第252話 首都決戦④

 やはり白銀の世界と呼ぶのだろうか。命も何もかもが凍り付いてしまったこれを。

 頭上にはそろそろ初夏だと言ってもいい強い陽射しがあるのに、ここは太陽の恵みにも精霊にも忘れられた地のようだ。


 教皇国の狂人教皇は、帝国軍の駐留地を全て凍り付かせて、更にこの一帯を隙間なく凍りつかせてしまおうとしている。


 発動の兆候、俺はそれに怒りを滲ませながら立ち向かう。

「舐めるな、そう何度も同じことやらせてたまるか」

 ズギュンッッッ!


 発動し始めた魔法の、その事象改変の始点となる箇所を俺は狙い撃った。この魔法の特徴はかなり掴めてきている。


 撃った瞬間にバリバリッ、という大きな音が響き、それが残響音となったように余韻がしばらく残った。ガスランが魔法を斬った時の音が増幅された、そんな感じだ。


 終焉の氷雪デルニアスブリザードは発動せず霧散した。


「いいね!」

 ニーナがご機嫌である。

 それは、少し魔法への干渉が弱まってきたからというのも大きい。

 雷撃砲を撃ったことで僅かに空白地帯が出来ている。意図したことではないが、領域の境界でこそ最も強いその干渉の壁が緩んでいる。この領域の支配に僅かだが風穴が開いたのだ。

 支配を取り戻そうとする気配はすぐには感じられない。

 この機会を逃すな。


「今のうちに上に飛ぶぞ」

「え?」

 どうやって? とニーナの顔に書いている。

 事象改変の周囲を広く厚く覆うように出来上がっている魔法干渉の領域は、その干渉が弱まるどころか強くなってきている感じさえ受けていた。現に重力魔法はその効果を強めているはずなのに少しずつ高度は下がってきていたのだ。それが若干緩んだと言っても、重力魔法ではまだ及ばない。


 グイッとニーナの腕を握った俺は自分に抱き寄せる。

「転移魔法だ。ちょっと我慢な」


 意識した座標は自分が今居る所の更に上空。

 顔を上げてその一点を俺は睨み付けた。

 肉眼で見ながらまた別の視点でも見ている。


 フッと周囲がぼやけて揺れる。それが平衡感覚をおかしくして少し眩暈を誘う。

 一瞬だけ暗転した直後、今度は光に包まれる。

 そしてすぐにその光も消える。


「ほい、完了」

 俺はそう言って強すぎる重力魔法の制御を弱める。

 落ちないようにするのはもう楽に維持できる。


「今、転移って言ったよね」

 我に返ったニーナが周囲を見渡す。


「うん、そう言った…。あ、すまん」

 俺はそう言って抱き寄せていたニーナを離すと、ニーナは腕を摩りながら俺を少し睨んだ。

「もう…、痛かった。力強すぎるんだよ」

「悪い。自分ともう一人なら転移できる確信はあったんだけど、急いでたからなるべくくっ付いていたかったんだ」


 転移した所の高度は約700メートル。ほぼ垂直に上がった形なので、二人で下を観察し始めた。

 ニーナの切り替えは速い。

 ニッコリ微笑みながら言う。

「いい感じでかなり上に飛んできたね。干渉もさすがにここまでは及んでない」

「見えてる所って感じで飛んだから空間転移にしては邪道なんだろうけどな」

「よく解んないけど、それは今度ゆっくり教えて。ま、結果オーライ」

「了解。それでこれからのことなんだが…」 


 俺は高級MP回復ポーションを飲みながらニーナと今後の相談。空間転移に変に魔力を込め過ぎたのかメチャクチャMPを消費した。


 俺は随分前から、空間転移を使えるようになっている。フレイヤさんから時空の魔導書の解読が終わってからにしなさい、なるべくなら時空魔法のレベルがもう一つ上がってからと助言をされていたので、これまで発動直前までは数えきれないぐらいに時空魔法の訓練と思ってやっているが実践はしていなかった。しかし、今はこんな状況。この際何でも使えるものは使えと開き直っている。

