第138話
屋内練習場で俺は、ガスランと少しだけ剣を合わせたり準備運動に付き合った。その後、控室に戻るガスランに頑張れよと言ってからVIP席に戻るとジュリアレーヌさんとティリアが来ていた。
すぐに時間となり、武術大会の剣術部門の開始が宣言される。観客は超満員。予選からしっかり観戦して、目ぼしい選手を見つけるんだそうだ。本選から始まる賭けの為という観客も多い。楽しみ方は人それぞれである。斯く言う俺達も、本選からの賭けにはガスランとウィルさんに賭けるつもり。
ガスランは3グループ目に出場する。ウィルさんは20グループ目というその日の最終グループ。
さあ、いよいよ予選開始。1グループ目の試合が始まった。
残る4人に入ればいいと逃げ回るのも一つの戦い方ではあるが、明らかに強い相手を避ける意味合い以外で逃げ腰の選手はほとんど居ない。逃げてばかりだと、戦意が無いと見做されて失格になるからだ。
そして、意外と勝負は早く決着していく。ランダムなグループ分けなのに急造チームを組んだのか共同で戦う者も居たりする。しかし観客はそういう行為には遠慮なくブーイングである。
そしてガスランが出る番がやって来る。
「ガスラン~! ガンバレ~!」
エリーゼとニーナのそんな声援をかき消すような大きな声援が沸き起こった。
すぐにティリアが俺達に向かって声援の理由を教えてくれる。
「ロフキュールのAランク冒険者だからよ」
試合場の中央には、一人手を挙げて歓声にこたえている男。
ああ、あいつはAランク冒険者だったのか…。
俺がガスランと一緒に屋内練習場に向かった時にすれ違った男だ。結構やれるっぽいなと見た瞬間に思ったので覚えていた。多分、ガスランも解ってる。
最初から潰しに行くか、取り敢えず勝ち抜ければいいと避けるか。ガスランはどういう選択をするだろう。相手もガスランを見てどういう選択をしてくるだろうか。
面白い…。
だが、もっと面白い存在が居る。
「エリーゼ、あの女剣士どう見える?」
俺が指差したのは、ガスランから遠く離れた所に立ち位置を決めた女性にしては比較的背の高い金髪の女剣士。
エリーゼはその剣士を凝視。
俺の話が聞こえていたニーナも懸命にその女剣士を見つめる。
と、話しているうちに試合開始。
予選の最初の試合ということでどのグループもそうなのだろう。始まってしばらくは様子見の時間だ。しかし、このグループは動き出すのが早かった。それはガスランが動いたから。
姿が消えたと思った観客は多かったと思う。高速での移動で近くの選手の横に現れたガスランはボディブロー。すかさず次に近い選手へ同じように。そしてまた次の選手も。一発で全員が気を失ってしまっている。
あっという間に五人を倒してしまったガスランは、少し状況を確認する様子。しかしまた姿が消える。そうやってガスランが次々と素手で10人を倒した頃になって、やっとAランク冒険者の男と金髪の女剣士も動き始めた。
彼らが一人ずつを倒した時には、既にガスランが残りの全員の気を失わせていた。
ちなみにガスランは一度も剣を抜いていない。全て拳で倒してしまった。
「あっ、三人しか残ってない…」
「最後に倒れた者が復活の勝ち抜けよ。戦える状態ならね」
ニーナにティリアがすかさず解説してくれた。
「そ、そこまで! 試合終了!」
シーンと静まり返ったなんとも間の抜けた時間が過ぎて、やっと審判から試合終了が告げられた。目の前の事態が飲み込めてきた観客たちにどよめきが起きる。
そして、かなり遅れて勝利を称える大歓声が上がり始めた。
「「ガスラーン!」」
試合場から退場していくガスランにエリーゼとニーナが身を乗り出して手を振って声をかけた。
ニコニコと微笑んだセイシェリスさん、シャーリーさんも手を振って声をかけている。
ティリアとジュリアレーヌさんも、そして帯同してきているメイド達も全員がニコニコと笑いながらガスランに手を振る。
ガスランは少し照れ臭そうに手を挙げて、そしてぺこりとお辞儀をした。
このVIP席が領主の辺境伯家の席だということは観客も知っていることで、そこに居る者が総出でガスランを笑顔で称えている様子は、観客にかなりのインパクトを与えたようだ。そういう別の意味でのどよめきも広がっていく。
フェイリスも手を振りながら、でも俺の顔をチラッと見て。
「剣技を見せることなく勝ち抜けたというのは、シュンの作戦?」
「あー、まあ…。そういうことになるのかな?」
俺は、格闘術での参加者が居ないようなのを不思議に思ってると、ガスランにそんな話をしただけなのだが。
