第195話
商業ギルドの資料室では、他のギルド員の情報を閲覧することが出来る。これはギルド員同士が互いに取引を行う際の、特に新規の取引開始などの場合に最低限の相手の情報を持っておくためにギルドが公開しているものだ。
当然ながら公開する内容は当人が決めているもので、早い話が公開プロフィール。自分の実績や信用度などをアピールする内容なのでいい事ばかりが書かれているが、俺達が知りたい情報の取っ掛かりとしては使える。商会の所在地や主要取引先、主要取扱品目、取引実績、従業員の人数規模など。
イレーネ商会。代表者はイレーネ・ザイツバルグ、女性。独身で43歳。種族は書かれていない。出身地はメアジェスタ。
「メアジェスタ出身だったのか…」
俺は知っている街の名前を目にして思わずそう呟いた。
あのパミルテの木の栽培と薬の製造をしていた村で聞き出せた内容には出身地のことは無かった。独身女性で40歳ぐらい。イレーネ商会の女帝と言われている。あとは、一代で大商会を築いたとか軍需品を主に扱っているとか、契約を守ることにシビアで契約を遵守しない取引相手には容赦がない、そんな話。
「ルークさん、ギルド員情報なんですけど」
ん? ああ、ルークは俺のことだった。
俺は突然声をかけてきた商業ギルドの女子職員に顔を向けて応じる。
「はい、何でしょう」
「こう言ってはアレなんですけど、資料室は
商業ギルド出張所の職員の女性に言われたからという訳では無いのだが、俺はエリーゼと二人で中央街区へ入る門をくぐった。ギルドカードに問題が無いのは判っているので堂々としたものである。エリーゼは少し緊張気味だったけど。
「衛兵が多いな」
「うん、さすが帝都の中枢って感じ」
まず目に付いたのは、門の所に居る衛兵も多かったが街中にも多いこと。
街の活気は、壁外の新街区と比べると少し穏やかな印象だ。通りの店や歩いている人の装いなど、どれもが高級感があるように感じる。
「上流階級の街…」
「うん…。だけど冒険者ギルドの支部はここなんだよな」
「行ってみる?」
「あとで覗いてみようか。今日確かめられるなら確かめたい、どんな感じか」
ここ数日のリサーチで中央街区の地図情報もしっかり頭に入っている。
まずは当初の目的地である商業ギルドの帝都支部へ向かった。大通りに面した3階建ての大きな建物。そして広い車寄せ。そこに近付いただけでたくさんの人で賑わっているのが判る。建物を出入りする人の多さ、そしていろんな声が聞こえる。
建物に入って人の群れの中を縫うようにして俺とエリーゼは掲示板の所に辿り着く。そこも人は多いのだが、じっと静かに掲示を見ている人が多く騒がしさはそんなには無い。
売買に関するもの、物流、求人など多くの掲示がある。人が多く集まって真剣に見ているのは買う方の掲示。物を求めている情報だ。売りの方は何かの手違いで多く仕入れ過ぎた物や売れ残っている物などが多い感じで、掘り出し物も中には在るかもしれないが、掲示の日付を見ても比較的古いものばかり。
エリーゼが俺の腕を少し引っ張って囁く。
「シュン、イレーネ商会が魔石買いますって…」
エリーゼの視線を辿って見ると、中魔石大量購入の掲示。
「ん? ほう…、これは良い話かもしれない」
中魔石というのは単純に魔石の大きさを大まかに分類した時の言い方で、厳密には属性などで細かく分かれるのだが、価格的な目安としてはよく使われる言い方だ。
中魔石に該当するのは、オークやゴブリンの上位種、ミノタウロス、トロール、ガーゴイル、ワーグなどの魔石。小魔石はそれよりも小さな物で、オークやゴブリンの通常種、コボルト、ウルフ系などである。
その掲示の日付を見ると結構前からのものだが、継続的に購入を希望しているということなのだろう、掲示期間延長の印が押されている。
上の階に上がると商談室や会議室、そして資料室がある。
資料室でイレーネ商会について見てみたが出張所に有った物と同じ内容だった。
商業ギルドを出てその足で冒険者ギルドの帝都支部へ向かう。その途中にイレーネ商会の本社社屋が在る。もちろん分かっていてその道を通っている。
イレーネ商会の社屋は商業ギルドと同様に3階建ての大きな建物だ。俺はその敷地全体を意識して目いっぱいのフル探査。結構人がたくさん居るのが判る。俯瞰視点で判るのはこの社屋の裏にも隣接するように大きな建物があるということ。それは倉庫の類か。