 但し、俺の熟練の無さもあってか同伴できるのは一人が限界。二人は少し怪しい。おそらく対象の総体積の量なんだろうと俺は思っている。これは何となく感覚的に駄目だと判ってしまう類で、無理に発動させようとしても失敗するだろう。確かにフレイヤさんが言うようにレベルを上げないとその量は増えないのかもしれない。


 そして俺は、ニーナと話をしながらの目いっぱいに広げた全方向探査で地上を見ていて気が付く。機密保持の為、作戦開始直前までは俺達にもハッキリとは知らされない帝国軍の動向。

「帝国軍の主力は東に展開してたのか…。例の突入作戦の為だよな。決行するならてっきり南か西からだと思ってた」

「かなり大回りで展開する雰囲気だったから、そういうことなんでしょね。特務と工兵はあの地下道を何とか通れるようにするつもりみたいよ」

「中と外からの両方から奇襲するのか…」

「多分ね。でもこの状況だと近づけないと思う」

「近付いたらすぐに撃たれそうだからな。でも帝国軍は近くに居ない方が俺達には都合がいい」

「うん…。で? どうする? 二人で突入しちゃう?」

 ニーナは笑みを浮かべてそう言った。

「それもいいけど、俺は先にあの、いつ停まるか分からない魔法を潰してくるよ。ニーナには…」



 という訳で、俺とニーナはここで二手に分かれる。


 自分の役割の説明を聞いたニーナは、ニヤリと例の爆炎を撃つときと同じ笑みを浮かべた。

「やりがいがありそうな役目ね」



 降下しながらの移動だったので目的の位置にはすぐに飛んでこれた。

 俺は北の駐留地でまだ発動中の氷雪魔法の上空に到着。

 ギリギリまで下降して停止。相変わらずの強風に吹かれるがそれも重力魔法で軽減させる。

 ふと、何だか重力魔法が楽になってきたなと思ったら、闇魔法のレベルが上がっていた。これは素直にラッキーだと思う。まあ、さっきまで並列思考の三分の二ぐらいを使って結構しんどい行使を続けていたから、それがトリガーになったんだろうというのはハッキリしてるんだけど。


 俺はその停止した空中からまたこの魔法に向けて解析と探査をフルに行使する。

 散々解析を続けた甲斐があって、見えてきているのはこの魔法の核のようなもの。

 レヴァンテは中心点という言葉で言及していた。本来の神級魔法とはこんなものなのか、それとも彼女達は過去にもこんな変わった発動形態をとる魔法を見たことがあるのだろうか。


 思索に潜りそうな思考を呼び戻して俺は次の段階へと移る。

 精神集中。

 発動させるのは光の侵食魔法。侵食の対象はこの厄介な氷雪魔法。


 教皇国首都から放たれた終焉の氷雪デルニアスブリザードによる強大で圧倒的な事象改変。それは、周囲で他の魔法が作用することを許さず、一帯を支配して氷結の世界を維持し続けている。

