第246話
ガスランとレヴァンテが模擬戦をしている様子を俺は見ている。
さすがのレヴァンテも純粋な剣術だけだとガスランともいい勝負になる。まあ、二人とも本気の全力ではないんだけどね。技を競い合っているという感じ。
二人の剣戟がぶつかり合うたびに大きな音が響くが、ここに居る人達は既に日常の風景として慣れている。
チビッ子三人はガスランの応援とレヴァンテの応援に分かれていて、声援を送る。
そんな様子をお母さんたち含めて多くの女性達が朝の支度をしながら微笑ましげに見ている。
ガスラン達の模擬戦にキリが付いたところでエリーゼが言う。
「そう言えば、フェルがここ最近は割と頻繁にバステフマークと訓練してるらしいよ。結構本気のクリスともいい勝負になってるんだって」
「へえ、そうなのか。そりゃどっちにも刺激があっていい訓練になるだろうな」
俺はフェルとクリスの二人が対戦している様子が頭の中に浮かび、実にいいことだと思った。
フェルという名前が出た瞬間にレヴァンテは真剣な表情だ。
そんな彼女に俺は頷きながら言う。
「フェルは天才だからな。そしてもう一人名前が出ていたクリスというのも同じく天才だよ」
「シュンさんがそんな称賛をするということは本当にお強いんですね」
「うん、フェルはまだ肉体的に幼いから強さはまだまだだけど才能がとんでもない。だからあと2、3年もして身体が出来上がってきたら強さの面でも俺やガスランは追い越されるよ」
俺のそんな言葉にレヴァンテはとても嬉しそうに微笑んだ。
その日は街道沿いの小さな街に着いた。しかし街の門は固く閉じられていて、誰が来ようと拒んでいるという雰囲気たっぷりだった。
兵士では無い門番のような男が居て一夜の宿を求めた俺達の話を聞いてはくれたが、取り付く島がなかった。
「余所者を入れる訳にはいかない。例外は無い」
そう言ってきた男に俺は尋ねる。
「もしかして教会が撤退してからずっとそうしてるのか?」
「そうだ。出て行く者は止めないが新しく人を受け入れることはない。教会が戻って来るまではこの門は開かれない」
「ふむ…。そうか、解った。無理言って悪かったな。お互い野盗には気を付けよう」
「……ああ、そうしよう」
俺達が揃って門を離れ始めてすぐニーナが訊いてくる。
「シュン、ここって何人ぐらい人が残ってるの?」
「ざっと探査で見えてるのは50人ぐらい」
「……街の広さの割には少ないのね」
ガスランが疑問を口にする。
「食料が無くなったらどうするんだろう」
「うん、そこだよな。こんな情勢で商人が来ている筈は無いし…。外に対する恐怖の方が今はまだ勝ってるという感じかもしれないな」
「食料があるうちに移動した方がいいのに、その決断が出来ないってことなのね」
俺はエリーゼに頷いて言う。
「うん…、まあ何が正解かは分からないけどな。この変な籠城がもしかしたらいい方向に転ぶかもしれないし」
「いや、それは無いでしょ」
ニーナはそう言って一刀両断。
「だよな。だからそう思う人は既にこの街からは出て行ってしまってると思うよ」
◇◇◇
さて、この旅路もようやくひと区切りつく時が近付いた。
俺達がずっと進んできた王国へ繋がる長い街道は、大きな川にぶつかる。その川は国境線になっている。
心配していたのはそこに架かる橋が落とされてはいないかということだったが、大丈夫なようだ。
川と橋を見て一行の全員が嬉しさを感じている。
「まだ浮かれるのは早いぞ。キャンプに着くまで気を抜かないでくれ」
「はい」
「そうですね」
元冒険者の女性ともう一人御者台に上がっている女性が微笑みながらそう答えた。
と言ってる俺も少し安心しているのは事実。
なぜなら対岸。橋を渡った所には公爵軍の旗が見えているからだ。
探査で軍団らしき集団が居るのは判っていたが、まさかのニーナの実家の公爵軍。
