第129話

「言い伝えとは違って、神の使徒が魔族を滅ぼしたのではなく、古き世の使徒が広範囲転移を使って魔族達を転移させたんじゃないかということなのね」

 ニーナはそう言った。


「うん、あくまでも俺の想像だけどな。ドニテルベシュクは転移魔法が使える。あいつの先祖の古き世の使徒もおそらく使えたんだろうと思う。ただ、範囲の大きさを考えると使徒一人では到底足りない膨大な魔力を、どこから供給したのかは分からないけど」


「膨大な魔力…」

「「……」」



 ◇◇◇



 外縁の森。それは辺境の奥地と言われる広い一帯を更に大きく囲むように広がる森のことを指す。辺境の攻略とは、この外縁の森を抜けて奥地に行くこと。そしてその奥地にしか居ない魔物を討伐することを言う。

 森を抜ける最短のルートでも10日はかかると言われている。その森の中で野営をする冒険者を悩ませる代表は外縁の森にしか居ない木の魔物トレント。普通の樹木に擬態されていて見分けがつきにくい。トレントの麻痺毒で自由を奪われて拘束されると、そのままゆっくり体液を吸われ続けて死に至る。この麻痺毒は酩酊感を伴う一種の麻薬のようなものだが、これから抽出される薬は麻酔薬として使用されたり麻薬として高値で取引される為、このトレントの麻痺毒を専門に採取する冒険者も居る。


 外縁の森には幾つかの橋頭保が築かれている。長い年月の間に冒険者達が森の中の野営場所として共有してきた場所を、辺境伯領軍が中心となって整備したという。むろん安全地帯ではないが、外縁の森に出現する程度の魔物ならばそこに籠城して撃退することも可能なように壁も築かれている。

 問題は撃退するのに十分な火力が無い場合だ。火力が無い場合にはいずれ壁は壊され侵入を許してしまう。そうして潰されてはまた築く。整備されてきたとは言え、その繰り返しは終わっている訳ではない。



 朝のギルドで普段と違う騒がしさの中から聞こえたのは、ヘルハウンドの群れという言葉。俺は国境地帯でのことを思い出した。

 いつもは演習場を使う話しかしない受付でエリーゼが尋ねる。

「ヘルハウンドが出たんですか」


 受付に居る職員が説明してくれたのは、ヘルハウンドの群れが外縁の森で目撃されたという話。森に入って一日程の場所で目撃されたということで騒ぎになっている。本来は辺境奥地に近い場所にしか居ないはずの魔物である。

 騒ぎになっている理由は、討伐するため。狩ろうと思ったら奥地に行くしかない魔物が近くに居るということで色めき立っているのだ。臨時で合同パーティーを組んで討伐に行こうとしている冒険者が多いらしい。


「なんか、たくましいわね」

「同感」

 ニーナは少し呆れている様子で。それはガスランも同じように思ったみたい。


 俺達はそんな喧騒からは早々に逃げる事にして、普段通りに訓練。そして図書館で調べもの。最近はこれまでに判ってきたことをまとめていたりもする。

 かなりの量の本、文献などを調べてきたが、そろそろここでの調査も限界な気がしていた。エルフの都市国家を巡って蔵書を見せて貰うことも考えているが、最近考え始めているのは神殿に行くこと。

 神殿の神官の中には、ごく稀に神の啓示を受ける者が居るらしい。その神官を聖者と称している。これまで読んできた本に出てきた聖者も、元は神殿の神官だという。門外不出で知られる神殿がどの程度情報を公開してくれるかは分からないが、ここまでやって来た以上は、何とかそこに踏み込んでみたいという思いが強くなっていた。


