第276話

「何もかもシュンに頼ってばかりだと申し訳ない。それにサンドワームと戦ってみたいからな。さっきニーナとやってたみたいに餌で釣って剣で叩いてみるわ」

 ウィルさんは、中魔石をたくさん詰め込んだ袋を結び付けたロープをまるで分銅のように振り回しながらそう言った。


 50体ほど居たハーピーの残党の半分程度はウィルさんとクリスが二人で斬り捨てていったそうだ。聴こえていたショットガンの音はそれを援護していたものらしい。


 要するに、ウィルさんは剣を振るいたくてうずうずしているのだ。


 俺はエリーゼの方を見て言う。

「エリーゼ、砂地を少し固めてウィルさん達の為に足場を作ってあげられるか?」

「ん…。ちょっと試してみる。そんなに広い範囲じゃなければ出来ると思うけど、ダンジョンの復元力との勝負になるのかな」

「復元はされるだろうけど、一気に戻る訳じゃないから時間をおいて重ね掛けを続ければ維持出来ると思う」

「元に戻るまでの時間計ってみた方がよさそうだね」

 エリーゼはそう言ってニーナを連れて砂地の方に降りて行った。


 このボス部屋の砂も、地球の砂漠の砂のようにいざというときの踏ん張りが効かない程には柔らかい。足を停めて対峙できる相手ならまだしも、ヒットアンドアウェーの速さと距離を保つ動きが必須の大型の魔物との戦闘にはかなり不利だ。



 ◇◇◇



 俺とシャーリーさんは部屋の最奥の壁近くにやって来た。そこはハーピーが出入りしていた穴。突き当りの何もない壁をほぼ真横から見ている位置だ。

 ガルエ神殿の大量の水を収納するために作った魔道具を俺は取り出した。

「これ一つに、あの神殿を水没させた水の半分ぐらいの量が入ってます」

「えっ、半分…? 一つに?」

 そう問い返してきたシャーリーさんは、調査団護衛の依頼を受けてガルエ神殿に行ったことがあるので、ガルエ神殿があった地下ドームの大きさのイメージはちゃんと持っている。


「ええ、これ一つか二つでおそらく砂の部分までは水で満たせると予想してます。まあ、足りなければ追加するし十分だったら停めますから」


 魔道具を操作して水の排出を始める。収納する時に一定の量ごとに区切って取り込んでいるので、出す時もそれを繰り返すことになる。もちろん都度その操作をする必要はなく収納したときと同様に自動的に連続して出すことは可能だ。

 穴の縁に置いた魔道具から水がドドドッと排出されて、水は砂地に落ちていく。


「シュンこの匂いは…、海水なのか?」

「はい、ロフキュールの海で汲んだ物ですよ。神殿の時の水もあるんですけど、今回はこっちの海水の方がいいと思ってます」


 結局使うことは無かったが、奈落を目指した時にキラーアント対策と思ってわざわざ海水を汲んでいたもの。キラーアントは海水や潮風を嫌って海岸には近づかない。それは虫系や爬虫類系の魔物に共通した習性だと聞いている。



 砂地に落とされた水は、その排出され続けている量の多さのせいで広い水たまりを作っている。しかし見ているうちにもどんどん砂に吸い込まれているのが解る。

 そして、あたりにムッと漂う潮の香りに俺はロフキュールを思い出し、懐かしさのようなものを感じている。

 俺は思わず笑顔になってしまう。

「また皆でロフキュールに行きたいですね」

「私も今、そう思ってたとこだ」

 シャーリーさんも俺に笑顔を見せながらそう言った。


「ウィルとクリスはまた武術大会に出るつもりだぞ」

「フェルも出たいって言ってましたから、フェルが卒業したら行きましょうか」

「おっ、フェルが出るのか。だとしたらウィルはまた優勝できないな」


 シャーリーさんとそんなことを話しながら水の様子を見守り、ダンジョンが水を吸収するスピードは魔道具の排出に遥かに及んでいないことを確信した俺は、取り敢えずこの場は水を排出し続けるまま放置して階段の方に戻ることにした。