ニーナも喜びを満面の笑みに変えて言う。
「たまにはデル兄に感謝しないといけないかも…」
俺はニーナに笑いながら応じる。
「たくさん感謝してやれよ。妹大好き兄さんなんだから」
「いや、やっぱりやめとく」
俺とガスランは吹き出してしまう。
ニーナも自分で言っておきながら吹き出している。
エリーゼも笑いを堪えきれない。
橋を中ほどまで渡った時に、向こう側に騎兵の一団が現れた。
そして通り道を空ける形で両側に並んで行く。
「ニーナに気が付いたみたいだね」
「そうだな」
エリーゼが後ろに下がる。
先頭は俺とニーナ。そしてレヴァンテが少し下がり目に付き従う形。その後ろに馬車三台とガスランとエリーゼ。
最敬礼で迎える騎士達の間を俺達は進んで行く。
「やっと王国領か…。結構大変だったな」
「野盗は王国にも居るけど本当の無法地帯が如何に人を狂わせてしまうか、ひどいってことを実感したわ」
ニーナとそんなことを話しているうちに、軍団の司令官が待つ所に近付いた。
その後、司令官に先導されて軍団の本陣の近くの一角に案内されて馬車を停めた。
ニーナはガスランを伴ってすぐに司令官やこの軍団の情報官との情報交換の場に出ている。
夕刻には少し早いが、奥さん二人を含めた女性達と話してチビっ子たち待望のバーベキューをすることにした俺は、その準備を始める。鍛冶職人の二人も嬉しそうだ。俺達がロフキュールで大量に買い込んでいた海産物の旨さに魅了されたと言ってたからね。
家族連れの7人以外は俺達がするバーベキューは初めてなので、そんな女性達は全員驚き、そして大喜びでたくさん食べた。
ニーナが戻ってきたのはかなり遅くなってから。
「バーベキューした? チビッ子たちと約束してたんだ」
「うん、その話は聞いたよ。ちゃんと二人の分は取ってるから出そうか?」
そう答えたエリーゼは収納に焼き立てをたくさん仕舞っている。
ガスランが早く早くという顔をしているので、早速テーブルに出していく。
一応本陣でも食事が出されて食べてきたらしいんだけど、二人とも大食いなのだ。
難民キャンプの状況は良くは無く、とは言え最悪でも無いという感じらしい。
難民そのものは当初の第一波の難民の流入が落ち着くとそれ以降は、少しずつ流れてきている状況だそうだ。それは大きな街道を避けて来た者達ばかりだという。
「野盗に相当やられたんだろうな…。特にあの傭兵部隊に」
村で助けた女性は、他にも同じような集団が幾つかあるような話を小耳に挟んだことがあるらしい。他の集団というものが同じく傭兵部隊の可能性は高いと、俺はそう思っている。
「王国の商人もかなりやられてるみたいよ」
ニーナが言うには、たまたま今回の騒動に巻き込まれた王国の商人が帰国する途中で消息不明にと言ったことも起きているらしい。
「難民キャンプは物資が不足気味だって。でもレッテガルニとスウェーガルニからの支援物資がもう少ししたら届くらしいよ。サインツェは出し渋ってるみたい」
「ふむ…。自領地だから仕方ないかもしれないけど厄介者だと思ってるんだろうな」
「うん。だけどデュランセンは元々そんなに余裕がある所じゃないのよ。そういう意味でも仕方ないのかな…」
難民キャンプに入ると一応の生活が保障はされるとは言え、それは必要最低限でありまたそれすらも永遠に続く訳ではない。早い時期に移住先を決めて出て行くことが奨励される。現実は厳しく、いつまでもキャンプに寄生するような態度だと強制送還もあり得るのだ。
まずは、普段から移民や移住者の受け入れを行っている村や街が移住先としての候補地になる。そして、手に職を持つ者が歓迎され優遇されるのは当たり前でその意味では鍛冶職人の二家族は見通しは明るいとも言える。
