第270話 ダンジョンと王子
街区内の犯罪捜査や治安維持活動は通常ならば衛兵の職務だが、代官のレオベルフさんは外敵からの侵略にも等しいとして領軍にも出動を指示した。兵達には、白昼堂々と街の中でかなりの規模の襲撃が行われたことへの危機感と怒りが漂っている。それは未然に防ぐことができなかった自分達の不甲斐なさを痛感させられたことの裏返しだ。
捕縛した者への取り調べは騎士団が主体となって行っている。が、今後も同じような暴挙が起こりうるという想定で、ほぼ総動員に近い形で兵が総力を挙げて警戒と捜査を行っている。
「内通者? スパイが居る可能性か…」
俺達四人は、ケイレブ王子の新しい宿泊先となった代官屋敷へ集合している。
そこで特務部隊の隊長が示唆したのは、王子の行動予定などが犯人たちへ事前に伝わっていた可能性が高いということだった。
俺の独り言のような呟きを引き継ぐかのようにニーナが口を開いた。
「……確かに、攻撃者たちのあの用意周到さにはそんな感じがあったわね。そもそも学院に行くことも前日に急に決まったことだったし…」
住民に扮した最初の一団が遠距離攻撃で足止めして、そこに完全武装の騎乗した一団が襲い掛かる。それで気を取られた俺達一行の背後から暗殺者集団のような黒ずくめの隊が王子を拉致する。
そんな計画だったのだろうとは思うが、こちらがそのことごとくを短時間で制圧したことと王子の傍にフェルとレヴァンテという稀有な存在が居たことは彼らにとっては誤算だっただろう。
ケイレブ王子が代官屋敷へ宿を変えた理由は単純で、護衛の王国騎士達の大半が今回の襲撃で治癒院に入院してしまったからだ。残っている騎士だけではまともな警備は不可能になった。
王国騎士達を倒してしまった吹き矢には、特殊な麻痺毒が仕込まれていた。
この麻痺毒が体内に入ると全身が麻痺してすぐに意識を失う。一日程度で意識は戻り自然に回復はしていくが、しばらくは麻痺の後遺症が残って身体が思うようには動かせない状態が続くそうだ。
◇◇◇
王子警護の責任者である副団長が部屋に入ってきた。俺達と共に今後のことを話し合うためにここに呼ばれている。
ウェルハイゼス公爵家第一騎士団のスウェーガルニ分団本部で行われている今回の襲撃犯への取り調べ。その様子を見てきたと言う王国第三騎士団ベレル副団長。
すっかり憔悴しきっている顔色だ。
配置された場所が違っていたとはいえ、リズさんが率いていた公爵家騎士団にはケガと呼べるほどの怪我人は出ておらず、対照的に王国騎士は死人こそ出ていないがほぼ全滅と言ってもいい惨状である。あの時フェルとレヴァンテが傍に居なかったら、おそらくは王子にも害が及んでいただろう。警護役としての面目丸つぶれなことには同情を禁じ得ない。
しかし襲撃されたことを聞き状況を知った直後の、王子の警護をニーナと代官レオベルフさんに向かって地に届こうかという程に頭を下げて頼んできた彼の姿には、王子の為にという思いの強さを感じた。
最初に現状報告から。
特務部隊の隊長が資料を手にして話し始める。
「襲撃犯たちの素性が一部、判明しました。騎馬部隊を率いていたと思われる人物は、サラザール伯爵家の騎士であることが判りました」
「サラザール…」
「……」
レオベルフさんは反芻するかのようにその名を口にしたが、ニーナは沈黙。
「サラザールって?」
「どこ?」
「王国東部だよ」
初耳の俺とガスランにエリーゼが小声で教えてくれた。
ベレル副団長は沈黙していると言うより絶句している様子だ。
今回の襲撃犯の所持品には、見事と言うしかないほどに身分を示す類のものが一切無かった。装備品も黒ずくめが使っていた吹き矢などは特殊なものだが、それ以外の襲撃者の装備は王国では一般的な物ばかりで、重騎兵の重装備も一昔前に王国内の多くの騎士団で使われていたような古い物らしい。また、逆に黒ずくめの者達の装備は特殊過ぎて、その製造元などはすぐには判らない。
そこで手掛かりとしたのは俺が鑑定で得た犯人たちの名前だ。俺達との戦いで死亡した者以外の捕縛した全員のID情報を俺は鑑定済みだ。
ひと通りの情報交換を終えて、
「今回の襲撃ではニーナをターゲットにしてる感じは無かったよね」
と、エリーゼがそう言うと俺とガスランも頷く。
特務部隊の隊長は首を横に振った。
「最悪なのは、王子を人質に取られることです。ユリスニーナ殿下を武力で簡単に制圧できるとは敵も思っていないでしょうから」
「王子を人質にしてニーナを誘き出すということか…」
「シュンさん、そういうことです…」
いや、仮にそんな状況になってもさせないけどね。
