいた。
そのがら空きの顔面にニーナの矢が二本突き刺さる。
ドサッと横向きに地面に倒れ込み、まだ喉を両手で押さえたままぴくぴくと蠢いているサイクロプス。
ニーナは俊足で近付くとその走りの勢いも借りて、奴の首の後ろを大きく抉るようにアダマンタイト剣を振った。
「グッジョブ」
俺が突き出した拳に、ニーナが軽く拳を当てて応じた。
「ほとんど声を出させずに済ませられたね」
笑顔でそう言って早速サイクロプスを回収してしまったニーナに、俺も頷きながら笑みを返す。
「今のは少し出来すぎだったけどな。ま、こんな感じで一体ずつやって行こう」
「そうね。こいつらが散開してくれてるうちになるべく減らしていきましょ」
◇◇◇
さて、10層に残っているセイシェリス達。
第9層のシャフトを詳細に調査することを満場一致で決定すると、すぐにゲート広場を離れた。一行は、かなり速い足取りで9層に上がる階段へ向かっている。
先頭を進むのはエリーゼとシャーリー。
「レヴァンテが転移で迎えに行かないことで、シュンは私達がシャフトに向かうと確信すると思います」
「ん? そうなの? まあ、シュンはシュンだから、そうなのか…」
シャーリーがちょっと意外そうに、隣を歩くエリーゼに向けて結局は自問自答のようなことを口にした。
「はい。窓からフィールド階層を初めて見た時に、9層のシャフトとの関連について話をしたことがあるんです。シャフトはこのフィールド階層にも繋がっているかもしれないなって…」
なるほど…。とシャーリーは呟きながら、エリーゼに向けていた視線を前方へと戻した。
シャーリー達バステフマーク全員が、アルヴィースが最終的にはドラゴンと対峙した教皇国首都での死闘についてもかなり詳細な話を聞いている。
そんな経験を経たからなのだろうか。以前にも増して一層強まっているアルヴィース四人の固い絆と互いへの信頼、揺るがない自信とその根拠となっている圧倒的な強さをシャーリーも痛いほどに感じている。
今回も、分断されても動じず冷静に状況を分析して行動している。その淡々と為すべきことを為すのだという姿をシャーリーは眩しいと思った。
───これが四人揃ってSランク冒険者たる所以なんだろうなぁ…。
隊列の最後尾はレヴァンテ。
彼女のすぐ前にはガスランと並んでフェルが歩いている。
そのフェルは、いざと勇んでシャフトを目指す高揚感と同時に少し不安を感じている。それは未知なるものへの自然な反応であり、ことに臨むに際して大黒柱のシュンが居ないという現実を改めて感じ始めた現れだ。
フェルの不安は彼女の肩に乗るモルヴィも感じ取っていて、主を元気づけるとばかりにペロペロとフェルの頬を舐めた。
「うん…。解ってるよ。シュンが居ないんだからしっかりしないとね」
小さな声でモルヴィにそう言ったフェルは、続けてモルヴィに軽く触れると微笑んで見せた。
ミュー…
シュンが居なくても、フェルは独りじゃないよ。そう言っているようだ。
フェル達のそんな様子を横目で見たガスランが、不意に手を伸ばしてフェルの頭をガシガシとちょっと乱暴に撫でた。
そして横目のままフェルを見てニヤッと笑う。
「もう少し気楽に行こう。フェルがそんなだと皆の調子が狂う」
割と乱暴な撫で方だったせいで、フェルは少し不満げな顔をガスランに見せる。
「ガスランはいつも変わらないよね」
「そうか? まあ、それはともかく。シャフトには何が居るか分かってないから気合い入れないとダメだけど、今から緊張してなくていいぞ」
そうだ。しっかりシャフトのことを考えるべきだ。
だけど、こんなことならもっとシュンに話を聞いておけば良かった。シュンはシャフトを覗き込んだあの時、何を感じたのだろうか。
フェルは気楽にと言われたばかりなのに、目まぐるしくそんなことを思う。
「うん、いや…。シュンは、絶対にシャフトの中には入りたくないって、あの時ボソッと言ってたんだよ。グリーディーサーペントの残党を爆弾でやっつけた後にね。なんかすごく嫌な予感しかしないって感じの言い方だった。詳しくは聞かなかったんだけど…。訊いとけばよかったなぁって、思ってたとこ」
ガスランはうんうんと頷く。
「シュンの見立てはシャフトの底は15層相当の深さだろうってことだった。だから今はやめておこうって話だったんだ」
