第176話

 俺とガスランは二人でギルドマスター室に来ている。フレイヤさんが淹れてくれた香り高いお茶を堪能しながら、三人で話しているところ。


 エレル平原でのこと。廃墟となっていたエルフの都市国家。そしてエレルヴィーナとの邂逅とワイバーン。いろんなことがあった。それらは全てフレイヤさんとミレディさん、そしてウィルさん達バステフマークの面々とも情報共有済みだ。今回の樹海でのことも。

 ガルエ樹海で見つけたガルエ神殿(仮)については、ニーナが極秘の書簡という形でソニアさんに報告を上げた。おそらく騎士団が中心となった調査隊が編成されて派遣されるだろうとニーナは言った。

 あの水没した状態に簡単に手を出せるとは思えないが、気になっているのはあの周辺にまだああいう遺跡があるのではないかということだ。ゴブリンクイーンが居た洞窟は、神殿に関係した何かの施設だったと思っている。機能は長い年月の間に失われている為にそれが何かは判らなかったが。


 今日たまたまギルドに来てギルドマスター室に連行された俺とガスランがフレイヤさんと話しているのは神殿のことだ。エリーゼとニーナとフェルは買い物に出かけている。服を買ったりいろいろ女子だけの買い物なので、今日は男子禁制だそうだ。


 フレイヤさんの第一声。

「アルウェン神殿から回答が届いたの。まさか返事があるとは思ってなかったからびっくりしたわ」

「……っ!」

「……」


 突然の話に俺達もビックリ。

「結論から言うとね。今はまだ遠慮してほしいって感じよ」

「今は?」

「…まだ?」


 ダメもとで、訪問して話を聞きたいというお願いの書簡をフレイヤさんが出してくれていたのだ。それには、ある程度俺達が知った事実を仄めかすような内容を記している。

「バストフマークのことを知っているのが大きかったような感じかしら。間違いなく世界樹のことを気にしているわね」

「それで、今はというのは…?」

「神殿内部で話し合いを行うみたいよ。シュン君達の訪問を受け入れるかどうか。結論が出たら連絡はくれるみたいだけど…、いつになるかしらね」


 ふむ…。俺は少し考え込む。

 内部というのはアルウェンの神殿の内部という意味なのか、神殿勢力という大きな括りでの意味なのか。どっちだろう…。なんとなく大きな括りの方な気がしている。


「門前払いじゃないのはありがたいと言うか、いいことなんでしょうね」

「神殿とこうやって書簡のやり取りが出来てること自体、極めて珍しい事よ」


 それからもう少しフレイヤさんと話し合って、アルウェン神殿からの次の回答を待つことにした。もしダメだったらエレルヴィーナを訪ねればいいか、と俺にはそんな気持ちもある。エレルヴィーナが居そうな所はメチャクチャ遠いけどね。



 ◇◇◇



 さて、いろいろあったがダンジョンへ入る準備。と言っても、フェルを連れて行く約束を本人から無理やりにさせられていて、その約束を果たす意味合いが大きいので長い期間籠るつもりは無い。もちろんリズさんは渋い顔をしていたけど、ニーナがフェルを連れて深い層には行かないからそんなに心配するなと言っていた。


 買い出しはエリーゼ達に任せて、俺とフェルはベルディッシュさんの店へ。

 ベルディッシュさんは俺の顔を見るなり大きな声で言う。

「おう、仕上がってるぞ」

「すみません、急がせてしまって」

「まあ気にするな。シュン達はお得意さんだからな」

 ベルディッシュさんはそう言って笑った。


 フェルをダンジョンに連れて行くにあたって、樹海に行った時の教訓から靴は俺達のと同じ程度の物がいいだろうと判断した。そしてミスリルのシャツも同じ理由から。まあ贅沢と言えばそうなのだが。

 これらをフェルの為に誂えるのを大至急と言って頼んでいた。

 そしてエリーゼが注文していた大量の矢も受け取る。エリーゼはベラスタルの弓を使いこなす為の特訓もしっかりやっていて、ベラスタルは弓とは似て非なるものだと言っている。だから普段は従来の弓を使い続けることに変わりはないそうだ。



 さて、俺達も久しぶりのスウェーガルニダンジョン。またもや見違えるほどに様子が変わっていて、キョロキョロと周囲を眺めてしまうのは、初めてここに来たフェルだけではなく俺達全員も同じだった。

 そしてダンジョンフロントで泊まった宿を朝まだ暗いうちに出立して、俺達はダンションに潜る。今回の目的地は第4階層に設定している。フェルにとっては初めてのダンジョンなので無理をせずダンジョン内で3泊程度過ごしたら帰る予定だ。

 ダンジョンフロントに着いてすぐ訪れていたギルドの出張所の最新情報を見ても、魔物の出現構成は以前大きく変わった時からの更なる変化の情報は無かった。前回と変わらずということ。そして最深到達階層は更新されていない。バステフマークも第10階層にはまだ降りていないので当然と言えば当然。


