第134話

 ジュリアレーヌさんの執務室に俺とセイシェリスさんだけが残って、他は退席した。ジュリアレーヌさんがそう望んだ。ここからが本番だなと俺は思っている。


 ジュリアレーヌさんが話し始める。

「シュンさんとセイシェリスさんだけに留めて欲しいと思っているんですが…」

「いいえ、さっきの彼らなら全員大丈夫よ。そこは気にしなくていいわ」

 突然口を挟んだのは、ずっと部屋の片隅に控えていたメイド。


 セイシェリスさんは眉を顰めてそのメイドを見る。

 メイドは、ジュリアレーヌさんの隣に腰を下ろして自身に掛けている魔法を解除した。すぐに彼女の本当の姿が見えるようになった。


「自己紹介した方がいいかしら。シュンにはしなくてもいいみたいだけど」

「はあ…、俺が判ってることを解っててずっと演技されてたんですか」


 それには答えずニッコリ微笑んだメイドは、セイシェリスさんに向かって言う。

「私は、アミフェイリス・ベルクレージュ・イゼルア。よろしくね、セイシェリス」

「え?…、今なんと?」


 俺はセイシェリスさんに小声で言う。

「イゼルア帝国の皇帝陛下です。何故ここに居てメイドの格好をしているのかは知りませんが」

「……」

 セイシェリスさんは黙って、自分を落ち着かせることに努めている。

 そんな空気は無視することにしたのだろう、メイド姿の女帝は俺に向かって言う。

「シュン、私のことはフェイリスと呼んでね。陛下とか言ったら殴るわよ」

「はあ…、解りましたフェイリスさん」

「硬いわね。さんも無しにしましょっか」

「……」

「フェイリスよ。私はメイドなんだから、さん付けで呼ぶのはおかしいわ」

「はあ…、解った。フェイリス…」


 さっきから何度、溜息をついただろうか。


 フェイリスがロフキュールに来るのは珍しいことではないと言う。

「だって、このジュリアの屋敷の隣は私の家の別荘よ。昔から毎年フェスタには来てるの。最近ではお忍びになってしまって、ジュリアしか知らないけど」


 ロフキュールは周囲に魔物が少なく風光明媚で海の街でもあることから、帝国貴族の別荘が多いらしい。それもあってこの地で武術大会が催されるようになったのだ。


「レゴラスとオルディスの報告書は私も見たんだけど。シュン、どうやってドレマラークを四人で倒したの?」

「……っ!?」

 セイシェリスさんが復活してきていたんだけど、また新しい驚きで混乱している。

 帰って来たばかりで、セイシェリスさんにはまだドレマラークの話はしていなかった。ウィルさんとシャーリーさんにはガスランが夕食の席で話しているんじゃないかと思うけど。


 フェイリスはセイシェリスさんに微笑んで頷くと、また俺に向き直って言う。

「オルディは見ていたくせに理解は出来てなかったみたいなのね、報告も要領を得ないわ。あいつの悪い癖。解らないことを、まあいいかで済ませてしまうの」


 俺はドレマラークの鱗を何枚か取り出してセイシェリスさんにも一枚渡した。そしてドレマラークとの戦いについて説明を始めた。フェイリスは要所で鋭い質問をしてくる。それに答えながら俺は話し続けた。


 このジュリアレーヌさんの執務室に入った時から、鑑定でフェイリスのことは見えていた。思わずその名前を二度見してしまったほど内心では驚いていたが、メイドとして振る舞っていたことと、彼女が自分に掛けている隠蔽魔法にも気が付いたからこそ、俺はそれに付き合うことにしたのだ。

 時空魔法による定着ではない為に不定着時減衰は当然あるが、長い間維持されるだろうと思える完成度の高さだ。ミレディさんに匹敵する。

 フェイリスが闇魔法で実現している隠蔽魔法は情報を偽る魔法だ。隠すことも可能だが対人で使う場合は偽る方が意味がある。視覚に影響する光学的偽装とステータスの情報を偽れるので、見た目だけではなく鑑定スキルも欺くことが可能。但し、鑑定スキルのレベルとの力比べになる。今回は俺の鑑定スキルの方に軍配が上がったということ。


