第285話
騎士団分団本部に戻ってきた時に、既にベレル副団長とシャロン騎士がここに居ることは探査で判っていた。二人はそれぞれ取調室に居る。
俺の懸念は特務を呼びに行った時にエリーゼ達が伝えてくれていて、それを受けたラルフさんの指示で二人はここに連れてこられているということだ。
今回、俺達を出迎えてくれたのはそのラルフさんだった。通されたリズさんの執務室で四人で話し合い。ちなみに部屋の主のリズさんはまだ取調室に居る。
「俺も少し話してみたが、確かにおかしいな」
「ええ、そうなんですよね」
と、俺はラルフさんを見て頷いた。
ガスランが続く。
「全然、人の話聞かないし」
結構ガスランとは言い合いしてたからね。ガスラン、まだ怒ってる。
「やっぱり、あんなのも精神操作なの…? あんな風に駄々をこねるだけでケイレブをダンジョンの外に出せるなんて本当に思ってるのかな…?」
エリーゼはいまいち納得できていない様子。
それは俺も同感だ。
精神操作だとは思ってるんだけど、かなり微妙というか的外れな操作されてる感じがしていて…。
「あそこで見てた奴は明らかに面白がってた。王子の命を狙うための事だとしたら、凄く幼稚な感じだよな」
ラルフさんは俺の言葉にコクリと頷いてから言う。
「そいつらのことは特務の監視の結果を待つことにしよう。今すぐ捕まえるよりは少し様子を見た方がいいと思ってる。まあ、容疑もはっきりしてないしな」
「ですね」
そこにリズさんが戻って来る。
自分のデスクの椅子に座って溜息をついたリズさんは疲れ切っている様子だ。
「皆さんお疲れさまです」
そう言うなり、疲れている顔を隠さずに俺達を見た。
どうした? という感じでラルフさんが声を掛ける。
「どうかしたのか、リズ」
「あー、今シャロン騎士と話してたんですよ。どうやらベレル副団長は少し前から言動がおかしくなってたみたいです」
「ふむ…、具体的には聞いたか?」
「はい。なんかブツブツと独り言が多くなってて、王子は自分が傍に居なければと、そればかりを言うらしいですね。確かに今日ここに来てからもそうですし…」
どうやらリズさんが疲れているのは、シャロンさんにそんなこと以外の愚痴も長々と聞かされたからのようだ。仕える主君は違っても同じ女騎士なので、シャロンさんはリズさんにはいろいろ話し易いんだろうと思う。
その後すぐに、公爵家第一騎士団の団長のラルフさんが説得する形で、現在スウェーガルニに居る王国騎士の中では実質ナンバー2であるシャロンさんにベレル副団長の幽閉を願い出させた。
発車場での騒ぎについて事情聴取という名目で騎士団分団本部に連れてこられていたベレル副団長は、全ての武装が解除され所持品が没収されて分団本部の一室に閉じ込められた。
その処置に合わせて俺も自分の仕事を始めている。
身体検査に立ち会ってベレル副団長の全身をくまなくチェック。そして武器や防具、所持品も全て吟味していく。
当の本人は文句ばかり言っててうるさかったが、その相手はやはり立ち会っているラルフさんとシャロンさんに任せていた。
そして、ベレル副団長の所持品の中に一つ、興味深いものを俺は見つけた。
持ち主が幽閉される部屋に連れて行かれてからも、検査をした部屋に残って俺がそれをじっくり見ていると、ラルフさんが戻って来る。
「シュン、それさっきから気にしてるみたいだが、何か気になることがあるのか?」
俺が手にしているのはペンダントだ。
「ええ、まあ…。これ魔道具なんですよね」
軍の認識票みたいな物だと言えばいいかな。その仕様というか作りは各家によって異なるが、王国軍と王国騎士団は共通の物のはずだとラルフさんは言った。
「しかし、王国騎士団のが魔道具になってるという話は聞いたことが無いな」
「そうなんですか…。じゃあ、副団長のだけ特別なのかもしれないですね」
もちろん俺は少しずつ解析を進めているが、割と難解だ。
「シャロンのも見せてもらうか?」
