第172話

 長い洞窟を抜けるとそこは森だった。

 ニーナが王国の地図を出して言う。

「ここって、ヴィシャルテンの南の森林だよね」

「地図で言うと今はこの辺だな」

 俺はその地図上の一点を指差した。

 ガスランの家から見ると南東にある山の向こう側ということになる。

 そこはヴィシャルテンの南に広がる森林地帯の西の外れの深い所。

 ニーナが皆に地図を見せながら説明を続けてくれる。

「この辺はガルエ樹海と呼ばれてるの。家具に向いた質のいい木材があるということと土壌の良さで農地化も合わせて北と東から少しずつ開発が進んでいるわ。でも今居る所は未開の地もいいとこね」


 探査に反応が有るのはまずはゴブリンだが、動物の類も結構多い。

「魔物はゴブリンが多いな、やっぱり」

「離れた所にウルフ系が少し居るぐらい」


 獣道のような森の中の隙間を俺達は進むことにした。目的地はゴブリンが多い所。

 ガスランがゴブリンの足跡があると言って先を行く。そのすぐ後ろでエリーゼが探査で見えている情報をガスランに伝えながら進んだ。



「次は4体。フェル気を抜くな」

「分かった!」

 木が多いので矢を射るのはエリーゼに任せて、フェルは剣を抜いている。

 一体はフェルに討伐させるのは前日までと同様。

 ゴブリンならば、もう何体か同時に相手させても大丈夫な感じになってきた。


 そして、あっさりと一体のノルマを果たしたフェルは涼しい顔で回収を済ませる。


 ここまで50体以上やっつけてきたが、まだゴブリン達は居る。元々小集団での行動が基本のゴブリンなので、森を徘徊してそれぞれのグループで狩りをしているという感じ。


 更に探査で見つけ、またそんな一集団に向かおうとした俺達は川の流れでその行く手を阻まれる。

「川の向こう側は結構集まってるよ。集落があるのかも」

 エリーゼのその言葉に俺は応じる。

「少し上流に行けば渡れる浅瀬がありそうだ。川沿いにそっちに回ってみようか」


 すぐに移動するとゴブリンも使っていると思われる浅瀬を見つけた。そこを渡った所は川の中州のようだった。木の植生がそこだけ少し異なっていて背の低い木ばかりだ。

 そして、そんな中にやはり在った。

 小屋のようなものが複数建ち並んでいる。


 俺達に気付いた数体がグギャグギャと騒ぎ始め、どんどん集まってきたゴブリンは総勢30体程。

 俺は小屋が並ぶ場所のその中心に目が止まる。

「石造りの建物がある。洞窟の中の物と似た感じがする」

「確かに」

 ガスランはそう答えると、フェルを守る位置取りに動いた。

 エリーゼとフェルとニーナが矢を放った。

 次々と倒れるゴブリン達。

 ギャーギャーとゴブリン達の声が大きくなる。

 すると、石造りの建物の中から一体の一回り大きな個体が現れた。

「やっと出てきたか。フェル、あれがゴブリンジェネラルだ」

「上位種はあれだけ?」

 そう尋ねてきたフェルに俺は頷く。

「ここでは、あいつだけだ」


 フェルは一気にジェネラルに近づいて剣を振るった。

 ジェネラルは手にした大きな棍棒で撃ち合おうとしたが、スピードが全く違った。

 フェルが振るった剣はジェネラルの胴を大きく切り裂く。

 そして返す剣でジェネラルが上に構えていた腕を切り上げると棍棒が吹き飛ぶ。

 ゴブリンジェネラルの呆気にとられたような表情は一瞬だけ。その首が次の瞬間には地に落ちた。


 その時までには周囲の全てのゴブリンが切り伏せられ射抜かれて倒れていた。

「フェル、いい剣だった」

「ナイス剣戟」

 俺とガスランはそう言ってフェルの頭を撫でる。

「ふぅ…、緊張した」

「お疲れ」

「良かったよ」


 ゴブリンの回収を済ませた俺達は、石造りの建物の中を検証する。それ程広くは無いが、単なる広間だけのようなその建物の中でゴブリンが何体か生活していたことが判る。建物の中の臭いが酷いのでクリーン魔法を掛けると、フェルが興味津々。