ふむ…、地下室があるんだな。地下にも人が何人か居る。
そうやって探査をしながら社屋の前を歩いていると、敷地の入り口の守衛が立っている所に通りかかる。
守衛二人とも、そこそこやれるようだ。武術のそれなりの熟練者だろう。腰の剣もかなり使い込んではいるが、なかなか良い物のように見える。
敷地を囲む塀の結界は基本的には探知系のみ。侵入を阻害するのではなくて、侵入を検知することに主眼が置かれている。この意図は明確だ。侵入しようとする者、侵入してきた者を捕らえる自信があるということなんだろう。そして夜間に建物部分に張る結界はそれとは別に強固なものなのだろう。
「結界に関しては、夜にまた見に来た方が良さそうだな」
「地下が気になる…」
商会の建物から離れてからエリーゼとそんなことを話した。
それからしばらく歩いて着いた冒険者ギルドのルアデリス支部は2階建てのこじんまりしたものだった。ケイトから聞いていた話では、帝都から西に二日ほどの距離にあるダンジョンの周囲が冒険者の街になっていて、そこにルアデリス支部の出張所があるらしい。以前から帝都の冒険者ギルドとしては、活気があるそちらの方に注力していて職員も多いそうだ。
俺とエリーゼはなんとなく見物に来た風を装ってギルドの中に入ってみた。中の人影はまばらで、雰囲気は冒険者だがやけに身なりのいい数人が掲示板を見ている。大抵の支部にある通称ギルド酒場と呼ばれる飲食スペースは無く、打ち合わせスペースのように仕切りで区切られ、それぞれにテーブルと椅子が幾つかずつ置かれている。そして受付のカウンターに女性職員が二人座り、その奥に男性職員が一人座っている。
「冒険者ギルド暇そうだったね」
「うん。だけど帝都のこの雰囲気だと冒険者は仕事無いんだろうな」
「いいこと…? なんだよね」
「魔物が居ないってことだから、いいことなんだと思うよ」
早々に冒険者ギルドから出て、俺はエリーゼとそんなことを話しながら中央街区を歩いた。
新街区の宿に戻ってしばらくしたらニーナとガスランが戻ってきた。互いにその日の成果を報告し合う。俺は、カードが問題なく使えたこと。そしてイレーネ商会の探査をして見たことを話した。
「前もそういう話をしたけど、薬をどこかに保管しているはずだと思うんだ。近いうちに倉庫とか怪しい所に忍び込んでみようかと思う」
ガスランとニーナが頷いた。
そしてニーナがニヤリと笑いながら言う。
「新街区にある倉庫と事務所はほぼ把握できてるわよ」
「うん、まずはそっちからだよな。本社は最後かな」
ニーナが、次は私からねと言って話し始める。
「私達は今日スラムの方に行って、耳寄りな情報を掴んだよ」
王国ではあまり見ることの無いスラム街だがここ帝都には存在する。新街区の西側の一部がそうだ。
「情報屋が居ないか探して、スラムで何とかそれっぽい人を見つけたのよ」
「すごくお金かかった」
とガスランが言うってことはガスランがその金は払ったのかな。
ニーナが苦笑いして言う。
「仕方ないの。必要経費よ」
イレーネ商会は軍需品としてHP回復ポーションやMP回復ポーション、そして治癒ポーションも販売している。装備や防具とは違って日常的に訓練などで確実に消費する類なので、どの領軍でも定期的に比較的短いサイクルでこれらを補充する。そして通常はポーション類は近場で賄うものだ。装備などは一括でイレーネ商会から購入しても消耗品は輸送コストが上乗せされない地元で安価な物を、となるもの。
ところがイレーネ商会はポーション類を幾つかのかなりの遠隔地にも納入している。それはおかしいと思ったその情報屋は、価格を調べたそうだ。
「もしかして、やっぱり高かったの?」
エリーゼがそう言うとニーナは頷いた。
「調べたのは帝国西部の貴族領への便だったらしいんだけど、輸送コストが上乗せされたどころか、それ以上にかなり高額な物。で、ますますおかしいと更に調べてみたら、どうやらそのポーションは軍人向けじゃない貴族向けの物が一緒に納入されていたという話よ」
ふむ…。
「それは多分、パミルテの飲み薬だろうな」
「私もそう思ったの。だからその情報屋には引き続き調べて貰うことにしたよ」
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