フェルは目を丸くして驚いた表情に変わった。
「15層? そんなに深かったの? せいぜい一つか二つ下だと思ってた」
「途中に小さいテラスみたいな出っ張りが幾つかあるらしい。そこは、もしかしたら途中の階層に繋がる横穴があるかも、とも言ってた」
ふむふむとフェルは頷き始める。
「そうなんだ。私は自分が持ってるロープでも足りるだろうって思ってたんだけど、その話だともっと長いロープが要るね」
「大丈夫。辺境で地下に潜る時に準備したロープと縄梯子が大量に在るから。俺たち全員、エリーゼも同じぐらいストックしてる」
ガスランはそう言って腰のマジックバッグ、収納をポンポンと叩いて見せた。
そうだったのか。
フェルはガスランの話を聞いて少しスッキリした気持ちになってきたことを自覚した。だが同時に、そんなことも知らずに闇雲に単純な閃きだけで降りることに執心した自分の言動が恥ずかしくも思えてくる。
───まだまだだな、私って…。ガスランやエリーゼみたいにもっとしっかりコミュニケーション取って、そして落ち着いて考えられるようにならないと。
ミュミュー…
モルヴィがフェルの頬に自分の頭を軽くぶつけた。
ニッコリ微笑むフェル。モルヴィは喉をゴロゴロと鳴らしてそれに応えた。
第10層は、その各部屋の中に入らなければ戦闘になることはまず無いと言っていい。だから、通路を歩いて行くだけならばそんなに危険はないのだが、もちろんそれは100%確実な話ではないので警戒を怠ることは出来ない。
とは言え、慣れている彼らにしてみれば警戒すべきポイントなどは熟知しており、そういう意味では彼らだからこそ、かなり余裕があり気楽な行程だとも言える。
通路を構成する壁が途切れている箇所がその各部屋の入り口に該当する。その前後は特にしっかりと警戒する必要がある。
いくつもの部屋の前をそうやって通り過ぎて、彼らが第9層に上がったのは外で言うならばもうとっぷりと日が暮れた頃だった。
◇◇◇
俺が、次は二体だからと言うと、ニーナは不敵な笑みを浮かべて頷いた。
そして間もなく、身をかがめていた俺達の目に二体のサイクロプスが並んで木立の枝を掻き分けながらゆっくりとこちらに向かってくる姿が見えてくる。
その二体。こちらに向かってきているとは言え、進行方向は正確には俺達が居る所からは左に少しずれた斜め前方だ。
「右からやる」
「了解」
俺はそう言った直後、縮地で飛んだ。
ニーナは既に手にしている弓で矢を射るために木立の間から狙う。
ニーナは正面から矢を浴びせるはずだ。俺は後ろに回り込んで右の一体の脚を切りつける。ほぼ同時にニーナの矢がそいつの身体の前面に何本も突き刺さった。
グヴォアアアァァ
前後から矢を突き立てられ脚を切られたサイクロプスの声が響き、もう一体はキョロキョロと首を振って足元を見始める。
そのもう一体の方にもニーナは矢を放つ。
叫び声が二体分となり、よろめきながらも苦し紛れに手を出鱈目に振り回し始めていた最初の一体のその邪魔な腕を俺は一つ斬り飛ばした。剣を返すついでにもう一体の左脚を深く斬り裂いた。二体がすぐ近くに居て縮地でちょっと飛べば剣も届くんだからそうする。
ニーナは、その様子を見て切り替えたのだろう。今度は鉄の矢を連射で放った。狙いは一体目。振り回す手も一本となり痛みで悶絶しているせいか狙ってくれと言わんばかりに無防備な顔面。そのサイクロプスの大きな単眼に綺麗に三本の鉄の矢が吸い込まれると、叫び声は断末魔の悲鳴に変わる。
その時には二体目の腕の両方を俺は斬り裂いていた。
まだ立っているのが不思議なほどに二体の動きは完全に止まり、もう防御姿勢などは取れない。
狙い澄ました俺はそんな二体の首を次々と斬り飛ばした。
「ニーナ、すぐ離れるぞ」
「こっちに来てる?」
「ああ、三体集まってきそうだ」
近くのサイクロプス達は、さすかに今の仲間の叫び声は聞き逃してはいない。
俺とニーナはそれぞれ一体ずつ収納してしまうと走り始めた。
◇◇◇
フィールド階層は、ダンジョンの外と同じサイクルで暗くなる。通常の階層は24時間変わらず明るいままなのに、それはいったい何故なのか。