 そして部屋の中間に位置する穴のところでももう一つ魔道具を出して、やはり水を排出させる。


「イイ感じで砂の中に水が広がってくれてますね」

「探査の方はどうだ?」

「最初の所では反応が感じられるようになってました。深い所ですけど2匹は確認済みですよ」

 水が多く含まれている砂は探査の阻害の効果が弱まって、サンドワームの反応を感じることが出来るようになってきていた。



 階段下に戻ると、丁度サンドワーム一匹の討伐を終えた所だった。

 全長約20メートルのサンドワームは先端から5メートルほどの個所がずたずたに斬り裂かれて絶命している。


 エリーゼが土魔法で砂を固定して作った台座のような所にサンドワームはその身体の大半が載っている。

「私達には見向きもせずに餌に向かって最短距離で突っ込んでくるから拍子抜けするぐらい楽よ」

 クリスがワームの血糊を拭いながらそう言った。

 ニーナがうんうんと頷いているのは、おそらく重力魔法で抑えつけるまでもなかったということが言いたいのだろう。


 ガスランはフェルとケイレブと一緒にどうやら魔石を取り出そうとしている様子。

 モルヴィが場所を教えてくれているようだ。


 そのサンドワームの魔石をやっと取り出してしまった時に、ティリアが大きな声で叫んだ。

「かかった! もう一匹来るよ!」

 餌の魔石を繋げたロープを引いているのはウィルさんとクリスだ。

 まだこの辺りでは従来と同様に砂の上に出てくる直前にしか探査での反応は得られない。しかしそれも水が浸透してくればもっと状況は楽になりそうな気がする。


 危うく餌を捕られそうになりながらロープを引いて、最初の喰いつきから逃れてからは、巨体の動きを目視できることもあってこちらへの誘導は容易いようだ。

 サンドワームは、その長い身体を前後から押し潰されているかのように縮めると一気にそれを伸ばしながら飛びかかって来る。


 ズズンッと巨体が砂の台座の上に乗り上げてくる。

 さすがにエリーゼが固めたこの台座は頑丈だ。

 左右から待ってましたとばかりに、ウィルさん始めほぼ全員が剣を振った。

 最も深く切り刻めているのは武器の違いもあってガスランで、その次がレヴァンテとフェルだ。

 のたうち回る暇もないほどに連続して切り刻まれたサンドワームは、すぐに動かなくなった。


 俺は手を出さずに見ていただけ。

「意外とあっさり死ぬんだな」

 と、そう言うとレヴァンテが俺の方を見た。

「防御力は全然大したことありませんね。それにこの辺りに神経の中枢のようなものがあるようです」

 皆が狙っていた辺りをレヴァンテは指差した。弱点は調査隊の資料にも書かれていたので把握済み。


 なるほど。

 人間でいうところの脳や脊髄みたいな器官が有るのだろう。

「雷撃がすごく効いてたのは、こういう脆さのせいもあったかな」


 そこで、さっき取り出したばかりの魔石をフェルが見せてくれる。

「シュン、ほらさっきの。大きいよ」

 俺は両手でそれを受け取って鑑定する。

「報告書に在った通り、確かに土属性なんだな…。希少だな」

 土の中に潜っているだけあって土属性なのは妙に納得できる話だが、だとすると土魔法を使う可能性があるということだ。


 エレル平原の西に広がる砂漠はサンドワームが長い年月をかけて作ったのではないかという説もあるらしいが、建築土木用の魔道具でこの土属性の魔石を使えば効率上がるだろうなと、そんなことを考えながら俺は続ける。