 その魔法を全て喰らい尽くす。侵食で魔素の塵に変えるつもりだ。


 微かに光を発する粒子がフワッと辺り一面に広がる。上から見ていると、あたかも水面にインクを落とした時のようにそれは広がっていく。

 しかし広がってもその輝きが薄れていくことはない。

 光量は変わらずにそれは広がって行った。


 侵食の効果は劇的だ。明らかに一帯の様子が変わる。限界まで下がっていた温度がどんどん上がっていくのが判る。氷結していた物から水が滴り始めた。


 中心点とはよく言ったもの。

 侵食が進むとはっきりと見えてきた。

 事象改変の爆心地だった所には、魔力が渦巻いて球体状になった部分がある。ここだけは侵食の進みが極端に遅い。

 俺はもちろん鑑定と解析で見始めているがすぐには判らない。

 しかし、悩んでいる暇はない。今も尚、失われてしまった支配を取り戻そうと蠢いているからだ。


 俺は一気に下降して、最後は縮地でそいつの所へ飛んだ。

 雷を纏わせた女神の剣を抜き、そして着地と同時に雷撃砲を放った。

 ズギュンッッッ


 至近距離から放った雷撃砲はその球体の中心を貫いた。


 すぐに反転離脱しようと準備していたが、俺は急停止。

 爆発するかと思いきや、球体は自身の大半を失うと残った部分は急激にしおれていくかのように侵食の光によって塵に変わっていく。

 そうして、敵によって放たれていた終焉の氷雪デルニアスブリザードの一つが完全に消失した。


「よし、まずは一つ」



 俺の雷撃砲で発動を阻害されてからは様子見をしている雰囲気だった教皇国首都の方で魔法構築が始まった。魔力探査にも少なからず影響していた領域干渉がこの周辺から無くなったおかげではっきりと感知できている。

 沈黙が続いていた理由は判らないが、教皇国の連中は四発目の魔法が発動しなかった原因を今まで悩んで調べていたのかもしれない。

 これまでのことで敵の探知系の能力が低いことは解っている。城を潰してしまったことがその理由としては大きいような気もする。しかし、いくら何でもそろそろ俺達に気付いてもいいはず。俺が今やったことなんて派手過ぎて目について当たり前だ。


 帝国軍の総司令部が在った方の上空へと俺は飛び始めた。

 今、ニーナは首都の大聖殿の上空を飛んでいる。

 合図として決めていた光球を、俺は首都の北門が在った辺りに打ち上げた。


 するとその光球に気が付いたニーナは、ぐんと高度を下げて仕上げに入った様子。

 そしてすぐにまた上空に離脱した。

 ニーナが居る大聖殿の周囲は当然ながら上空も含めて氷雪魔法の影響が全くと言って良いほどに無い所。ニーナは自由自在だ。


 ババババババババババッッッッッ!!!!


 直前の静かさを際立たせるような一気呵成という言葉でも生温い猛烈な光雷を無数に放つ爆発が次々と起きる。まるで大量の爆竹の束に火を点けた時のような感じ。

 光には少し遅れて届いたその爆音で空気が震えた。


 ニーナは大量の爆弾を持っている。更に俺は自分の手持ちから追加で渡している。

 大聖殿の周囲にそれをばらまくのがニーナにとっての第一段階。

 そしてそれらを起爆する特別な爆弾を放り投げるのが第二段階。今ここ。


 一気にすべてを砕き貫き吹き飛ばしてしまう爆弾によって大聖殿を覆っていた二重の結界は一瞬で消失し、大聖殿の地上部分の建物も完全に粉砕された。

 地下の反応はまだ有るので、思っていた通り地下の強度はかなり高いようだ。帝国の密偵の調査でも更なる別系統の結界の可能性と共にそれは指摘されていた。

 しかし影響は大きいはず。器が丈夫であっても中身まで大丈夫だとは限らない。おそらく無事ではないだろう。

 それを証明するように案の定、魔法の構築は途中で破綻している。


 ニーナが次の段階に入ろうとしているのを見届けて、俺は二つ目の魔法破壊の作業に着手した。



 ◇◇◇



 時間の流れる速さが違う。

 そのことは前回ここを行き来した時にエリーゼは実感としても理解はしている。

 だが、それでもエリーゼはレヴァンテにそれ程間を置かずに何度も確認することを止められなかった。

「シュンは…?」

「…はい、まだ状況は変化していません」

 幾度同じ質問を受けても、レヴァンテは嫌がりもせずニッコリ微笑んでその問いかけに毎回丁寧に応じた。


 ステラとガスランは初めて目にするビフレスタに驚き感心しながらも、エリーゼの沈痛な表情を見て静かに黙っている。そして自分達が離脱せざるを得なくなったついさっきまでの状況に考えを巡らせる。


