第136話

「やっと出てきた。シュン、待ちくたびれたぞ」

 シャーリーさんが両手を腰に当てて仁王立ち、少しお怒りモード。

 随分前に女湯から出ていて、三人は待合室のような部屋のベンチで飲み物を口にしながら俺を待っていた様子。

「すみません。なんか気持ちよくて寝ちゃってました」

 エリーゼが渡してくれた、よく冷えたジュースを俺は手にしてそう答えた。

 お詫びにそこで売っていた焼き菓子を幾つか買ってあげたら、シャーリーさんの機嫌は途端に良くなった。


 公衆浴場の建物の外に出ると、道を馬車が次々にやって来るのが見えた。この辺りにもたくさん宿が有ることと、貴族の別荘も幾つかあると御者をしていたメイドが教えてくれる。

「明日にもロフキュール一帯の宿は全部埋まってしまう勢いだそうですよ」

 メイドはそう付け加えた。


 俺達と一緒にメアジェスタから乗合馬車でやって来た、あの女性冒険者達は宿を取れただろうか。この雰囲気だとギリギリ何とかなったかな。


 武術大会が始まるまであと三日。正式には大会の前夜祭から祭りは始まるのだが、既に多くの出店・屋台などが武術大会の会場近くやその他イベントが行われる祝祭広場で準備を始めていて、中には既に営業を開始している店もある。既存の店も店頭を祭り仕様に変えている所が多く、1年で最も人出が多い稼ぎ時に備えているようだ。

 冒険者ギルドは、この祭りの期間中は報酬の割増サービスを実施する。期間中は大会に参加したり観戦する者が多くて、通常より依頼を受ける冒険者が少なくなることへの苦肉の策なのだが、意外と、遠方から観戦に来ている冒険者がこの金額に釣られて依頼を受けたりするそうだ。



 屋敷に戻ってから、俺とエリーゼが使っている部屋にニーナと既に用事から戻っていたガスラン二人を呼んだ。

「ニーナ、これを」

 皆がソファなど応接スペースにある椅子に座ってしまってから、俺はニーナに女神の指輪を差し出した。

「え?…。あっ、これって…」

 震える手で指輪を手にしたニーナは、それを見つめて涙を流した。

 ポロポロと零れ落ちてくる涙を拭いながら、ニーナが涙声で言う。

「嬉しい…、ずっと、ずっと。私も欲しいと思ってたの…。嬉しいよ、ありがとう」


 エリーゼが優しくニーナを抱き締める。ガスランが微笑みながら手を伸ばしてニーナの頭を撫でる。

「ニーナ、良かったね」

「良かった」

 そう言った二人に、ニーナはまだ涙を零しながらニッコリ微笑んで頷きを返した。


 ニーナが指輪を着けるとすぐに光が溢れ始めた。そして俺達三人の指輪も光り始める。ガスランの進化を促した時のように、その光は一つになるとニーナを包み込んだ。ガスランの時のように気を失ったりはしないが、ニーナは驚きの表情。