「硬い土なんかを柔らかくしたりできるんだろうな、たぶん」

「攻撃系でも使う可能性ありそうだね」

「だな。その辺は十分注意した方がよさそうだ」



 ◇◇◇



 その後もう一匹狩ってからは、餌に食いついてくるサンドワームは途絶えた。

 だが、従来のボス部屋の終了の時のような部屋の様子の変化は見られない。

 俺は魔道具の回収を兼ねて様子を見てこようと思い立つ。

「水ももう終わってるだろうし、ちょっと偵察してくる」

「私も一緒に行くよ」

 そう言ったニーナにセイシェリスさんは頷いて、そして皆に向けて声を掛ける。

「一旦階段の所に引いて休憩にしよう」


 俺とニーナはすぐに重力魔法で飛び立つ。

 並んで奥へ向かって飛びながら、ニーナが言う。

「ねえシュン。ここにハーピーとサンドワームが居るってことは、10層にはハーピーやサンドワームの部屋もあるってことなのかな」

「サンドワームはどうだろうな…。こんな砂地が他にもあるとしたら大がかりすぎる気もするが…」


 そして、突き当りの奥の壁が目前に迫った時。

 探査に大きな反応が現れる。

「真下から近づいてくるぞ。俺達の気配を感じ取られてる! ニーナ壁に逃げろ!」


 バーンッと大きな破砕音のような音が響いて砂地を粉砕して吹き飛ばすように現れたのは、大きなサンドワーム。

 俺は奥の壁の方へ、ニーナは横のハーピーの穴の方に逃げている。

「ヒュージワームか…。なるほどデカいな」

 鑑定で見えたその魔物の名前と共にそんな独り言をつぶやいた俺は、そいつの大きさを実感すると同時に対処を考え始めている。

 ニーナは壁の横穴に着くころには自分自身に隠蔽魔法をかけてしまったので、ニーナを狙っていたつもりのヒュージワームは目標を見失っていた。

 砂地の表面から30メートルは伸び上がってきたその行為は空振りに終わってしまっている。


 ヒュージワームは俺に狙いを変えてきた。

 重力魔法を行使し続けている俺は、ニーナのような完ぺきに近い隠蔽でも使わない限りその魔力を完全に隠すことは出来ない。


 サンドワームもそうだったが、こいつらは一旦地表に出てくると再び地中に潜るような無駄なことはしないようだ。

 伸びあがった身体をもたげて俺の方を見る素振りの後、身体を縮ませる動きから素早い一連の動作で俺に飛びかかってきた。


 空間転移。


 重力魔法で浮いている状態では縮地は使えない。

 俺はヒュージワームの背後の砂地の上に転移した。

「ニーナ! 皆の所に戻って階段で迎撃態勢を整えていてくれ!」

「了解!」


 ニーナが飛び去るのを確認した俺はヒュージワームに対峙する。

 俺の声に反応したのだろう。こちらを見ていて既にその視界に捉えられているのだと解る。

 砂の上であっても地に足が付いているならば縮地の行使にはさほど支障はない。

 またもや飛びついてくるヒュージワームを縮地で避けながら、俺は少しずつ階段の方へと移動する。


 ゴゴゴゴ…


 すると、階段に近づいた時になんだか嫌な予感しかしない音がヒュージワームから聞こえ始めた。

 同時に感知し始めたのは土魔法の発動兆候。


「範囲攻撃か…? やっかいな」


 そう口にした時、後ろの方でニーナの重力障壁が展開した。

 相変わらず、探査スキルは持っていないくせに魔法の兆候に関してはとにかく鋭敏なニーナだ。

 俺は射線を逸らす意味合いで壁の方に縮地を小刻みに繰り返して移動。ヒュージワームの視界に捉えられたままなのは目論見通りだ。


 ヴガガガガーッ


 凄まじい轟音とともに吐き出されたのは、まるでドラゴンのブレスのようなもの。

 ただし、それは固い石礫が大量に吐き出されたものだが。


 再度の空間転移で俺はそれを避ける。

 今度も奴の背後に転移した。


 ブレスのように末広がりに広がっていた魔法だが、移動した俺に合わせたヒュージワームの射線の中心は壁の方に向かっていた。

 ダンジョンの壁が大きく抉れているのが判る。


 これは、ニーナの障壁でも全部は防げないな…。

 俺がそう思っていると、ニーナ達がヴォルメイスの盾を装備し始めたのが見えてきた。


 俺は雷撃を撃つ。

 ズガガガンッ!


 ヒュージワームは少し体を捩らせる。

 しかし身体にはこれと言って傷はついていない様子だ。


 縮地で移動しながらもう一度威力を上げた雷撃。

 ヒュージワームは同じようによろめきはするが特に傷ついては居ない。


「なんて硬さだよ」

 俺が思わずそう呟いた時、エリーゼが放った矢から雷撃雨が迸った。


 俺は一旦皆の所に戻る為にまたもや空間転移を行使した。

 エリーゼのすぐ隣に現れた俺に、ケイレブとフェルが驚きの表情を浮かべているが、その話はあとだ。


「あのブレスみたいなのをもう一度撃たれる前にケリをつける。皆は防御に徹しながら魔法を撃っていてくれ。光の玉が上がったら俺が飛び込む合図だから、その時は攻撃停止で…。ダメだったら退却ってことにしましょう」

 ニーナがすぐに答える。

「オッケー! 何やるかわかんないけど」

「シュン気を付けて」

 セイシェリスさんも解った任せたという顔で俺を見るとそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る