キャンプの事務所で審査を受けた後に移住先を決めて退所手続きをすれば、中期の滞在証明が発行されて、このキャンプを出て王国内を移動することが出来る。移住先と全く違う方向など別の所に行くのはNGだけどね。
翌日、難民キャンプに到着して帝国からの支援物資を搬入してしまった俺達は、俺達に同行していた16人がキャンプ内に新しくテントを張った所に行く。
ここでは余分な馬は軍が買取りをしてくれるので既に売却済み。その売却で得た金を全員に均等に分けた。
そして俺は鍛冶職人二人に向けて話し始める。フレイヤさんから聞いていた話。
「ここからまだ遠いんだが、スウェーガルニは街区拡張直後からまた急激に人口が増えていていろんな店や商会なんかもたくさん出来てるんだ。そして人手不足な所が多くて鍛冶職人も不足しているらしい。どうしても行き先が見つからなかったら考えてもいいと思う。いい街なのは保証するよ、俺達のホームだから」
うんうんと一緒に居たガスランが頷く。
「あ、実は…」
「いや、決めてる所があるんだったら無理にって訳じゃないよ。参考までにってだけだから」
「いえ、そうじゃなくて…。スウェーガルニに行きたい行こうって。家族全員、7人全員そう思ってるんです。ニーナさんには少し相談はしていたんです」
「へ?」
「シュンさん達が命を懸けて守った街なんですよね。そんなの大好きになるに決まってるじゃないですか。子供たちの将来を考えても、学院もできたって言うし」
あっ、いかん。なんでだろう。なんか泣きそう。
これまで何度もお礼を言われたことはあるけど、この言葉はなんか響いてしまった。
「あーその…。なんて言うか、そう言って貰えると嬉しいというか。守った甲斐があるって言うか、うん、嬉しいな」
すると女性達と話していたニーナが俺の方を見てニヤニヤ笑いながら言う。
「シュン、こっちも皆スウェーガルニに行きたいんだって。また皆で一緒に旅だね」
ガスランが俺の頭を撫でる。
あれっ、ホントに涙が零れてた。
エリーゼがニコニコ微笑みながら頬にチュッとキスをしてきた。
皆が笑顔になっていた。
◇◇◇
しかしその時、レヴァンテの笑顔が一瞬で消えて厳しい表情に変わった。
その変化はすぐに俺達四人に伝わる。
直後、何か得体の知れない波動を、遠くからのそんな力の伝播を俺は身体の深い所で感じ始めた。
「レヴァンテ、これは…」
「少し待ってください」
俺達四人の突然の変化を見て、鍛冶職人夫婦や女性達にも緊張が走る。
どうしたのかと尋ねたいだろう。
しかし俺達の様子の深刻さに圧倒されて黙っている。
気が付いたら女神の指輪が微かに震えている。
いつから震えていたんだろうか。
エリーゼ達の表情からも四人の指輪全てが震えているのが判る。
俺は静かに、だが強い口調で言う。
「方角は、ここからほぼ真南。この波動は…、おそらくとてつもない魔法…」
レヴァンテはその真南の方角をじっと見つめていたが、その姿勢のまま俺に言う。
「シュンさん、ラピスティからです」
「聞かせてくれ」
「災害級の魔法が発動しました。場所は教皇国首都近辺です」
「……うん。やっぱりその辺か」
自分でもそう推測しながらこうも思っている。
だとしても、ここまで伝わってくるものなのか。それ程の大きな魔法ということなのか。そんな魔法を誰が行使できるというのか。
「発動の起点は教皇国の首都でおそらく間違いありません。そして作用したのはそのすぐ近くです」
「起点と作用地点がほぼ同じという意味か?」
「そうですね。中心の若干のズレは意図したものなのか分かりませんが…」
そして少しの間レヴァンテは沈黙。
しかしすぐに言う。
「……失礼しました。ラピスティから続報です。魔法の詳細が判明しました。今回の災害級の魔法は、終焉の氷雪。神級魔法の
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