 俺はこの茶番に付き合った代わりに、ついでにしっかりとフェイリスの隠蔽魔法の解析が出来たので得した気分にもなっている。闇魔法も奥が深い。闇の深さという意味ではなく魔法の奥義として。


「じゃあやっぱりシュンは、わざとあの凄い雷魔法を撃たなかったのね」

 フェイリスは雷撃砲の事を言ってるのだろう。

 凄いな帝国の情報網。


「うん、ドレイク種という折角の素材を残さず消し飛ばしてしまう訳にはいかなかったし…」

「それに、オルディ達に見せたくなかった?」

 俺は答えは口に出さず、フェイリスのその言葉に頷いた。


「そっか…。ねえシュン? 私の養子にならない? それか、こんなオバサンで良かったら夫でもいいわよ」

「はあ?!」

「……」

 セイシェリスさんは唖然として何も言えない。

 ジュリアレーヌさんは笑いを堪えているのが判る。


 鑑定で見えているフェイリスの情報に、ハーフエルフというものが有る。見た目が若いこの世界の貴族の例にもれずフェイリスも若く見えるが、その瑞々しいほどの若さはその身体の半分がエルフだからこそだ。エリーゼやニーナと同年代にしか見えない。


「いや、本気で言ってるから考えてみてほしい。返事はまだ先でいいからね」

 笑いを我慢しているジュリアレーヌさんを睨みながらフェイリスはそう言った。



 そしてフェイリスは、打って変わって真剣な表情と声色に変わって言う。

 多分、女帝モード20%ぐらいな感じ。

「さて、相互理解も少しは出来たようだから、ここからが本題。魔族と教皇国という二つの論点で話をしましょうか」


 それから深夜遅くまで、四人での話し合いは続けられた。



 ◇◇◇



 翌日の午前中は、ジュリアレーヌさんの屋敷の庭でガスランとウィルさんの訓練に付き合った。二人とも武術大会の剣術部門に揃って出場することになったのだ。剣術部門では魔法は一切禁止。純粋に剣技、武技での勝負である。ティリアは、組み合わせによってはガスランとウィルさんが決勝を戦うことになってもおかしくないと言う。二人が決勝前に当たらなければということ。エントリーの期限は大会開始前日の日没までだが、二人は早速今日のうちに済ませてしまおうという張り切りようだ。

 剣術部門と言いながら、槍やハンマー、杖、大剣、長剣、短剣、二刀流。そして盾使用可、武器の投擲も格闘術も認められている。弓と魔法以外はすべてここに含まれてしまっているという感じ。

 弓と魔法は少し特殊で予選は採点競技形式だ。これは、予選から対戦形式だと流れ弾が多くて観客の安全が保障できないという理由らしい。物足りなさはあるが、ここ最近はずっとそういうレギュレーションだと。本選に入ってからは対戦形式となる。


 午後からは、俺とエリーゼとニーナ、シャーリーさんも合わせた4人はメイドが御者をする馬車に揺られて温泉。

 ガスランも誘ったんだけど、今日は大会のエントリーをしに行ったり大会用の武器をウィルさんと一緒に見繕ったりするらしいので別行動。

 温泉は、ジュリアレーヌさんの屋敷があるロフキュール城の傍からだと馬車で30分ほど山の手の方へ入った所。怪我や病気になった軍人の保養地としても使用されているらしく、公営の湯治場のようなものもあるが今日は民営の公衆浴場に行く。

 混浴の方に皆で入るか、とニヤッと笑ったシャーリーさんから誘われたが丁重に断った。シャーリーさんはニーナからヘッドロックを決められてもがいている。


 ジンジンと痺れるような感じがするほど熱い湯だが、我慢して入っていると次第に慣れてくる。そして気が付いたら身体中がポカポカとして来てちょっと快感。


 あれ? このお湯って、もしかして魔素がかなり溶け込んでるんじゃ…。

 魔力循環を試してみたら、それがよく判ってきた。

 源泉の近くに魔素が大量に発生するところがあるのだろうか。


 そんなことを考えるが、でも次第にボーっとして眠くなってくる。

 ああ、気持ちいい。温泉っていいなぁ…。スウェーガルニにもあるといいのに…。

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