「闇魔法を覚えたい…」

 ガスランの口から、そんな言葉が漏れた。

 自分が重力魔法が使えたなら…。

 無い物ねだりだと分かっていてもどうしても今はそう考えてしまうのだ。

 そしてステラもそれに反応して呟く。

「重力魔法か…。ニーナは重力姫だもんね」


「その呼び名はニーナは嫌いみたいですよ」

 レヴァンテはそう言って少し微笑んだ。

 続けてガスランも笑顔で補足する。

「シュンがそう言ったら思いっきり引っ叩かれてた」

「そうだったね」

 エリーゼにも笑みが浮かんだ。


 すべきことに見当が付かず、4人はエレベーターから降りた所の山荘風の家の中に入った。

 部屋に入ったエリーゼは頭を切り替えるように背伸びをして深呼吸をすると、

「ガスランお腹空いてるでしょ。何か食べようか。私も少しお腹空いちゃった…。ステラも好きなもの食べて」

 そう言ってテーブルに料理を並べ始めた。


 三人は食事を終えると気分転換に水辺の辺りまで散歩したりして長い時間を外で過ごした。三人は時折レヴァンテにビフレスタの事などについての質問をする。

 そして夕暮れが近付いた頃また家の中に戻ると、この際だからとステラが帝国軍の強行突入計画の内容の説明を始める。


「精神操作の話は伝わらなかったのね…」

 ひと通りステラの話を聞いた後でエリーゼがポツリとそう言った。


「確証がないから仕方ない」

「そうなんだよね…」

 ガスランの言葉にステラも苦々しい口調で応えた。


 話にひと区切りついたところでエリーゼはお茶を淹れ始める。

 この家の中にはそんなことの為の器具は無いので、それも収納から出して魔道具を使って湯を沸かす。

 じっと静かに過ごしながら、それで居て三人とも内心では何かに焦っているようなはやる気持ちを抑えている。


 そんな中、立ち昇る茶の香りは三人の気持ちを落ち着かせることに役立っているようだ。三人とも思わず深い息を吐いてしまうのだった。

「いい香り…」

 ステラがそう呟くとエリーゼはニッコリ微笑んだ。


 その時、レヴァンテがくいっと顔を斜め上に向けた。目は閉じている。

 エリーゼが鋭い眼光に変わってそんなレヴァンテを見つめる。

 レヴァンテはその状態から動かずに口だけを開いた。

「転移魔法…? ですね。空間転移…。シュンさん使えたんですね」

「シュンが転移魔法を使ったの?」

 エリーゼが静かな声でそう問い質した。


 ゆっくりとエリーゼに顔を向けながら目を開いたレヴァンテは頷く。

「はい、ニーナと一緒に転移しました。あの位置からそのまま垂直方向、かなり上空に転移したようです。そこは干渉領域の範囲外、安全圏です」

「そう…。使ったんだね」

「転移?」

 そう尋ねたステラにエリーゼは少し嬉しそうな顔を見せる。

「そう。実際に発動するのは避けてたけど、シュンは空間転移が出来るの。ただ、まだ一人ぐらいしか一緒には転移できないって言ってた。時空魔法のレベルを上げた方がいいんだろうなって…。そうか、あそこでも使えたんだ。シュンはこの可能性を考えてたんだね。ニーナも無事。だとしたら…」

 後半はもはや独り言になっていた。

 涙が零れそうな程に目が潤んできているが、その笑顔は輝く。


 エリーゼが立ち上がる。

「さあ、私達も戦いの準備をしましょ。レヴァンテ、ラピスティの所に行きたいわ」

「え?」

 唐突に感じて思わず問い返したステラにエリーゼはニッコリ微笑む。

「あの干渉領域に囚われていた状態から抜け出したなら、もう大丈夫。転移が無事に使えたのなら問題なし。シュンとニーナはきっとすぐに反撃を開始するよ」


 不敵な笑みに変わったエリーゼが続けて言う。

「シュン達が戦っているのに待つだけなんて出来る訳がないでしょ。私達が出来る最善を尽くすの。シュンとニーナは私達がそうすると信じてる」

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