ガスランの初戦を終えて、この辺境伯家専用席にどことなくホッとした空気が流れる。まさか予選で負けるなど思っても居ないが、初戦だしやはり勝負は何が起きるか分からないからね。
次のグループの試合が終わった時にニーナが聞いてきた。
「ねえシュン、さっきの女剣士は何だったの」
「……ん? ああ、結構強そうだなと」
ニーナが納得しない視線で俺を見ているので、
(後でな)
と口を動かすだけで言うと頷いた。
そこにガスランが戻って来る。ニーナの横にドカッと腰を下ろすとふぅっと息を吐いた。やっぱり緊張してたんだな。無理もない。こんな大観衆の前での試合だ。
ジュリアレーヌさんから労いの言葉を掛けられて、ぺこりとまた頭を下げてお礼を言っている。メイド達から飲み物などが出されたり、ガスランは大人気である。
そしてメイドの一人に連れられて、ウィルさんもやって来る。やっと起きたみたいだ。ガスランが勝ったことを知ると
「当然だな。俺と決勝で戦う予定だからな」
と言ってセイシェリスさんに呆れられる。
試合を見続けていると何人か、おっと思う選手が居る。
「あの槍使いの人、強いよ」
俺がそう言うと、ウィルさんもガスランもじっと注視する。
バトルロイヤル形式の予選なので極端に力の差がある相手もいる訳で、ガスランも手加減していたのだが、その槍使いも相手を必要以上に傷つけないように気を遣っている余裕が見える。
「さすがシュン。強者は強者を知るということね」
フェイリスがそう言って微笑んだ。
「確かに、強いな」
ウィルさんがそう言って凝視し続けている。
ジュリアレーヌさんが俺達に向かって言う。
「彼は帝国騎士団の騎士ですよ」
「あの一騎当千軍団と呼ばれる帝国騎士団なのね…」
と、そう言ったのはニーナ。
そんな話をしているうちに試合は決着がついた。
フェイリスが、俺の方に向き直って笑みを浮かべた。
「シュン。大会が終わったら、あいつと戦ってみない?」
「いやだよ。戦う理由ないし」
「即答なの?!」
フェイリスも皆も笑う。
フェイリスは笑顔のまま続ける。
「仕方ない、言い直すわ。あいつに稽古をつけてやって欲しい」
「えー、それも気が進まないな」
「お願いよ。少しでいいから。ねっ? 私の頼みを聞いて」
「考えとくよ。フェイリスが期待してることは何となく解るからさ」
ウィルさんが出る最終グループまで観客の数はほとんど変化なく、いかに剣術部門への関心が高いかが解る気がした。
そしてウィルさんの予選最初の試合が始まる。
一人の剣士が、次々と剣を振るって倒していく。ウィルさんも近くに居る相手から順にほぼ一撃で倒していく。
残り6人となった時に、その剣士がウィルさんに剣を向けた。
「へー、わざわざウィルさんを相手にするんだ」
と、その様子を見て俺はつい口に出てしまう。
何合か撃ち合った時、ウィルさんがニヤッと笑っているのが見えた。
グイッとギアが上がったウィルさんの剣戟が、相手を剣ごと弾き飛ばしてしまう。体勢を戻せないその剣士の頭をウィルさんが剣の腹で殴って終了。その時にはもう一人が戦闘不能になっていて残りは4人になった。試合も終了。
「「「「ウィルー(ウィルさーん)」」」」
皆で拍手して手を振る。
ウィルさんはサッと手を挙げて俺達の方に微笑みを浮かべると。試合場から控室の方に去って行った。
俺は、自分のすぐ後ろの席に座っているシャーリーさんを振り返って尋ねる。
「シャーリーさん、今の剣士は肉体強化を使ってましたよね?」
「うん、使ってた」
肉体強化魔法を使えるシャーリーさんがそう応えた。
剣術部門の魔法禁止に関してはきちんと規定が定められていて、直接対戦相手に作用する攻撃系の魔法だったり直接的な防御の魔法は禁じられているが、試合中に自分自身に施す治癒や肉体強化はルール違反ではない。
しかし肉体強化魔法はかなりの使い手でもそんなに長い時間は効果を持続できず、せいぜい2分程度である。更には長いクールタイムが必要なので連続使用などは出来ない。使いどころが難しい魔法なのだ。これで決めてしまうという場面でしか普通は使わないものだということ。
そして、大幅にステータスアップした時と同様に感覚とのギャップが必ずある。力を入れる抜く、身体の各部分を動かす停める。その加減やスピードの微妙なコントロールが難しくなる。
例えるなら、大排気量でパワーがある車のアクセルを軽自動車を運転する時と同じ感覚でベタ踏みしたらどうなるかということ。
「肉体強化は諸刃の剣だ。隙も生まれ易い。ウィルはそれをよく知ってる」
シャーリーさんはそう言った。
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