第128話
昼までは訓練、午後からは図書館通いという俺達の生活パターンは当初思っていたよりも充実していた。毎日、身体と頭の両方を鍛えているような感じ。
そして、冒険者ギルド・メアジェスタ支部の演習場で毎日ガンガンに訓練している俺達は目立った。ギルドに毎日顔を出しているのに、かと言って依頼は全く受けていない俺達のことを訝しむ冒険者は少なくはなかったようで、時折明らかに絡みに来たような輩も居たが、俺達の訓練の様子を見ると途端に考えを改めていたようだ。
そんな風に過ごし始めて2週間が過ぎた頃、領主の辺境伯からの使いだという男がギルドの演習場に現れた。俺に手紙を渡して、男はそのまま待っている。
すぐ返事をしろという事か…。
手紙の封を開けて読み始めると、横からニーナも覗き込んでくる。
読んでいない二人の為に俺は説明する。
「俺達四人を私的な夕食会に招待したいそうだ。出席は俺達と辺境伯自身と辺境伯の側近1名、の6人だそうだ」
「場所は、私達が泊まってる宿よ」
と、ニーナが補足してくれる。
「今夜ね」
と、更にニーナ。
俺が全然説明できないみたいじゃないか。いや、実際そうだけどさ…。さすがに驚いてたんだよ、領主様がわざわざ俺達にお忍びで会いに来るってことに。
俺は待っている使いの男に向き直って言う。
「喜んで出席させていただきます。ティリアにもジュリアレーヌさんにもお世話になってばかりですから、そのお礼を言わないと、と思ってましたから」
使いの男は、ここに来て初めて表情を変えて少しだけ微笑んだ。
「シュン様の今のお言葉も間違いなく伝えさせていただきます。突然の申し出を快く了承下さりありがとうございます。それでは今夕、お待ちしております」
男はお辞儀をして足早に去って行った。
◇◇◇
小難しいことはニーナに任せる事にして開き直った俺とエリーゼとガスラン。
今回は普段着で構わないと言ったニーナだが、俺とガスランの服装を見るや溜息をついた。結局、俺とガスランはそんなに持ってない普段着を全部出してしまって、どれを着るかはニーナとエリーゼに任せた。
「二人とも、今度から服はしっかり私とエリーゼが選んであげるからね」
「「……」」
そうこうしているうちに時間となって、ニーナを先頭に俺達は宿の人の案内で部屋に入る。そこは、この宿にこんないい部屋がまだあったのかと思う程に綺麗な部屋だった。遮音結界も張られている。
辺境伯とその側近と思われる二人は先に席に着いて待っていた。二人は俺達が部屋に入るとすぐに立ち上がった。
すぐにニーナへ向けた堅苦しい挨拶が始まるが、それをニーナが止めて言う。
「私は冒険者。アルヴィースのニーナですから、そう扱って貰えると嬉しいです」
「なるほど、話に聞いていた通りの姫殿下ですね。ではニーナ、私のこともレゴラスと呼んでください」
ニッコリ微笑んでそう応じたのが、レゴラス・ベスタグレイフ辺境伯。ティリアの父親である。そして側近はオルディス・ルクセイン男爵、辺境伯の幼馴染みで親友だそうだ。二人とも武人の雰囲気を漂わせているが、細マッチョという感じ。ティリアの母親同様に若く見えるよ。どうもこの世界の貴族ってのは不老の魔法でもかかってんじゃないかと思う程。それか、貴族には多かれ少なかれエルフの血が混じってるのかな。
レゴラスさんが俺達一人一人に向かって話しかけてくる。
「君がシュン、だね」
「はい。初めまして」
「ガスラン」
「…はい」
「エリーゼ」
「初めまして」
「そして、ニーナ」
「はい?」
一人だけ疑問符が付いているのは聞き間違いじゃない。
レゴラスさんはもう一度俺達を見渡すと、深々と頭を下げてそのままの姿勢で俺達がダンジョンでティリアを助けたことへの感謝の言葉を言った。
「本当に本当にありがとう。父親として、真っ先にお礼に伺わなければならなかったのが今日まで遅くなってしまった。娘を助けてくれてありがとう」
少ししてやっと頭を上げてくれたレゴラスさんは涙目になってた。涙もろいのかな。娘のことになると。
そして、ようやく皆が席に着いて食事が始まった。
極上の料理だよ。普段同じ宿で食べているのに今回のはそれよりも数段上、全然違う。ガスランはおとなしいけどメチャクチャ喜んでいるのが雰囲気で解る。
美味しく料理を頂きながら、スウェーダンジョンでティリアを助けた時のことはニーナが詳しく説明してくれたので、俺が喋ることはあまり無かった。
逆にこっちが聞きたい黒幕の事は教えては貰えないんだろうなと思ってたら、オルディスさんの方からその事についての話が始まった。
「シュン達も気になってると思うから話しておくよ。ティリアを殺そうと計画して指示したのは、レゴラスの第二夫人だ」
「……はあ、やっぱりですか」
俺は溜息。
すかさずニーナが問い返す。
