第177話 モルヴィルーン
亜空間収納の応用を考えていた。
既に達人の領域に達してきたと自負している、一般的にはマジックバッグと呼ばれる物に定着させている魔法は時空魔法で実現している亜空間収納魔法だ。
考えているこれがもし実現出来たら…。
今はスウェーガルニダンジョン第3階層の最奥地安全地帯に張ったキャンプで、今回のダンジョン攻略では最後の夕食となる食事中。明日は階層を上に戻って外に出る予定だ。今この安全地帯には他に2パーティーがテントを張っているが、それぞれ天幕のようなもので自分達のテントの周囲を囲んでプライバシーを確保していて、それが最近の流行りなんだろうと俺達も真似してみている。俺はそれに加えて遮音結界も張ってるんだけどね。
今回フェルは、初めてのダンジョンでなかなか良い感じで成長している。
成長が速すぎて今の剣だと頼りない状態になってきたので、防具はまだいいとしても剣のことは考えてやらないと…。
ボーっと亜空間収納やフェルの剣の事を考えていた俺はエリーゼの声で我に返る。
「シュン?」
「ん? ごめん。ちょっと考え事してた」
「あの神殿で見つけた腕輪の話よ」
ニーナがそう言った。
「腕輪…? あー、適合者を探すのにもう少し対象を広げた方がいいだろうなと思いつつそのままでした。すみません」
正直言うと、忘れてました。
ニーナが笑いながら言う。
「いや、謝らなくてもいいんだけど。で? 一体何をそんなに真剣に考えてたのよ」
「あ、うん。あの神殿の水を抜く方法なんだけどな…」
俺は思いついているアイディアをニーナ達にも説明しながら、取り出した腕輪をテーブルの上に置いた。そのアイディアのことは思い付いた時にエリーゼには既に相談済み。
ガスランとニーナは目を輝かせる。
ニーナが言う。
「なるほど、あの水を全部収納してしまうのね」
「いい、それはイイ考え」
ガスランも頷いている。
マジックバックに水を収納することは可能だ。しかしそれは対象を認識するバッグ使用者の力量による。水差しに入った水を水差しごとというのは誰にでもできる容易い事なのだが、例えば湖の畔に立って漠然と水を収納しようとしても、形も範囲も不明確でしかも流動的なものであるために作用対象が定まらない。そして、湖の全ての水なんてものを対象にしようとして仮に対象が定まったとしても、その大きさに応じた必要な魔力を準備できなければ発動しないのは当然のこと。
水や空気をそれ単独で、などというのは収納魔法には一番不向きなことだ。
以前電話を作った時に苦労したのは、小さな亜空間同士を三つぴったりと接続して時間停止を切り替え可能にしたこともだが、音の波を途切れさせない為に亜空間の中を空気で満たすことも大変だった。MPを何度も枯渇させながら幾日も掛けて実現した成果が、今エリーゼとフレイヤさんの二人だけが持っている物だ。
エリーゼが言う。
「あの大量の水は魔力相当使うね」
「ちょっと特殊な仕掛けを考えないといけないけど、なんとなくやれそうな感じはしてるよ」
俺は潤沢な魔力のおかげで、境界が明確でその範囲が小さければ区切られた範囲の中の水や空気という概念で対象として作用させることが出来る。しかし、それに要する魔力は膨大なものになる。曖昧なイメージを自動的に補完してくれる魔法の便利さは魔力の消費量とトレードオフだということ。
なので、これに特化した魔道具を作ることを考えているのだ。魔力はどうにかして供給すればいい。もちろん大幅な効率化の工夫は必須だが。
「ただ、可能なら水が入ってきている穴を塞ぐことも同時にやらないと、あの仕掛けに残っている水の量が多ければこっちが力負けしてしまう」
「最悪は魔力の物量戦になるってことなのか…」
「まあ、どうしようもなければ力を注ぎこむしかないんだろうけどな」
ガスランの呟きに俺はそう応じた。
ここまで興味深げに俺達の話を聞いていたフェルは、話がひと段落したところで乗り出していた身体を椅子の背に戻した。その時何気にテーブルの上に俺が置いていた腕輪を手に取った。
突然、腕輪から淡い青い光が輝き始める。
「えっ?」
「「「……」」」
一番驚いているのはその腕輪を手にした本人だ。
俺はすかさず声をかける。
「フェルそのまま。大丈夫だ害はない」
「あっ、うん…」
フェルは手にした腕輪を自分から遠ざけるように手を伸ばしたが、俺から言われて手放すことはしないでいる。
俺は鑑定と探査をフル稼働。腕輪とフェルの魔核が反応し合っていることが判る。
鑑定で見えているその腕輪の正体は…。
「腕輪の状態が変わった。モルヴィルーンの腕輪。女神の加護が付いている」
「「っ!」」
「女神の加護…」
エリーゼがそう呟いた。
フェルは困惑が続いていて俺の言葉は話半分の様子。
「モルヴィルーン? 女神?」
これも女神の仕込みなんだろうなと俺は思い始めていた。何でも俺達が引き寄せてるとかいつも言うけど、そんな話を素直に信じる訳が無いよね。まあだけど、今回のはフェルの魔核が引き寄せた可能性はあるのかもしれない。にしても、お膳立ては女神だろう。絶対そうだ。
「フェル、腕に嵌めてみて」
「えっ?」
俺がそう言うとフェルはすごく嫌そうな顔をした。
俺はそれを微笑ましく思いながら言う。
「大丈夫だって、心配するな。腕輪がお前を選んだんだ」
