第18章 聖域の謎

第207話

 行程は順調に進んでいる。先遣隊と言うべきか先触れが行く先々を検め、休憩をする場所、宿泊先など全てに渡ってチェックし尽くしているので、俺達は近衛騎士団と共に最終チェックをするだけだ。

「北方種族自治領に入ってからが本番よ」

 と、フェイリスは気楽なことを言っている。


 ラズマフを通り過ぎて、いよいよ翌日は北方種族自治領に入ろうかという時に、先遣隊からの伝令がやってきた。

「議会を開く準備の間、連邦首都に滞在して欲しい。最低でも三日間、か…」

 フェイリスが書簡を読み終わってそう呟いた。

 先遣隊は近衛騎士団と帝国騎士団の両方から選抜した混成隊だそうだ。フェイリスのその言葉に書簡を持参した伝令の騎士が応じる。

「はっ、長すぎるとしてまだ交渉中ですが…」

「時間を稼ぎたいようだな。本隊の軍勢を見てもまだ同じことが言えるなら大したものだが」

「いかが致しましょう」

「交渉は打ち切り。先遣隊は連邦首都を出て本隊に合流せよ」

「御意」


 今回フェイリスが率いてきた軍勢は5万。直属の帝国軍と帝国騎士団、そして近衛騎士団もその殆どを連れてきている。対してエルフの北方種族連邦の常備軍はその数約3千。連邦に属するそれぞれの都市国家の軍を合わせても1万に満たない。


 北方種族自治領に入ると魔物の生息域がある。しかしこの軍勢に向かってくる魔物はほとんど無く、着々と進軍を続けて聖域と呼ばれる土地を目指した。

 連邦首都を間近に見ながら通り過ぎようとした時、エルフの一団が前方を塞いだ。彼らに反抗の意図は無いようで、その一団の代表者がフェイリスの近くに連れてこられた。

 フェイリスが俺達だけに聞こえるように囁く。

「連邦議会の議長よ。バカなの? ノコノコ自分からやって来て」


 議長は、首都で歓迎の準備をしているなどと言ってフェイリスを首都内に招こうとするが、フェイリスの合図で騎士の一人がイレーネの正体を告げ罪状を読み上げ始めると彼の顔が青ざめた。

「これ以上まだ策を弄するなら、北方種族連邦議会のみならず住民全てが悪魔の手先になり果てたと見做し、連邦に属する都市と聖域と称する一帯など全てを焼き払う」

 騎士がそう言うと、議長はわなわなと震えて地面にひれ伏した。

 そして議長は捕縛。残る一団のエルフ達にはイレーネの正体と罪状、イレーネと長年通じ今回も庇う議長の行状を記したものを渡し、連邦内に広く通達せよと命じた。


 連邦首都から少し離れた所をその日の野営地とする。早めに行軍を止めたのは議長を尋問する為だ。

 議長はイレーネがもたらす肉欲に溺れ、閉鎖的な傾向が強い連邦内の都市国家を説得してイレーネ商会へ便宜を図り続けていた。その見返りにイレーネ商会のラズマフ支店から定期的にあてがわれる女性を相手にする場合は繰り返しパミルテの薬を使っていたことも白状した。


「イレーネ本人が相手だとパミルテの薬を使うよりも快感は強かったそうよ」

 淡々とフェイリスはそう言った。

 ニーナが気持ち悪そうに言う。

「存在そのものが麻薬なのね」


「そして、どうやらなりふり構わず時間を稼ぎたかったみたい」

 そう言ったフェイリスに俺は頷いて言う。

「計画性も何も無いが、こうして自分を犠牲にして実際に時間を稼いでいる。ごく最近、精神操作を強く受けたのは間違いないと思う」


 イレーネ商会が議長にあてがった女性達は既に全員生きていないらしい。ここでもあの麻薬製造村と同じようなことがあったということ。

「犠牲になった女性達は全て帝国のヒューマン女性。大半は娼婦だったようだけど、いずれにしても身元を明らかにしなければならないわ」


 結局、騎士と兵の約50名をその件の調査の為に連邦首都に向かわせる事にして、議長もそれに立ち会わせることになる。その後は後方支援の為にラズマフに駐留している帝国軍が監視する牢に拘留するという。