 夕食の席でもそのことを考えていた俺はつい口に出てしまう。

「神殿、か…」

「え?」

 ニーナはそう反応したが、エリーゼとガスランはキョトンとしている。

 俺はニーナを見て言う。

「ここまで調べて来て思うのは、やっぱり神殿が持っている情報を知りたいな、と」


 ガスランは同意の頷き。エリーゼは少し呆れている。ニーナは大いに呆れている。

 そのニーナ。

「ちょっと、神殿はね。簡単に入れるような所じゃないのよ」

「そういう話は聞いてるけど、絶対ダメって訳じゃないだろ」


 エリーゼが言う。

「今残っている神殿は、アルウェンにある神殿だけだったかな」

「うん。他は建物が残っている程度ね。遺跡ばかりよ」

 ニーナがそれに答えた。


「その遺跡も見てみたいんだけどな。レッテガルニの時は結局行けなかったし」

「私も。今回も街道が違うから寄れなかったもんね」

 エリーゼがそう言うのは、俺と時々そのことを話していたから。


 レッテガルニの南にあるベレヌ神殿遺跡は、ぎりぎり公爵領内。光の神殿と呼ばれていたこともあり、以前にもミレディさんと行ってみようと話したことがある。


 ニーナが話を戻す。

「アルウェンの神殿は、何か余程の伝手が無いと行っても無駄だと思うわよ」

「伝手か…、一番苦手なジャンルだ」


「ガンドゥーリルを見せたら、話を聞いてもらえるかもしれない」

 その時ガスランが、ボソッとそう言った。

 エリーゼとニーナは途端に厳しい表情。

 あ、うん。そんな顔して俺を見なくても、俺も同じだよ。

「ガスラン、それはやめよう。相手の考えも判らないうちにガンドゥーリルの存在を教えてしまうのはダメだ。気持ちは嬉しいんだけど、そこまでしなくていいよ」


「……うん、解った」

 エリーゼがガスランの頭を撫でる。

 ニーナは肉を一切れガスランの皿に移している。


「王都アルウェンか…、メチャクチャ遠いな。自分で言っといてアレだけど」

「スウェーガルニから一ヶ月かかるよ」

「うん。アトランセルから二週間ぐらいだから、そんなものね」


 俺はもう一度溜息をついてから言う。

「ドニテルベシュクと話してから考えればいいかもな」

 皆が頷いた。


 ニーナがハッと思い出したように顔を上げて俺に言う。

「ところで、ステラのことはどうなったの?」

「それが、オルディスさんもレゴラスさんもよく解らないみたいなんだよ。ただ彼女は結構頻繁に帝都に行ってるらしいんだよね。一応、メアジェスタに戻ってきたらオルディスさんが俺に教えてくれることになってる」


 オルディスさんは、あれから時々俺達の訓練を見に来ている。訓練に参加するとは言ってこないが、熱心に俺達の訓練を見ている。それで、訓練が終わった後などは結構いろんな話をしているのだ。


 ステラは、ジュリアレーヌさんの指示でメアジェスタに来た後、そのまま帝都に行くと言ってレゴラスさんの屋敷から去ったらしい。俺はてっきりロフキュールに戻ってるんだろうと思ってたけど、まさかの帝都だったという事。


 ジュリアレーヌさんのとこのメイドはそのほとんどが武術の熟練者だ。諜報部隊みたいな感じなんじゃないかと俺は思っている。ロフキュールはその地勢的な意味からも国防の要衝だからだろう。ジュリアレーヌさんがロフキュールを離れられないのは、この諜報部隊のこともあるのではないだろうか。


「シュン、なんだかあまり会いたくなさそうな感じになってない?」

 ニーナが鋭い。

「うーん、ぶっちゃけ少し怖いって感じもある。あと、ロフキュールのメイド軍団だからかな。俺が予想しているような諜報部隊なんだとしたら、あまり深く関わり過ぎてもね。俺ってやっぱり王国の公爵領の人間だからさ」


 ニーナは、何も言わずに頷いた。



 そんな話をした数日後、いつものようにギルドの演習場で訓練をしているとギルドの職員がやって来た。指名依頼があるとのこと。

「え? 俺達にですか」

 俺は思わず聞き返してしまう。なぜなら帝国に来て一度も依頼は受けていないからだ。ロフキュールでヘルハウンドの買取はして貰ったが、依頼を受けてからのものではない。

 取り敢えず内容を教えて貰う事にして、職員と共に俺とエリーゼでギルドの建物の中に入ると、案内されたのはギルドマスター室。


 ギルマスが話してくれた依頼はオルディスさんからだった。内容を聞いてすぐに受けることにした俺とエリーゼは、ギルマスとの話はそこそこで終わらせて演習場へ戻る。


「外縁の森に入ることにしたよ」

「依頼はどこから?」

 ニーナがそう言った。


「うん、オルディスさんからだけど。多分、実際はレゴラスさんだろうな。ヘルハウンドの群れが手に負えない規模らしい。その方面の部隊だけでは厳しいみたい」

「冒険者は?」

 ガスランのその疑問は俺も思ってること。

「その辺の状況は解らない。行って聞いてみるしか無いかな」


 訓練はここまでにして、準備を始めることに。午後には図書館に行って司書さんに話をしないといけない。あと数日だとは思っていたが、これでオプレディア図書館での作業も終了になるかもしれない。

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