第24章 塔の住人

第281話 真祖vs天敵①

 ステラエル・リュール・リベルテンス。

 個人認証の識別では、ステラエル・リベルテンス。ヒューマン女性。

 幼少の頃から、両親と周囲の人々にはステラと呼ばれている。


 彼女の父は狼系獣人種とヒューマンのハーフで、母はエルフとヒューマンのハーフだ。だからステラ自身にはヒト種の三種族、ヒューマンとエルフと獣人種、その全ての血が流れているということになる。

 だが、見た目はハーフエルフのような彼女の現在の本質を形成している主な素養はそれらだけではない。


 イゼルア帝国ベスタグレイフ辺境伯領の海の街ロフキュール。

 その近郊に隠れ住んでいたヴァンパイアのリュールが、ふとした偶然で真核を手に入れたことで始まった一連の事件の結果、当時肉体年齢十歳のステラの中に宿る魂はシュンと同じ時代の日本からやって来た異世界転生者となり、その身体はトゥルー・ヴァンパイアとして再構築された。


 そんなステラが今、見つめている視線の先には高い壁に囲まれた街がある。



 今回ステラが目的地と定めたこのスウェーガルニまでは、異国の地を一介の旅の冒険者として進む道のりだった。女の一人旅でもあり更には異国に居るということから、彼女は決して緊張を途切れさせることはなかった。

 しかし彼女は、やっと目的地に近づいて明らかに安堵を感じているのに、そのまま乗っていれば街の中まで乗り入れてくれる乗合馬車を敢えて街の手前で降りた。


 帝国の軍人、特務部隊員としての任務、役割。望まれていること。

 それを果たすべくまずは周囲一帯をくまなく超遠隔視で観察することにしたのだ。

 これからやろうとしていることは長い時間、出来ればなるべく静かな所で集中する必要がある。その為には、通常視野でも見通しが良く周囲に人が居ない璧外の方が都合が良かった。


 真祖と呼ばれることもあるトゥルー・ヴァンパイアのステラ。彼女が取得しているスキルは超遠隔視スキルの他にも幾つかある。

 そのうちのひとつが隠蔽スキル。これを駆使すれば魔物が徘徊するような場所でも余程のことが無い限り戦闘を避けられる。危険な目に遭うことは稀だ。


 馬車を降りて自身にその隠蔽を施したステラは街道から外れて草原の小高い丘へ歩き、目に留まったその辺りでは数少ない大きな木に登ることにした。


 慣れた所作で木をするすると登りしっかりした枝に腰掛けて足元も安定させると、首をめぐらせて街を中心とした辺り全体を俯瞰するようにステラは眺めた。しばらくそうした後、気を取り直すように深呼吸したステラは細かい観察へと移っていく。

 それは事前情報として持っているこの周辺の地図と見比べながら両者の齟齬を探す作業だ。地図に無いもの、地図が作成された時点から変わっているもの。ちょっとした違いでも探していく。そんな緻密な確認作業を彼女は長い時間をかけて続けた。


 その後、日が暮れ始める少し前からは視線は壁内に向かった。

 任務として初めての街を観察する時のいつもの手順通りに、最初はこの街の重要地点として事前にピックアップしている個所を見ていく。

 行政関連と幾つかの軍や騎士団の施設、注意すべき人物の住まいなどを確認したステラは、最後は冒険者達を統括し彼らの拠り所となっている冒険者ギルドの建物を探した。旅の途中に何度も見直した資料は記憶に新しく、その記憶通りの場所に冒険者ギルドの建物を見つけることが出来た。


 ───ここが、あのアルヴィースを育てた冒険者ギルド・スウェーガルニ支部…。



 ◇◇◇



 さて、ステラ自身も想定していなかった訳ではないが、少し困った状況だとステラは思っている。


 取り敢えずひと通りの観察を終えて、次は日が暮れてからの主に壁内の様子を観察しようと考えていたステラは、夜が更けて街が夜の顔を見せる頃合いまで木の下で横になって身体を休めておくつもりだった。


 だが、こんな所には滅多に人は来ないだろうと思っていたのに、この場所に近付いてくる人間が居ることに気が付いた。

 通常視界でもはっきりと見え始めたその三名は全員がいかにも冒険者といういで立ちで、彼らのうち二人は見るからにとても若く10代半ばのような男性と女性だ。残りの一名は30歳ぐらいと思しき男性。