とある説では、それはダンジョン自体が攻略の難易度を上げているからだとされているが、正解なんて誰にも判らないだろう。特に理由は無く、ただなんとなく外と同じ雰囲気にしたかったということかも知れないし。
でも、機会が有ったらドニテルベシュクに訊いてみたいと思っている。なんてったってダンジョン魔法を作ったのは奴のご先祖様なのだから。
二回目の小休憩を取っている時にニーナが言ってきた。
「少しずつ暗くなってきてるね。もうそんな時間なんだ」
俺は時計を出して時刻を確認する。
「だな」
時計をニーナにも見えるようにかざしながら俺は続ける。
「この感じが続くなら寝れる場所の確保はそんなに難しくはなさそうだけど、そう甘くはないかもな」
同意の頷きを見せたニーナが言う。
「サイクロプスは夜目が効くんでしょ」
「そう。それは間違いない」
「まあ、あんなでっかい目だからそのくらい当たり前か」
「暗くなったら違う動きがありそうな気がしてるよ」
ここまでニーナと二人、一切魔法を使わずにゲリラ奇襲戦法で戦い続けて既に30体以上を葬った。結局、群れ一つが吸収されて70体程度になっていた大きな群れも半減したということ。
その群れのどことなく特別な感じがしている指揮官は最初から見通しのいい広い草原のど真ん中に陣取っていて、その周囲はちゃんともう一体のギガントと通常種5体で固めている。
何度かこの指揮官を潰してしまおうと考えたが、接近するにしても周囲の他のサイクロプスが邪魔だし、散開しているとは言っても敵陣のど真ん中。それに例の得体の知れない魔法を発動される前にギガント二体ともやっつけるのは魔法なしでは難しいだろう。射線上に何体重なっていようが消去してしまえる極太の雷撃砲をぶっ放すしか方法を思い付けなくて、これまで自重している。
なんとなく、雷撃砲はここではまだ見せたくないと俺は思っているのだ。
休憩を取っているうちにどんどん辺りは暗くなってきた。
この急な日没は、外の自然の日暮れ時とはかなり趣が異なる。
そして、懸念していた通りにサイクロプスの群れにこれまでとは違う動きが出てきた。指揮官らしきギガントの反応がある所に再集合を始めている。
「ニーナ、奴ら動き始めた。集まってるよ」
「なんか嫌な予感がするわ」
「同感だよ。今のうちにもっと離れるか」
「その方がイイね。何かやってきそう」
しかしその時、探査に別の反応が現れた。
それは俺達がまさに今から進もうとしていた方角だ。
すぐに判ったのはギガント級が五体居ることと、その群れの総数。
「げっ、別の群れが出てきた」
「え?」
まめに描き続けていたマップを取り出して俺はそれに印を付ける。
灯りを点けなくても暗視効果がある首飾りのおかげで支障はない。
「ここに出てきたのが、200体。隊列を組んで進んできている。よく統率されてる感じだよ」
「200…ね。やってくれるわね。これって挟み撃ちにするつもりでしょ」
「だろうな」
「私達の動きを読んでたってこと?」
「いや。この近辺に留まるよう誘導されてたのかもしれないな。散開している奴らは囮だったってことなら納得できる」
魔法は使っていないから正確な位置は捕捉されていない。だが、サイクロプスを殺し続けることで、俺達がその近くに居ることを図らずも示していたということ。
魔法使用をやめた俺達の動きを知ってすぐさまこんな計画を立てたのだとしたら、この指揮官は人並みどころの話じゃない。サイクロプスは一体でも多く削っておきたい俺達の考えも読まれていたか。
「群れ同士で意思疎通する手段を持ってるってことだよね」
「そう考えてた方が良さそうだ」
ニーナはマップをじっと見つめて、新しく現れた群れの両翼を続けて示した。
「私なら、このどっちも抜けられないように抑えるわ。だから新しい群れは一つとは限らない」
「前方三方向からの大群ってことか」
コクリとニーナは頷く。
真後ろはずっと俺達を探していた群れ。真正面は200体の大群。そしておそらくは3時方向と9時方向からも新しい群れが来るんじゃないかという予想。
どこかの群れに引っかかって手間取ったら周囲から一気に押し寄せられるかもしれない。
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