 俺はニーナに言う。

「大丈夫だ。女神の祝福の光だよ」

 こくこくと俺に頷いたニーナは、自分を薄く包み込んでいる光を見回す。


 光の色合いが変化し始める。白一色だった光に様々な色が混じってくる。

「綺麗…」

 エリーゼは感嘆の声を漏らす。ガスランは言葉が出ない。

 ニーナはただ一心に、光のショーの全てをその記憶にとどめようとするかのようにじっと見つめ続けている。


 ひとしきり色の乱舞が続き、そしてそれも終わりを告げ始める。

 次第に弱まった光も、宙に溶け込んで消えていく。


「女神様、願いを叶えてくださり感謝いたします。指輪、大切にします」

 ニーナは手を組んで目を閉じ、そう呟いた。



 さて、ニーナはニヤニヤが止まらない。指にはめた指輪を何度も眺めてはだらしない笑みを浮かべている。

 それ、折角の超美人が台無しだろと俺は思うが、今は何を言っても無駄だろう。すると、俺がそんなことを思っているのを察したのか、エリーゼがプッと小さく噴き出した。


「嬉しいんだよ。私もそうだったからよく解る。私達の絆の証だからね」

「正直、俺としては少し複雑だけどな」

「巻き込んでしまってるとか、まだ思ってるの?」

「うん…、やっぱり少し申し訳ないって感じはある」


 エリーゼが俺に軽くキスをして言う。

「私は幸運だと思ってるよ。それはガスランもニーナも同じ。シュンに出会わなければ、こんないろんなこと経験したり知ったり考えたり、たくさんの人に出会うこともできなかった。むしろ感謝してるよ」



 翌日のガスランとウィルさんの訓練にはニーナが加わった。俺が一人を相手にしている間、余ってる一人の相手を務める為。

 最近でこそ実戦ではあまり剣で戦うことは無いが、ニーナは割と平気でガスランと剣で撃ち合える。ウィルさんは今のニーナには多分敵わないと俺は思っている。

 ニーナと少し撃ち合ってウィルさんはそれが判ったのだろう、本気モードに変わった。大会用の剣に慣れるために木剣ではなく刃先を潰した剣を全員使用しているのだが、刃先はそうであっても本気でそれで殴られたら間違いなく大怪我だ。

 経験の差でウィルさんはニーナに対抗できている。その状況を見て、ニーナも得るものが大きいなと俺は思う。本人もそう感じているのか、実に楽しげである。


 相手を替えて、長い時間訓練を続けていたらいつの間にか昼時になっていた。休憩を兼ねた昼食後からは俺は久しぶりに槍を持った。ガスランの訓練用にと、大会でも使える刃先を潰した槍を数本買ってこさせていた。

 感覚を思い出す為に槍を振っていると、傍に居たニーナが驚いた表情をする。

「シュン、初めて見たけど槍も様になってるのね」

「え? あー、うん。俺の流派って武器を選ばないとこだったからね。いろいろ使ってたよ。剣が一番慣れてるし、使いやすいのは間違いないけどな」


 そこにセイシェリスさんとシャーリーさんとエリーゼがやって来た。

 エリーゼはニーナに誘われて剣の相手をするようだ。準備運動を始めた。


 俺がガスランと模擬戦を始めてすぐに、エリーゼとニーナも対戦し始めた。

 俺は槍の面白さというものを思い出し感じながらガスランを容赦なく追い詰めていく。普段対峙しない長柄武器に戸惑いを見せていたガスランだが次第に慣れてき始める。

 チラッとエリーゼ達を見ると、とんでもないスピードの剣戟を撃ち合っているところだった。エリーゼは二刀流である。まだエリーゼは余裕があるなと思っていると、ニーナの身体の動きのギアが上がった。それに合わせてエリーゼも上がる。


 ウィルさんも庭に出てくる。そして、ジュリアレーヌさんのメイド軍団が何人も俺達の訓練を見詰めている。見ている人は多いのに異様に静まり返った中で、俺達は気にせずにガシガシと撃ち合い続けた。

「よーし、一旦休憩にしよう」

 小一時間ほど続けた後で俺がそう言うと、エリーゼ達も剣を止めた。


 メイド達が何人か俺達に走り寄って来て、飲み物と汗を拭くためのタオルを差し出してくれる。俺の所に来たのはフェイリスだ。まだメイドの振りを続けるらしい。

「シュン、お前たちはいったい何者なんだ」

 フェイリスは小さな声でそう言って笑う。

 俺も笑いながら答える。

「いや、ドニテルベシュクやドレイク種とか、そんな強敵にはこれでもまだ足りないんだよ。皆それが解ってるから必死なんだ」

「そうか…。我々も見習わないといけないな」


 フェイリスの正体については、一応皆にも周知された。しかしお忍びで来ているフェイリスの事情を考慮して、メイドとして扱うことになっている。一国の元首に対してかなり恐縮し遠慮がちだったニーナも、フェイリスの忌憚ない話し掛けに応じているうちに少しずつ慣れてきている。