「あ、そうですね。参考までに…、お願いして貰っていいですか?」
「ああ、ちょっと話してくる」
その後、ラルフさんはシャロンさんと一緒に戻ってきた。
「シュンさん、私のはこれです」
そう言ってすぐにシャロンさんが自分のペンダントを差し出してくる。
「すみません、ちょっとだけお借りしますね」
「はい、どうぞ」
手に持った瞬間にすぐに判った。シャロンさんのは何の変哲もない普通のペンダント。魔道具なんかではない。小さなプレートに王家の紋章と文字が刻まれているだけである。
「ふむ…、シャロンさん。副団長になるとペンダントも変わるんですか?」
「いえ、これは入団時から退団時までずっと身に着けておくものだと言われてるぐらい、変わらない物です。団長なんかは初陣の時に付いた傷のことをペンダントを見せながら語るぐらいですから」
確かに、見た目も材質もシャロンさんの物と同じだ。但しベレル副団長のペンダントには魔法が付与定着されている。丁寧に隠蔽も施されている。
ラルフさん達に少し遅れてエリーゼとガスラン、そしてリズさんもやって来る。
そのエリーゼが興味深げに俺が手にしているペンダントを見つめた。
「シュン、それが気になってる物?」
「うん、そうなんだけど…。あ、これ副団長のだけ魔道具になってるんだよ。なんか良く解らないけど魔法が付与されてる」
エリーゼは首を傾げる。
「魔道具…? その言い方だと、まだ解析できてないのね」
「発動させてみた?」
そう言ったガスランには、俺は首を縦に振ってそれから横にも振った。
「魔力は流してみた。けど、何もなし」
何か解らないのに、いきなり発動させちゃダメでしょ。という感じでエリーゼが少し眉を顰めた。
「魔法鍵を通さないと発動しないタイプだ。この見た目だとそうは思えないけど」
発動させるために別に準備した起動用魔道具から魔法鍵を飛ばすタイプのこと。
これは、離れた場所から人が触れることなく魔道具を発動させたいというニーズに応えた仕組みだ。起動する時のその様子はテレビのリモコンを操作する感じと言えばいいかな。距離的な制約があるのも似ている。
で、この魔法鍵というものが曲者で、地球の通信で言うところの混線みたいな状況を避けるために、起動用と発動する本体の魔道具、その組み合わせがしっかり対になるようユニークに設定されているのが普通だ。
そして、この魔法鍵を解析して複製を作るのは、物によっては非常に難しい。
◇◇◇
ここは困った時のフレイヤ先生かなと思い付いた俺。何かヒントになるものが少しでも得られればという思いだ。
「エリーゼ、フレイヤさんに電話して今話せるか聞いてくれるか」
「はーい、ちょっと待ってて」
エリーゼが電話をかけ始めると俺はその場に遮音結界を張った。
元々この部屋に張られていた結界の更に内側に張ったという感じ。
「はい、すみません…。代わります…」
俺は電話を受け取るとスピーカーモードにしてテーブルの上に置いた。
「フレイヤさん、お忙しいところすみません。皆、居るんでスピーカーです」
「はーいお疲れさま。まだ街に居たのね。たまにはこっちにも顔を出してギルドの皆にも顔を見せてくれればよかったのに」
ということはフレイヤさんはまだギルドに居たのか。だったらそっちに行っても良かったなとも思うが、まあ、話し始めたことなのでこのまま進める。
「はい、でも早くダンジョンに戻りたいんですよ。そういう意味でも急ぎです。すみません」
「ううん、事情は大体わかってるわ。気にしないで…。それで? どうしたの?」
「水魔法で作用点と範囲はごく至近距離の半径50センチ程度。風魔法の気流操作と闇魔法のドレインに似た感じもある魔法式なんですけど、そういう物に心当たりはありませんか?」
「うん、ちょっと待ってね…。でも、かなりアバウトな話ね」
「はい…。すみません。解析が全然進まなくて…」
沈黙は20秒ほど。それほど短くは無く、かといって長くも無かった。