ここで、ずっと静かだったニーナが大きく目を見開いた。
「ハリル・ハルムンゼス…。サラザール領という話で思い出したわ。ハリル・ハルムンゼスという男はサラザール領出身だった」
「ハルムンゼスって、あの第5騎士団のキース・ハルムンゼスと関係があるのか?」
娼婦にパミルテの薬を使って死に至らしめたキース・ハルムンゼスと同姓だ。
問いかけた俺を、ニーナは厳しい表情に変わって見つめて頷いた。
「あると思う」
特務部隊の隊長が資料をペラペラとめくり始める。
そして、その手を止めずにニーナに問う。
「殿下、そのハリル・ハルムンゼスとはどういう人物なのですか?」
「私がアトランセル学院の最終学年の時に、王立学院との学院交流の一つとして招聘された講師よ。そのハリル・ハルムンゼスが、実家はサラザール領の男爵家だと自己紹介していたのを思い出したわ」
資料を読んでいた隊長が言う。
「キースの父親、実家については手元に資料はありませんが、貴族に関する詳しい資料がありますので、すぐに調べます」
ニーナがコクコクと、分かったという意味を込めて隊長に頷き、そして応じる。
「同じ家ならキースは弟だと思うわ。ハリルの方が年上よ」
そのハリルとかいう奴と何やら因縁がありそうな雰囲気だなと思っていたら、ガスランも同じことを思っていたようだ。
「ニーナ、そのハリルと何かあったの?」
「……」
少しの沈黙の後にニーナは大きく溜息をついた。
「ふぅ…。話さない訳にはいかないわね。思い出したせいで嫌な気分になってしまったんだけど…」
ニーナは皆を見渡してから話を続ける。
「ハリルは魔法実技の教師として王立学院からやって来たのよ。私は選択してなかったから直接教わることは無かったんだけど、火魔法が得意な先生だという話の流れで一度だけ実技指導みたいなものを受けたの」
記憶が鮮明に蘇ってきているのか、ニーナはますます嫌そうな顔をする。
「時間の無駄でしか無かった。ハッキリ言って得るものは無かったわ。私の方が火魔法に関しては上だったから」
「ふむ…。まあ、そうだろうな」
学院在籍当時からニーナの火属性の魔法は騎士団で主力として通用するほどだったと、ニーナの姉のソニアさんから聞いたことがある。
「ただ、ハリルの方はそうは思わなかったみたいで、その後しばらく付きまとわれたの。個人的に指導を続けてあげるとか、火の精霊に導かれた運命だ婚約しようとか言って、勝手に盛り上がっていて大変だったのよ」
「うん、それで?」
「学院長が対応してくれたわ。すぐに付きまといも無くなって、その後しばらくしたら学院から居なくなってた」
◇◇◇
王位継承には派閥の争いが付きものなんだそうだ。
権力争いと言ってしまえば話は終わってしまうのだが、これで淘汰されるような弱い貴族は王国中枢には不必要だから、そんな貴族をふるいに掛けるためにも必要な争いだとかなんとか…。
どことなくゲーム感覚のような雰囲気も感じるので、庶民代表としては言いたい。
やり合うなら自分達だけで勝手にやり合えと。
騎士や兵まで動員して無関係な人を巻き込むようなことはするなと。
かくして王国東部の有力貴族サラザール伯爵が裏で関与していることが明白になって、この伯爵が第2王子派閥のトップであることも俺は理解してきた。
第2王子は、第3王子であるケイレブ王子の兄だ。しかし母親が第二妃であるがために継承権第三位となっている。このせいで第3王子のケイレブ王子がターゲットになっているということ。
ウェルハイゼス公爵は無派閥を公言していて、誰かを積極的に支持しているということは無いらしい。ただ、ケイレブ王子の母である王妃とニーナの母親が若いころからの知己で、それは今でも何かあれば互いに相談し合うような関係。周囲からは第1王子と第3王子を支持するいわゆる王妃派閥だと見做されている。
サラザール陣営の狙いは、第2王子の王位継承権の順位を上げること。そして王国では比類なき名門であり、最近はデルレイス殿下やニーナの目覚ましい活躍で実績としても他を寄せ付けない公爵家を弱体化させることだろう。
さて、話し合いをしている途中ケイレブ王子本人がその場に乱入してきて、割と押し切られる形になった感は否めないが、俺達はケイレブ王子を連れてダンジョンに入ることになった。
元々、今のようにいつ来るかも分からない襲撃者を警戒し続けるのなら、取り敢えずダンジョンに潜ってしまえば簡単には追ってこれないだろうし楽でいいんじゃね。なんてことを安易に思っていた俺だが、図らずもそういうことになった。
「指名依頼受けることにしました。王子とダンジョンに入ろうと思ってます」