女神の指輪がググっと震えた。それは俺以外の三人も同じだったようだ。
ガスランが警戒を解いた。それはニーナとエリーゼも。
仕方ないという感じでフェルが腕輪に自分の左腕を通した。魔法装具の体裁を取っている物らしく、柔軟に伸びたそれはフェルの腕を受け入れる。そして青い輝きが増すと、ぴたりとフェルの腕に密着して嵌った。
「あれ? なんかしっくりくる」
フェルが間の抜けたような声でそう言った。
しかし次の瞬間、フェルは驚きの表情に変わる。
「えっ!?」
そう声を発したフェルはじっと腕輪を見つめ続けた。
腕輪の輝きはゆっくりと呼吸でもしているかのように静かに輝きを増したり弱めたりを繰り返し始めた。フェルは固まってしまったかのように相変わらずただじっと腕輪を見ている。
「シュン、どうなってるの」
ニーナがそんな状態にしびれを切らして俺にそう尋ねた。
俺はニーナだけではなく皆に向かって言う。
「会話している感じだな」
「女神様と?」
そのエリーゼの問いには俺は首を横に振った。
「腕輪に宿っているもの。女神の加護とは別物だよ」
腕輪の青い輝きが増した時だけ魔力探査に感じ取れるものがそこには居る。
近いものを挙げるとしたらダンジョンコアのようなもの。
フェルは魔核の完全一体化後の目覚めの時にはその容姿も内面も14歳相応のものになっていた。レブナントの時の記憶はそれなりにあるが、それはどこか他人事のようなもので実感はない。それ故にか、その情操などは本当に見た目相応の人間の少女である。髪の色は更に明るいものに変わっていて、今ではほとんど鮮やかなブルーと言っていい、金髪のメッシュが割と多めに入っているので光の加減によっては薄い青、水色の髪のように見える時もある。腕輪の輝きはそんなフェルの髪の色によく似ていた。
ようやく会話が終わったのか、フェルが顔を上げて俺達を順に見渡した。
「よく分かんないことが多かったけど、とにかく私の眷属みたいなものなんだって」
いや、はしょり過ぎててそれ説明になってないだろ。と突っ込みたいが我慢。
ニーナが問い返す。
「眷属? 使い魔ってこと?」
「うーん、そうなのかなぁ…。シュンどう思う?」
あれ? そこで俺に振ってくるのか。
「うん…、見てみないと何とも」
俺がそう答えると、フェルはそりゃそうだよね。と言った。
「出ておいで」
フェルがそう言うと、腕輪がある方の左手の掌の上に小さな、本当に小さな黒い猫が現れてちょこんと座った。
生まれたての猫でもこんなに小さくは無いだろうという程の小さな黒猫である。
鑑定と探査がまたもやフル稼働。
隠蔽を施していない状態だと思うが、この存在の希薄さは距離が少し離れるだけで俺の探査では見えなくなる可能性が高いだろう。マーキングを撃ち込んでみると、俺を見てミューと鳴いた。こいつマーキングを感知している。手強い…。
そんなことをしながら並列思考では別のことを考えていた。
この黒猫は魔族が作ったものだ。どうやったらこんなものが作れるのかさっぱり分からないが、基本は闇魔法と時空魔法だということだけは理解できている。このレベルはダンジョン魔法の更に上の領域だと思う。
女神は古き世の使徒が作ったダンジョン魔法のことを神級魔法だと称した。それ以上の魔法を行使できる存在とはいったいどんな奴なんだ。
「誰の手によるものかは分からないが、一種の魔法生物だな。眷属、使い魔という表現はそういう意味では正しい」
「害は無いんだよね」
ニーナのその懸念はもっともなこと。
「無いだろう。フェルとの間の強固な魔契約は魔力探査と解析で見えてるよ。フェルが望まないことはしない、できない類だと思う。その意味でも眷属っぽいかな」
「その契約のことを説明されて…、でもさっぱり解らなかったの。ただ私と一緒に居たいってのだけはしっかり伝わって来たし理解できたんだけど」
フェルはそう言った。
無理もない。
それは、間違いなくフェルが吸収した魔核の元の持ち主との間の契約だからだ。
その話をするとエリーゼが不思議そうな表情に変わって言う。
「その契約魔法は、あの時の精霊魔法でも消えずに残っていたのね」
俺は頷いた。
「あの時エリーゼが望んだ浄化は、邪悪なものを対象にしていただろ」
「うん…。あっ、ということは」
と、エリーゼは気が付く。
「そう。残っているということは、邪悪なものじゃないという見方もできるな」
黒猫は、ぴょんとフェルの腕を駆け上がって肩に乗った。そしてフェルの頬に身体を擦り付けて甘え始めた。
「え? 名前をつけて欲しいの?」
フェルがそう言うと、ゴロゴロと黒猫は喉を鳴らし始めた。
フェルは眉間に皺を寄せて考え込んだが、それはそんなに長い時間ではなかった。
「シュンは、この腕輪はモルヴィルーンの腕輪だって言ったよね」
「ああ、鑑定ではその名前で見えてる」
「じゃあ、元々この子の名前はそうなんじゃないかな」
「まあその可能性は高いかもな」
フェルは、相変わらず自分の頬に寄り添っている黒猫をそっと撫でながら言う。
「君の名は…、モルヴィ。モルヴィってのでいいかな」
ミュー…。とモルヴィは嬉しそうに鳴いて一層強くフェルに擦り寄って甘えた。
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