第196話

 帝国騎士団の動きがずっと引っ掛かっていた。あの時、目の色を変えて俺達を探していた騎士達の姿が俺の中に印象深く残っている。そもそも帝国騎士団は何をしていたのか。ラズマフ近辺のあの辺りは直轄領ではない。

 ニーナが見つけてきた情報屋が優秀なので、その件の調査もお願いしてみることにしたら、かなり高額になると言われた。

「ラズマフは領主の伯爵でさえ口を出せない街になってる。それは知ってるか?」

 そう尋ねてきた情報屋ザッツは俺とニーナをじろっと見た。

「イレーネ商会が牛耳ってると聞いたことがある」

 俺がそう答えるとザッツは頷いた。


 エルフの北方種族自治領への玄関口に当たるラズマフは、近年では北方種族と交易を行う商人の街という側面が強い。同時に冒険者が多い街でもあるが、彼らの主な活動の場所も北方種族自治領内である。

「エルフの北方種族連邦は交易の制限をしている。人も取扱商品もかなり限定されているうえに出入りするたびの審査が厳しいが、イレーネ商会だけはフリーパスなんだよ。北方種族と交易をしたい人間はイレーネ商会に頼りきりってことだ」

 ザッツの言葉に俺は首を傾げて問い返す。

「北方種族、その土地に何があるんだ?」


「一般には高級MPポーションの素材になる魔苔やエルフならではの魔道具、工芸品、エルフ鍛冶が鍛えた武器。そして農産物だと思うだろうが、あそこで重要なのは魔鉱石だよ。それも相当に濃度が高い魔鉱石の鉱脈があそこには在る」

 ザッツはニヤリと笑いながらそう言った。


 この利権をイレーネ商会が握っていることが大きいのだとザッツは言う。

「元々生産を抑えているうえに門外不出の扱い。その魔鉱石が少量だとは言えなぜかイレーネ商会から時々市場に出てくるんだな。そしてとんでもない高値ですぐに売れてしまう。これまでの購入者の中には帝国自体も含まれている」


 魔鉱石は高品質高機能の魔石だという捉え方をしてもいい。小さな物であってもそれから出せる魔力は大きく、更に魔力の総量も格段に多い。そして特筆すべきは、魔鉱石の魔力は自然回復すること。失った魔力をまた自身に貯めこむのだ。この辺はダンジョンコアの魔素変換機能に近い。俺は魔鉱石の実物は見たことは無いが、構造はおそらく似た物なのだろうと推測している。


 イレーネ商会がどうやって北方種族に取り入ったのか、それはザッツも解らないと言う。しかし現在の北方種族連邦の代表者である連邦議会議長とイレーネが個人的に親密であることは間違いが無いと言う。

「男女の仲だという噂もあるし、多分それは事実なんだろうと俺も思う」


 俺はイレーネのプロフィールに在った43歳という年齢と、この世界で出会ったそのくらいの年齢の女性の美しさを思い出しながら言う。

「女の武器ってことか…。だとするとイレーネも若く見えるタイプなんだろうな」

「お前、何言ってんだよ。イレーネはエルフだぞ。北方種族じゃないけどな」

「えっ…、マジ?」



 ◇◇◇



 帝国騎士団のことが判ったと聞いたのは、そんな話をした翌々日の事。俺達が倉庫への侵入の下調べで忙しくしていたところに、ザッツから来いと伝言が届いた。

「北方種族自治領の視察だった…。という名目になってるが、イレーネ商会の積み荷の検分もやったみたいだから、何か疑ってるんだろうな」

「積み荷ってどっちだ? 北方種族自治領に持ち込もうとした荷ってことか?」

「もちろん。帝国領内の軍に軍需品を納入している業者は軍需品を他国に販売することは禁じられている。自治領はそういう意味では他国の扱いだからな」


 ふむ…。帝国騎士団があそこにいた理由はそれで説明が付くが…。


 あとな…、とザッツは続ける。

「北方種族自治領が少しキナ臭いんだよ。帝国に対抗する強硬派がいろいろ過激になってきてるらしい」

「それを牽制しに行った?」

 ニーナのその言葉にはザッツは首を振った。

「と言うか、何人か捕縛してきたらしいからもっと露骨だな。脅しみたいなもの。その流れで外国人も結構、一旦拘束されて聴取されたらしい。北方自治領とラズマフに居る外国人冒険者もだ」