「ふぅ…。いろいろ考えてはみたけれど、今すぐこれという決め手はないわ。だから単純に考えた方がよさそうね…。水魔法でドレインっぽさもあるのだとしたら、シュン君。それって最初に思い当たるのは状態異常魔法よ」
「やっぱり、そっち系ですか」
「そう。シュン君が得意な闇魔法の系統じゃなくて、ヒールの反転魔法として作られたと言われている方の状態異常魔法ね。あとそれとね、その状態異常の話にも繋がるんだけど…。さっきシュン君が言ってた構成に似た魔道具のことを思い出したわ」
「え、それは?」
「シュン君も見たことぐらいはあるんじゃないかしら、ミレディが持ってる麻酔の魔道具よ」
「麻酔…」
◇◇◇
フレイヤさんが言ったミレディさんが持つ麻酔の魔道具は、かなり前に俺も見せてもらったことがあった。当時は魔法解析の能力がまだ未熟だったこともあるが、水魔法だということは最初から判っていて、精霊四大元素の系統は苦手にしている俺には解析をするには敷居が高いものだった。
やっぱりギルドに行ってミレディさんに解析させて貰おうかな…。
二つの魔道具を比較すればもっといろいろ解ってくるかもしれない。
そんなことを考えて、フレイヤさんにもそのことを言おうと思った、その時。
キィーンと、遠くで何かが鳴っているような、そして心臓がキュッと締め付けられるような感覚が俺を襲った。
「くっ、何かが…」
フレイヤさんがそう呟いている。
エリーゼは拳を強く握り締めて、そして目を閉じて周囲の探査を始めた。
ガスランが顔を引き攣らせて俺に問う。
「シュン、これは…?」
俺も目を閉じて目いっぱいの探査を四方へ広げた。
そして、分かってくる。
「……ステラだ」
エリーゼがハッとした顔で目を見開いて俺を見た。
俺は、街の西へ顔を向けて手を挙げて指し示す。
「この方角、街のほぼ真西。森の少し手前…」
エリーゼが震える声で言う。
「これはステラなの?」
俺は頷いた。
「あいつ、隠蔽・偽装を全解除してやがる。どうして…?」
これが真祖の本来の存在感なのだろうか。
だとしても、普通じゃない。
何かがステラの身に起きていると考えるのが自然だろう。
「シュン君、この波動に心当たりが有るの?」
電話は繋ぎっぱなしなので、フレイヤさんにも俺達の声は聞こえている。
その部屋に居るリズさんとラルフさん、そしてシャロンさんも異変を感じ取っている。騎士のような魔法に関する訓練を積んだ者ならば感じ取れる物だからだ。
「フレイヤさん。これは、俺達の知り合いです。いや、仲間と言ってもいい女性です…。これが…、以前話した俺と同じ日本人のステラです」
「え?」
その時、さらに膨れ上がった真祖の波動がビリビリと俺の身体に電気のように走った。
そして、そこに見覚えがある存在感も重なって来る。
エリーゼとガスランが叫ぶ。
「シュン! これって!」
「シュン、これは魔族!」
更に感じ始めたのは、とてつもない魔法。闇魔法だ。
準神級魔法レベルの戦略級魔法だと言ってもいい代物。
俺の光の浸食にとても良く似たものだと判る。
そのターゲットは、ステラ…。
「やめろ! ドニテルベシュク!!!」
俺は西の方を睨みつけて思わず声を上げた。
リズさん達も顔を真っ青にしている。シャロンさんは体を震わせ、ラルフさんも身震いをしている。
一刻の猶予もないと、俺の並列思考がブンブンと唸って警告してくる。
「エリーゼ、飛ぶぞ。ガスランはギルドに行ってフレイヤさんと待機しててくれ」
「「了解!!」」
「ミレディも今ここに来たわ! 待ってる!」
空間転移の座標を、目いっぱいのマーキング探査でギリギリ得ているステラの座標へ。その構築を始める。初めての手順なので発動までの時間がもどかしい。
「エリーゼ、精霊魔法の準備を。癒しだけじゃ足りないかもしれない」
「え、それって?」
「ステラの存在が消え始めている」
「…っ! 解った!」
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