 その後はウィルさんとも槍で相手したり、ガスランにはニーナとエリーゼの二人を相手にさせたりして日が暮れるまで訓練をした。その最後までメイドの何人もが熱心に俺達の様子を見続けていた。



 翌日は少し控えめの訓練。セイシェリスさんとシャーリーさん、そしてティリアがガスラン達の相手をしてくれる。それも正午になろうかという頃にその日はキリを付ける。ウィルさんとガスランはそれぞれ一人で素振りなどをするつもりのようだ。


「ちょっと射撃場に行ってみない? 結構面白いわよ」

 昼食後はティリアのこの誘いに応じる形で、俺とエリーゼとニーナは付いて行くことに。

 射撃場は弓と魔法の予選会場になっている所で、今は大会出場予定者も多く訪れて直前の練習などで盛り上がっているはずだとティリアは言う。


 射撃場は大きく分けて二種類。

 一つは、固定の的に向けて矢を放ち、的のどの部分に当てるかを競う形の物。日本でもやっていた弓道やアーチェリーの競技のような形式だ。

「ちょっとやってみようよ」

 ニーナのこの一言で1レーンを借りて、俺以外の三人が準備をする。的は三種類。大きさは同じだが距離が異なる位置に設置されている。距離が離れるほど風の影響が大きくなり、当然ながら精度は落ちる。

 ティリアが矢を放って、近い的と中距離の的はその中心を貫いたが、遠い的は当たりはしたが中心からは外れてしまった。

「エリーゼの後は嫌だから私が先に撃つよ」

 ニーナはそう言って放つ。

 遠距離の的にもしっかりと中心近くに当てて、満足そうな笑みを浮かべた。


 エリーゼが矢を三本、指に挟んだ状態で立つ。少しだけ的の方を見るが、おもむろに矢を放った。二人と比べて初速の違いは明らかで、その音も違う。

 シュッ、シュッ、シュッと間を置かずにほぼ連射で放った矢は、全ての的のど真ん中を貫いていた。

「「……」」

 さすがエリーゼ。


 ティリアが居ることで注目を集めていたのだが、エリーゼが放った矢を見た人達は度肝を抜かれてしまって静かになった。

 少しして我を取り戻したティリアとニーナが、クックッと笑い始める。

「もう清々しいぐらいの差を感じさせてくれるわね」

「さすがとしか言えないわ」


「でも動かない的だし…、誰だって当てられるよ」

 エリーゼは照れ隠しでそんなことを言って少し顔を赤らめた。


 その動く的の方の射撃場もある。クレー射撃みたいな感じだと言えばいいかな。

 そちらは弓と魔法の予選で使うらしい。弓は固定の的の方とこちらの両方を行った合計得点で上位16名が本選に出場だそうだ。

 魔法はクレー射撃の方だけで決める。そして範囲魔法を使ってもいい。但し、射出されるクレーには撃ち落としたら大きく減点になる色違いの物もあり、それが通常のクレーと一緒に出てくるため、範囲魔法で全てを落としたりしたらマイナス点となる場合もあるのだ。


 そっちも覗いてみたら、昨年の弓の優勝者が練習に来ていて多くのギャラリーが集まっていた。なので少しの間それを見て、俺達は射撃場を後にした。


 帰りの馬車の中で俺は言う。

「意外と予選も面白いかもな」

「うん、私もそう思った」

 と、エリーゼ。

 ティリアは補足してくれる。

「うん。この方式にしようと考えて、射撃場をわざわざ改造したのよ」

「軍の普段の訓練としてもいいわね。あの自動で飛び出てくるのは良いと思う」

 ニーナは本気で感心していた。

 まあ、俺達も訓練の時に似たようなことはやっているんだけどね。このクレー射撃場がいいのは、魔道具を使ってるので一人でも訓練が出来るということ。

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