「シュン、それ私も覚えたい」

 目をキラキラさせてそう言った。

「ん? ああ、近いうちにゆっくり教えてやるよ」

「約束だよ」

「解ってるって」

 ニコニコ微笑むフェルに俺も笑い返した。


 壁際を調べていたニーナの息を呑む音に気が付いた俺はその方向を見た。

 そのニーナが手にしているのは幾つかのアクセサリだった。

 見つめる俺達に気が付いたニーナは手にしたものを俺達の方にかざした。

「この首飾りの刻印はアトランセルにある工房。そして指輪も…多分王国内で作られた物ね」

「「「……」」」

「そうか…。人が居る方にまで遠征することが有ったってことか…。ニーナ、それは持って帰ってあげよう。持ち主は分からないかもしれないが、せめて人が居る所に戻してあげよう」

「うん…そうする」

 拳を握り締めたニーナの目が怒りに染まっている。そして悔しさを隠さない。

 ガスランがその肩にそっと手を置いた。

「ニーナ、仇は討った」

「そうよね…。仇は討ったよね」


 ニーナとガスランとフェルがゴブリン達の小屋を処分し始めてから、エリーゼと二人で石造りの建物の外周を調べていると、エリーゼが壁に刻まれた文字を見つけた。ほとんど読み取れない程に摩耗している部分もあるが、それでも書き写す。

「古代語だよ、多分」

「そんなに古いってことか」


 森林に飲み込まれてしまっていて判らないだけで、もしかしてこの一帯にはまだこういう建物があるのかもしれない。

 そんな事を考えていると、唐突にゴォーッという音が鳴ってゴブリンが住んでいた小屋が次々と炎に包まれていく。

 音がする方を見た俺とエリーゼは、すぐに顔を見合わせて苦笑い。

「容赦ないな、ニーナは」

「ゴブリン大嫌いだからね」


 そしてまた建物に意識を戻して、自分のすぐ横の建物の壁を何気に見た俺はふと違和感を覚える。

「あれ? なんか他と違うな…」

「え?」


 丁度そこは建物の正面の広い入口の反対側。明かり取りの窓もこちらの面には無いのでただ下から上まで平坦な一面の壁だ。

「壁が、こっちの面だけ厚みがかなり大きい。入り口側や横の壁の厚みと比べても全然違うよ」



 その壁の外の面をひと通り調べた俺とエリーゼは、もう一度建物の中に入る。そして入口からは正面に見える壁を隅から調べ始める。

「エリーゼ、見るだけな。絶対に壁を触らないように」

「うん。でもゴブリン達が結構弄ってる気もするんだけど」

 確かに、壁はこの面に限らず傷が多い。

 しかしダンジョンには人間の生体魔力波にだけ感応するようなトラップもある。


 そして俺は壁の端から少し離れた位置に見つけた。

「これ、ダンジョンのに似てるけどちょっと違う」

 魔道具に近い。鑑定で判る名称は、魔力感応材。

 一見、この建物を形作っている石材と同じように見えるが人の身長より少し高い位置から床までの2メートル、幅は1メートル程度。その範囲の材質は異なっている。

 俺はエリーゼに言う。

「多分、ドアみたいな感じ。隠し扉ってことかも」

「触ったら開く?」

「いや、魔力を流す必要があるみたいだ」


 それから皆を集めて、今解ったことを説明する。

 当然ながらここを開けないという選択肢は無い。


「ガスラン、フェルを頼むぞ」

「了解」

 ガスランは俺のほぼ真後ろの方向に下がる。自分の陰になるようにフェルを引っ張りながら。

「エリーゼとニーナは斜め後ろから、万が一の時はぶっ放してくれ」

「「了解」」


 最も警戒すべきは原始的な機械的なトラップだ。むしろ魔法を使った物なら感知は容易い。ダンジョンだとここまでの警戒はしないのにと、少しおかしく思いながら俺は三人に盾装備を指示した。俺は剣を構える。チラッと見たらヴォルメイスの盾にガンドゥーリルを構えたガスランの後ろでフェルも剣を構えていた。


「じゃあ、魔力を通してみる」

 ドアに該当しそうな壁に左手を当てて魔力を少し通してみる。少しずつその量を増やすと、ガチっと音がした。

 スーッとドア全体が壁の奥の方に少し引っ込んで、それからゆっくりと左側が奥の方に開いていった。

 ドアの内側に向けて全力の探査。気配の方も魔力の方もどちらも。

 そうしていると、中の方が明るくなってきた。これはゴブリンクイーンが居た所の天井の明かりと同じものか。

「今のところ異常は無し。中に入ってみるからそのままの陣形で」

「気を付けて」

 フェルがそう言った。振り向かずに俺は答える。

「了解」

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