 フェイリスはわざわざ彼らの出発を見送る為に出向いて、傍に居る議長を見た。そして議長を縛ったロープを持つ騎士に言う。

「歯向かったり協力的でないと判断したら、手足を一本ずつ切り落とせ」

「御意」



 その後、再び出動していた先遣隊が攻撃を受けたと報告が上がる。軍団がこの先進もうとしている進路の先、とある都市に近い辺り。

 多勢に無勢となるのは間違い無いので先遣隊も無理はしない。

「かなりの手練れでしたので、一旦引きました。申し訳ありません」

 先遣隊20名に対して敵はエルフ50名程だったと言う。そのほとんどは女性。


 嫌な予感。

 俺が顔を見ると、すぐにフェイリスは頷いて言う。

「シュン、無力化してきてくれるか」

「了解。エリーゼとニーナを残しておく」

「解った」


 軍勢はペースを変えずに進むが、俺とガスランと案内の騎士数名で騎馬で先行する。そして聞いていたとおり街道にバリケードが築かれているのが見えてきた。

 肉眼より先に探査で見えていたので、対処方法はガスランとは打ち合わせ済み。


 ズシュウンッッ!! とガスランの斬撃がそのバリケードを砕く。その向こう側に居るエルフ達が慌て始めている。


 俺は少し迂回しながら彼女達に接近して、手あたり次第スタンを撃っていく。

 それから漏れたエルフが逃げ始める。その時には既にガスランも接近して来ていて、また斬撃を放って牽制していく。

 斬撃の大きな衝撃に驚き脚が停まって棒立ちになった彼女達を、俺は労せずに続けてスタンで撃った。


 全員を拘束してしまい、指揮官っぽかったエルフだけを眷属化を解除しキュアで目覚めさせて尋問を開始する。この女性の種族はハイエルフ。


「ハイエルフほどの寿命があっても、不老不死を望むものなのかな」

 俺がそうぼやくとガスランが疑問を口にする。

「この人達、全員ハイエルフ?」

「あー、いやハイエルフはこの人だけ。他は普通のエルフ」


 やっとそのハイエルフの意識がはっきりしてきたので質問を始める。眷属化は解除されるとちゃんと実感があるようで、隷属契約の反動なのか直後は喪失感のようなものが沸いてくるらしい。

 判ったことは、まずはこのハイエルフ女性はイレーネに恩義を感じているということ。未来の不老不死の恩恵よりも、その恩義の思いが強く今回の妨害に臨んだと。

「あの方は奇跡を起こす。世界樹の加護を持つお方だ」

「ふーん、ハイエルフにはやけに丁寧に接しているみたいだな。まあ、単独行動だったみたいだし、そうなって当たり前か」


 観念はしてしまったようで質問には素直に答えてくれた。そして、そのハイエルフが語ったイレーネが起こした奇跡とは…。

「左手を失っていた私の手を元に戻してくれた。この手が奇跡の証だ」

「なるほどね…。その手を無くしたのはいつのことだったんだ?」

「4年前。ワーグにやられた」

「元に戻してくれたのは?」

「1年前だ」

「3年か…。結構コストかかってるな」


 イレーネが行う不老不死は時空魔法。時間遡及魔法である。生物の肉体に限定している特殊なものだが、逆にこの範囲以上のことは一気に神級魔法を超えてしまうほどに難易度もコストも高くなってしまう。正直、こんなことが出来るのかとまだ半信半疑な所はあるが、事実を目の前にすると俺の推測は正しかったのが判った。

 このハイエルフのように欠損や、または病気、老化など。そうなる前の状態に肉体を戻すことで、結果としては不老不死が実現できるということ。年に一回1年前に戻せば年は取らない、その時健康だったなら病気にもならないという訳だ。


 生物の肉体というのが意味合いとしては大きく浮上する。

 魂とその器の肉体、その繋がりに介入して魂に干渉するのが隷属魔法による眷属化。これを、肉体の方に干渉していく流れに沿う形で時間遡及を行っていると思われる。

 だから、自分自身以外で時間遡及が可能なのは眷属化されている者、当然ながら生きている者だけが対象だ。死んで肉体から魂が離れてしまうと眷属化は自ずと解除されてしまいこの時間遡及魔法は使えない。

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