 第1階層ですぐに魔物の群れと遭遇。

 フェルに1体は任せるが、それ以外は俺達がサクッと終わらせるのは打ち合わせ通り。この階層では、もしオークが出てきたらまず1体はフェルに優先的に対峙させることにしている。

 数回の魔物との遭遇の後、その日初めてオークが出てきた。フェルはオークとは初対戦だったのだが呆気なく瞬殺。そして覚えたてのクリーン魔法で剣に着いた血糊を拭った。

「フェル、いい感じよ」

 エリーゼがそう声をかけると、フェルはニッコリ笑って応える。

「うん、訓練の成果!」


 フェルの少し過剰だった緊張がかなりほぐれてきた頃、第1階層最奥の安全地帯に到着。そこには、居る人数に比べて明らかにたくさんのテントが張られていた。どうやらテントを張ったまま狩りに出ている冒険者が多いらしく、そうしないとテントを張る場所が無くなるんだとか。もちろんテント以外の物は置いていないのだろうが、このダンジョンで活動する冒険者の雰囲気も変わってきてるんだなと思う。

 そういうことなので、少し休憩を取るだけで俺達は第2階層に降りる。

 第2階層からはグレイウルフが出てくる。これもフェルは初対戦になるので優先的に対峙させる予定だ。

 ウルフ系や犬系の特有の速さや動きに惑わされることは無く、すぐに見切ってしまったフェルは危なげなかった。フェルは剣を使うことを好んでいて多用する傾向だが、エリーゼに言われて時折は弓でも対峙する。しっかり一撃ずつでグレイウルフ2匹を倒してしまったのを見た時は、エリーゼ先生はとても満足げだった。


 第2階層最奥の安全地帯に着いた時は外で言うところの夕暮れ時だった。テントの数は上の第1階層ほどではないがここも結構多い。

 夕暮れ時でもありテントに戻ってきている冒険者が多く、そんな彼らからざわざわと声が聞こえてくる。

「おい、もしかしてアルヴィースじゃないか」

「え、こんなところに」

「スウェーガルニに戻ってたのか」

「アルヴィースだ」

「ホントだ、アルヴィースだ」


 はい、アルヴィースですよ。と言いたくなったがスルーすることに。

 そして、俺達の顔を知ってた感じに見えた一人の男性冒険者に話しかける。

「皆は、ここ起点にして第3階層を攻めてるんですか?」

「えっ、あ、うん。そういう人が多いかな。俺達は第2を戻るのと半々ぐらい」

「第3階層奥の安全地帯も人多いですか」

「いや、多分居ても5パーティーぐらい。そこに行ける奴らは第4の奥起点にして第5のミノ狙いが多いから」

 オークもミノタウロスも出ない第4階層は人気が無いということなのだろう。


 そういうことで更に進んでやって来た第3階層最奥地の安全地帯。聞いていた通りにここは割と空いてる感じ。尋ねてみたら、昨日はゴーレム狙いの団体が泊まっていたそうで多かったらしい。

「まだツアーみたいなことやってるのかな」

 ガスランがそう言うと、話をしていた冒険者が教えてくれる。

「ゴーレム狙いのなら相変わらずやってるよ。30人ぐらいで」


 第6階層のミノタウロスキングを抜くのは結構しんどいんじゃないかと思うが、Cランク以上が30人居れば前線交代しながらいけるし、なんとかなるのかな。


 もう夜も更けて来てるので、この日はここで一泊することに。

 さすがにフェルは疲れた様子。夜明け前から動きっぱなしだったからというのもあるが、やはり初ダンジョンということで精神的な疲れも大きいのだろう。

 それでも食欲はいつも通りに旺盛だったし、食べたら少し元気が出てきた感じだ。


 翌日は、フェルに第4階層のトロールと対峙させてみる。

 トロールの特徴はガスランからしっかりレクチャーされていて、これも危なげは無かった。

 但し、剣はもう少しいい物を持たせた方がいいだろうな。近いうちに折れてしまうだろう。これは全力を出した時のフェルの力が強すぎるということ。

 まだ早いと思ってたし成長期でもあるし、少し悩んでしまう。


 そしてその日も第3階層最奥地安全地帯にテントを張った。


「昨日またレベルアップしてたんだよ。二つも上がった」

「え? 初日もレベル上がったって言ってたよな」

「そうだよ。ステータス凄くなってきた…。普通はそうじゃないんだよね」

「まあ、そうなんだけど…。ステータスの上がり幅については、訓練まじめにやってるからだと思う」

 ダンジョン3日目。珍しく早起きしてきたフェルと話している。俺は交代でやる見張りの番が早朝だったので起きていたということ。皆が起きてくれば朝飯を食べて、もう一日第4階層と第3階層を歩いてみることにしている。今回の最後の野営となる今夜の野営地はここまでと変わらずこの第3階層最奥の安全地帯になる予定。


「シュン、少し剣教えて」

「おっ、いいぞ。でも静かにしないとだから撃ち合いは無しな」

「振るの見てくれるだけでいいよ」

「了解。見るのは得意だ」

「プッ、何それ」

 フェルは、天使のようなという形容がぴったりくるような、可憐な笑顔を見せた。

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