 ニーナと俺は思わず顔を見合わせた。


 ポーションの件はもう少し時間をくれと言われた。貴族向けと言われているポーションの納入先とその履歴などが洗い出せそうだと。

「ずっと調べてたことだからな。ま、ほんの少しだけ人に言えない手段も使うが、それはお前達も一緒だろ?」

 ザッツはそう言って笑った。


 イレーネ商会が軍需品を納めている領地は偏っている。まずは帝国西部、ほぼ全てがこの方面だと言っていい。

 帝国西部のその先には獣人種の小国家群がある。かつてエルフが氏族ごとに分かれてそれぞれが都市国家を築く道を選んだように、獣人種も氏族ごとの国家を成しているケースが多い。その氏族は猫系の氏族であったり犬系、狼系など身体的特徴が似通った者が集まった単位だ。

 エルフと魔族が戦った際にはヒューマン同様に一部を除いて中立であったと伝えられているが、歴史家の多くは獣人種は当時はまだ文明的に未熟だったと指摘する。事実、エルフやヒューマンの社会で奴隷制度が始まった当時の対象は獣人種だけであった。今でも帝国西部に制度が残っているのは、獣人種が暮らす地域が近いことと無関係ではない。

 帝国に完全平定された南西部の獣人種自治特区を除いて、現在でも帝国西部では獣人種の幾つかの小国との小競り合いが続いている。魔物の生息域も点在する地域で人間同士も争っている状態だ。そんな獣人種小国家群に隣接する貴族領地の軍事費は常に膨大な額でありそれもあって帝国西部は比較的貧しい。

 イレーネ商会が提案した大量生産を実現する為に規格統一した装備は、主に経済的な理由でこの西部の領主達に歓迎され採用された。その装備は耐久性が低く、命より金と言わんばかりの決定に現場の反発は今でも強いと言うが、領主をその気にさせてしまったイレーネ商会に軍配が上がった形である。



 さて、最初のターゲットに定めた新街区の北地区にある倉庫を俺達は見ている。

 日没から既に時間が経ち、警備は完全に夜間モードに切り替わったのが判る。

「そろそろスタートでいいかな」

「いいよ」

「オッケー」

「任せて」

 隠蔽魔法はニーナと俺が全員に掛ける。遮音結界は必要に応じて魔道具で。

 冒険者の時の防具とは違う黒装束を準備した俺達は、全員が真っ黒。覆面も用意した。武器を使用する局面にはならない予定だが止むを得ない場合は市販の武器を使う事にしている。そして今回新たに俺が作成した首飾りを全員が着用している。暗視に特化した光魔法を付与した物。清浄の首飾りの方のは軽い効果だけだが、これは特化したものなのでかなりよく見える。これが有れば灯りを点ける必要は無い。


 警備員は隣接する事務所の中に二人居て、倉庫には居ない。俺は倉庫全体を覆うように張り巡らされている侵入者検知結界を強制解除。この検知が作動したら事務所に居る警備員が駆け付ける手筈なのだろう。

 そして倉庫の裏側の壁をエリーゼが切り開いた。固体魔法の力技だ。

 細かい間取りは事前の探査でほぼ分かっていたので、予め決めていた分担で捜査を開始。

 通常の3階建てほどの高さがある倉庫の1階は天井が高く、その広い1階全てがメインフロアで、裏の壁から侵入した時点でもうそのフロアに俺達は立っていた。フロアの硬い石の床にはたくさんの物が積み上がっていて、それらがフロアを縦横に仕切って碁盤の目の通路のようになっている。

 俺は最初は2階部分が担当。3人に行ってくるという意味の合図を出して俺は階段を上がった。


 2階は、この天井が高い倉庫のその天井部分の上に密着して吊るされているような小さな部屋だ。列車のコンテナが天井の端にくっついているようなそんな感じ。そして、倉庫の外向きにも内向きにも窓がある。中が見える窓からは積み上がった品物の陰で見え隠れしながらエリーゼ達が歩いている姿が見えた。エリーゼは目敏く気が付いて俺に小さく手を振った。

 その2階の小さな部屋の中には、中央にテーブルそして窓が無い壁2面に扉付きの棚がある。

 その棚の扉を一つ一つ解除しながら俺は順に開けていく。高価な物が入れてあるのは見た瞬間から察していて、予想通り魔道具の類だ。棚のラベルには品名は書かれておらず番号が書かれているだけなので、俺は開けてみるまでは何が入っているのかは分からない。

 飲料水の魔道具、温度調整の魔道具など冒険者も使っているような物が多く、遮音結界や魔物除けなどもある。そうやって一つ一つ確認していて、ある棚を開けた所で俺の眼は釘付けになった。


「ビンゴ…。まさか初回から当たりを引くとはな」

 そう。その棚の中に並んでいたのは見覚えがあるポーションのような瓶に入ったパミルテの飲み薬だった。

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