 ステラは、普通の人間から隠蔽が看破されて自分の存在に気が付かれるなどとは思っていない。しかしそれでも、これまでも同じような状況の時にそうしてきたように万が一を考えて何もせずにじっと身を潜めているべきだと思っている。もちろんゆっくり休むなんてことは出来ない。


 日没が近く、足取りの方向から考えると彼らは街に戻ろうとしているのだろう。この近辺で薬草採取でもしていたのかもしれないと、ステラはそんな風に思った。

 三人共に身のこなしは一端の冒険者らしく軽いのが判る。

 年長の男性はともかくとして、若い二人はその足の運びや話をしながらでも周囲の警戒を絶やさない様子から、なかなかに将来有望な若い冒険者のように見えた。


 自身に掛かっている隠蔽を更に念入りなものにしたステラは、この場を離れることよりも再び木の上に登って静かに彼らをやり過ごすことに決めた。


 そうして樹上で腰を落ち着けてしばらくの後、ステラの耳に三人の会話が聞こえ始めた。



「……でも、本当に意外です。バーゼル先生が冒険者登録してたなんて」

 そう言った男の子の声の後、少し笑いを含んだような女の子の声が続く。

「それもだけど、バーゼル先生と言えばいかにも魔法師というローブ姿のイメージなのに、今のこの冒険者の格好も似合ってることが私は驚きです」


 バーゼル先生と呼ばれた男が笑いながら答える。

「うーん、似合ってるかな…? 実は冒険者ギルドのカードを失効させたくなくてね。もうすぐ期限だからその前に手っ取り早く実績を上げておこうと薬草採取をしてたんだよ。正直な話、ちょっと恥ずかしいから生徒には絶対に見つかりたくなかったんだけど君たちに見つかってしまった。学院の皆には内緒にしておいてくれると助かるな」


 二人はニッコリ微笑みながら大きく頷いている。


 男の子が尋ねる。

「先生、どのくらい採取できましたか? さっき先生がやって来た方だとあまり無かったんじゃないですか?」

 問いを受けた男性は苦笑いを浮かべる。

「そうなんだよ。恥ずかしいことに収穫はほんの僅かだよ。スウェーガルニに来てから冒険者活動をするのは初めてで、この辺の薬草の群生地なんかも全然知らないからね。仕方ないことだとは諦めているけど情けない…」

 男性のそんな話を聞いて同情したのか女の子がまじめな口調に変わって言う。

「失効回避の実績に足りなかったら分けましょうか? 私達、結構採って来てますから…」

 男性は苦笑いと普通の笑みと半々のような表情に変わった。

「いや、それはぎりぎり何とかなりそうだよ。ありがとう。気持ちだけ頂いておくよ」


 三人は丘の頂に辿り着いて、そこで立ち止まった。それはステラが身を潜めている木のすぐ近くだ。


「先生、私達ここからの眺めがとても好きなんです」

 立ち止まって街の方を見ている女の子の話を受けて、男の子の方もやはり街を見ながら言う。

「ここはフェルが教えてくれたお勧めの場所で…。俺達、採取の時は必ずここに寄るようにしてるんです」

「でもフェルもアルヴィースのシュンさん達に連れてきて貰って好きになったって言ってたから、大元はシュンさん達ってことになるね」

 女の子はそんな話を付け加えた。


「なるほど…。だからこっちを通って帰ろうって言ったんだね」

 ふむふむと男性は頷いている。


 女の子がその場に座って収納からカップを取り出し全員分のお茶を注ぎ始めると、ごく自然に残る二人もそこに座り込んだ。

 男性は礼を言いながらカップを受け取る。

「ありがとう…。確かにここは眺めもいいし気持ちのいい場所だ」


 女の子は嬉しそうに頷いた。



 ◇◇◇



 三人の出現で出鼻をくじかれたような気分になったステラは、結局、三人の姿が見えなくなると予定を変更してダンジョンフロントと呼ばれるスウェーガルニダンジョンの入り口周辺の商業地区へ向かって歩き始めた。

 ステラの身体は普通の人間とは異なる特別に頑丈なものだが、長い移動をしてきた疲労の蓄積は多少なりとも感じている。だから今後のことを考えて少し身体を休めておきたいとステラは思っている。普段から任務中にしているように野宿をするつもりだが、もしダンジョンフロントで宿が取れるならば今夜はそこで休んでもいいなとそんなことも思っていた。