「証拠が出てきたという事?」
「うん、証拠はあるよ。だから今は彼女は軟禁状態。だけど、ティリアのことで第二夫人をそそのかした奴が居るんだが、こいつには逃げられてしまってね。面目ない話、敵が一枚上手だったということになってしまった」
「そうですか…」
「辺境方面に逃げたのは解っているんだけど、その後の足取りは分かっていない」
「辺境に…」
ニーナがそう呟いた。
食事が終わった頃には、既に全員が打ち解けた雰囲気になっていた。オルディスさんが話が上手いというのが理由としては大きいと思う。
そしてレゴラスさんはガスランと腕相撲を始める。
いや、ガスランには勝てないっすよ。俺でも単純な力比べでは苦労するんだし。
案の定、ガスランには全く歯が立たず。それどころかレゴラスさんはニーナにも負けてショックを受けていた。
「これがアルヴィースの実力なのか…」
「レゴラス、今更そんなこと言ってるのか。サイクロプスを蹴散らした強者だぞ」
オルディスさんが大笑いする。俺達も全員が笑っている。
そんな余興も終わって、そろそろこの場を締めようかという雰囲気になってくる。
レゴラスさんは言う。
「今日は楽しかった。近いうちにまた一緒に食事でもしよう。そして訓練も是非一緒に」
◇◇◇
そんなことがあった日からまた1週間が過ぎた時、図書館での作業に進展があった。古き世の使徒に関する記述を見つけたのだ。
「光の使徒の輝きが迸る決戦の場に、古き世の闇を司る使徒が降り立つ。曙光の地に光と闇が相克したその果てに魔の軍勢は悉く消え去った。残された者が見たのは光の使徒の姿のみ。ここに魔の軍勢が滅びたことを人々は知った」
ニーナがその一節を読み終わると、俺達は考え込む。
「フレイヤさんが言ってた代理戦争のことだよね」
エリーゼがそう言った。
「うん…」
俺はそう答えるが、今の一節をずっと何度も頭の中で繰り返し続ける。
エリーゼが、フレイヤさんから聞いた話を知らないニーナ達の為に説明をする。
「神の代理戦争…」
「「……」」
ずっと付き合ってくれている司書さんは、最近ではとても熱心に俺達以上に調べものをしてくれている。
司書さんに、俺は言う。
「あの、これから話すことは絶対に口外しないと約束して欲しいんですけど…」
「オプレディア図書館は、来訪者の秘密を漏らしたりしません。私自身も個人的にお約束します」
この司書さんは信用していいだろうと思った。
エリーゼと頷き合い、俺は皆に向かって話し始める。
「ドニテルベシュクなんだけど」
「うん…」
「……」
「あいつが古き世の使徒の末裔だというのは皆にも話したよな」
ニーナとガスランが頷く。
司書さんは息を呑んだまま固まってしまう。あ、息してください。
「あいつがレイティアを連れて行った時の転移は、自己発動での転移だった」
「そうだったの? 魔法陣出てたからスクロールか何かを使ったのかと思ってた」
ニーナに俺は頷いて答える。
「あれは魔法を分散構築するためなんだよ。毎回魔法陣を描く分発動に少し時間はかかるけどその方が消費魔力が少なくて済む」
司書さんはどうやら頭の中がオーバーフローし始めている感じ。
俺はそこには触れずに無視して話を続ける。
「それで、転移魔法が使えると、ダンジョンの転移トラップだったりレイティアが使っていたような固定転移魔法陣では不可能な広範囲指定の転移が可能になってくる。という訳で、広範囲指定転移魔法の超ミニチュア版を途中まで皆に見せるよ。必要魔力がとんでもなくて実際の転移実行までは進めないから安心してていいよ」
転移魔法の実験はフレイヤさんから禁止されている。時空の魔導書の翻訳が全て終わるまで待てと。なので、発動前までしか俺は試していない。成功させる自信は何となくあるんだけど、フレイヤ先生の言う事なので素直に従っているという事。
俺は精神集中。範囲指定のは並列思考オーバークロックでフル稼働しないと駄目。
すぐに俺達が居る部屋の片隅に、直径1メートルほどの半球のドーム状の光が輝き始める。そしてそこに漆黒の闇も入り乱れ始める。時空が光と闇で成り立っている証のようなものだと思う。ドームの表面を光と闇が渦巻き続ける。闇の部分はその先が果てしなく深い深淵のように見えて、光の部分は全てを映し出そうとする光が溢れているように見える。
俺の全身から汗がしたたり落ち始めたのが分かる。
このくらいで良いかな。
ドームはその形を崩し始めるとすぐに消えた。
「「「「……」」」」
俺は汗を拭いながら同時に自分の全身にクリーン魔法をかける。
そして皆を見渡しながら言う。
「これが、さっきの文書に書かれていた『光と闇の相克』の正体だと思う」
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