「……そう。その方が警護にもいいという判断なのね」
フレイヤさんに依頼受理の報告をしたら、妙に納得された。
気を付けてね。フレイヤさんはそう言って俺に微笑んだ。
そういう訳で準備に奔走する俺達。
今回はこれまでにないほどに大量の物資を持ち込むことになる。
最終的には第10層のゲート広場に陣取る予定なので、いざとなったら外と行き来することは容易いが、なるべくならそれは最後の手段にしたい。
フェルとレヴァンテも連れて行くことにした。
前もってリズさんの許可は得た上で、お前も連れて行くぞと言ったらフェルは文字通り飛び上がって大喜びした。レヴァンテはフェルが行くのに自分が供をしないという選択肢はない。
街を出立する前日。
冒険者ギルドで、ケイレブ王子は出来上がったばかりのギルドカードを手にして目をキラキラとさせている。
フェルが隣に付き添ってカードの作成をした。
もちろんすぐ近くに俺達も居るし、登録の対応をしてくれているのはフレイヤさんだ。
登録名はケイレブ。Fランク冒険者。
フレイヤさんがニッコリ微笑む。
「ケイレブ、冒険者ギルドスウェーガルニ支部は貴方を歓迎します。先輩たちの指示をしっかり守って安全に冒険者活動をしてくださいね」
「はい! よろしくお願いします!」
装備については少し悩んだが王家の派手な鎧という訳にはいかない。身体のサイズ的にはフェルが近いのでフェルの予備の予備を1セット使い回すことにした。
ベルディッシュさんの店でその調整をして、王子の剣や短剣などのメンテも併せてその場でして貰うことに。
「こいつは…、もの凄くいい剣だな…」
「そうですね。俺もそう思います」
と、ケイレブ王子の隣で代わりに応じた俺をベルディッシュさんは睨む。
「一つだけ言わせて貰うと、これは使いこなすのは難しい剣だ。今はもっと自分に合った物を使った方がいいと俺は思うぞ」
ケイレブ王子は真剣な表情でベルディッシュさんに言う。
「はい、そのつもりで何本か見繕おうと思っています。アドバイスをして貰えると嬉しいです」
「ふむ…、じゃあまずこれを振ってみてくれ」
そう言って剣を渡したベルディッシュさんは、その後もケイレブ王子に何本もの剣を振らせた。
そんな感じで俺と親父さん二人でケイレブ王子の剣と短剣を選んだ。
最終的には店に在る物の中では最高級品に近い物ばかりになったが、武器や防具にかける金をケチっても碌なことにはならないと俺は思っている。
◇◇◇
「ケイレブ、落ち着いていこう!」
「ケイレブしっかり相手を見て!」
フェルとガスランの応援の声が響く。
第1層のゴブリン一体と対峙しているのは、ケイレブ王子改めFランク冒険者のケイレブ。
聞いたところによると、魔物討伐は初めてではないらしい。だが、それにしても剣の腕はまだまだゴブリン2体がやっとという感じだろうか。
ゆっくりしたペースで進み、魔物と遭遇すれば適当に間引きしてからケイレブに対処させる。いつもの初心者指導のパターンだが、本人は極めて真剣だ。
ケイレブは供をすると粘る副団長を説得した時に言っていた。
「僕はシュンさんたちが居れば大丈夫だよ。だから、お前達は入院している仲間の面倒を見て、そして襲撃を企んでいる奴らを公爵領の人たちと一緒に捕まえてほしい。僕だけじゃなくニーナ姉さんをひどい目に遭わせようとしている奴らだ…。僕は強くなりたいと思ってる。守られてばかりじゃなく、皆を守れるようになりたいんだ。それはきっと母上を守れる強さに繋がると思っている。すぐには無理だと判ってるよ。でも剣を握り始めて二年だというフェルを見て刺激を貰って解ったんだ。今始めないと僕はずっとダメなままだと思う」
内通者が居る可能性のことはケイレブも知っている。
言われなくとも、賢いケイレブは既にその推測はしていたのだろうと思う。
「疑うなら全員を疑った方がいいですよね。王国騎士の護衛は連れて行かないことにします。そんな言い方はしませんが、僕の言うことは聞いてくれると思います」
二人きりになった時にケイレブは鋭い目つきで俺にそう言った。
ゴブリンを何とか倒したケイレブは疲労困憊の表情。
「よく頑張った。ダンジョンは初めてなんだから最初は緊張して当たり前だ」
「ケイレブ、夜は基礎訓練だからね」
俺に続けて、そう笑いながら言ったフェルには少しえっ、という顔を見せたケイレブだがすぐに笑顔に変わった。
「覚悟は決めてきてる。お願いします師匠」
「ヨシヨシ、素直でよろしい」
ダンジョンの中に二人の笑い声が響いた。
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