 隠蔽を解いたステラが小街道を歩き始めてしばらくすると、

「そこの人、この馬車はダンジョンフロント行きの最終便だ。座席は空いてる。乗ってくかい!?」

 煌々とライトで道を照らしながら後方から追いついてきた乗合馬車の御者が馬車の速度を落として大きな声でそう言ってきた。

「はい! 乗ります!」


 既定の料金から少し割り引いてくれた料金を払って馬車に乗ると、中には先客が五人居た。

 まるで品定めをするような数人からの視線をスルーしながら、ステラは夜になって羽織った服のフードを深く被ったまま空いてる座席の端に座った。

 馬車に揺られ始めると揺れの心地よさで眠たくなってくるが、しっかりと周囲への警戒心は覚醒している。


 座った席の近くでボソボソと小声で話している二人の乗客の声に注意を向けてみると、どうやらダンジョンの転移機能・ゲートについての話のようだった。

「やっぱ、10層ゲートまで自力で行かないとってのがなぁ…」

「10層に降りたとしても、その先はゲートまで安全地帯は無いらしい。なんとか9層のゴーレム抜けきれたとしてもまだまだ簡単じゃないわ」

「あー、でもゲートまでのツアーやるらしいぞ。参加条件厳しいみたいだけど」

「中容量マジックバッグ持ち限定ってやつだろ」

「そうそう。それプラス、5人編成以上のBランクパーティーで攻撃系の魔法師が最低一人は居ないとダメとか。そんなパーティー数える程しかないだろうが。ってな」

「でも、最近パーティー合併してるとこってそれ狙いなんだろ」

「ゴーレムの魔石が値下がりし続けてるからな。そんなでもして先に進まないとスウェーダンジョンではお先真っ暗ってことだ」



 最新情報の一つとしてダンジョンに突如現れたゲートについての記載もあったことをステラは思い出していた。ゲートを発見して起動したのはアルヴィースだという但し書きが大きな文字で書かれていて、それを初めて読んだ時には相変わらず凄いなと感心したものだ。


 ───アルヴィース…。早く皆に会いたいな。


 シュン、エリーゼ、ガスラン、ニーナ! 私、こんなに近くまで来てるんだよ。

 ステラはそんな風に叫びたい気持ちが沸いてくる。


 帝国や教皇国で彼らと共に過ごして理解した彼らが信じる正義は、ほとんど自分達が信じるそれと同じものだったとステラは思っている。だからこそ互いに信頼し合えたんだと。

 スタンピードをあっさり解決してくれて、帝国軍20万もの兵力が攻めあぐねていた教皇国を攻め落として首魁の教皇を捕縛。その際に異界の地にまで共に転移で飛んだこと。そして何と言っても極めつけはドラゴンだ。異界の地から古代龍の背に乗って飛んで帰ってきたなんておとぎ話みたいなものだ。

 何度思い返しても、あの時の興奮が蘇ってワクワクして胸が躍る気持ちになってしまう。

 彼らはどう考えているかは分からないが、ステラはアルヴィースの四人は大切な仲間だと感じている。この先もそれはきっと変わらない。


 ……うつらうつらと眠りに落ちながら取り留めなくシュン達アルヴィースの四人のことを思い出し、ステラは幸せな気持ちに包まれていった。



 ◇◇◇



 意識の表層が眠りに誘われるまま落ちて行っても、ステラのトゥルー・ヴァンパイアとしての本能的な危機察知能力は決して眠らない。

 それは、シュンやエリーゼがパッシブに常に発動させている探査スキルの気配察知と同等のものだと言っていい。


 突然頭の中で大きくけたたましく鳴る警報音のようなものを感じて、ステラは一瞬で目覚めた。


 ───何かが近付いている。いや、何かに見られている?


 トゥルー・ヴァンパイアとして再びの生を得て以来、こんなに身の毛がよだつような恐怖と危険を感じたことは無い。


 乗っている馬車は変わらないペースで進んでいる。

 恐る恐る窓から外を見てみると、馬車はもうダンジョンフロントに着くのだろう。たくさんの灯りが灯っている街並みが目前に迫っていることをステラは知った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る