第123話

 食事を摂ってしまってお茶を飲んでいる時に、セイシェリスさんは盗賊達のアジトはここから近い所に在るだろうと言った。

「身軽すぎるわ。こいつら食べる物なんてほとんど持って来てないでしょ」

 賊全員の武装から防具、持っている物は全て押収してしまっている。マジックバッグの類を持っている者は居なかった。


 という訳で、ウィルさんと俺は賊の尋問を開始。

 ウィルさんは手馴れていて、しっかり脅しながらいろいろと聞き出していく。


 盗賊の類は生死を問わず懸賞金が出ることが多いので、冒険者のセオリーとしては盗賊は殺して首だけを最寄りの街の衛兵に差し出すことが普通だ。連れて行く手間が省けるのと、どうせ盗賊はほとんどが極刑になるので生かしておく意味がないから。

 もちろん、冒険者の方が強ければの話だ。盗賊には冒険者崩れや軍人崩れの強者も居るので、低ランク冒険者だと逃げるが勝ちという場合が多いかもしれない。


 賊達から聞き出した内容は酷かった。街道のこの近辺を頻繁に通る商人達からは見逃す代わりの金を定期的に支払わせていること、そして最寄りの宿場町の衛兵からも、宿場町を襲わない見返りとして金品を得ている。更には、仲間がもし捕縛されても宿場町の衛兵はその奪還の為の襲撃を恐れて、自発的に解放してしまうのが常だと言う。

 デュランセン伯爵領は治安が悪いと聞いてはいたが、武力は常に外国に向けられているばかりで内向きには機能していないんだろうなと思う。

 そして、奴らのアジトはやはり近い所に在るようだ。この停車場から馬で1時間ほどの所に砦のような拠点を構えていると言う。そこには仲間があと15人と街から呼び寄せた娼婦が5人居るらしい。



 ひと通り話を聞き出せたので、皆へ情報共有。

 そして、そのまま話し合いになる。


 真っ先にニーナが憤りを隠さずに言う。

「衛兵がそんな感じだと、宿場町に連れて行っても意味無いわね」

「かと言って、殺してしまうのもなぁ」

 俺がそう言うと、エリーゼとティリアが頷く。


「取り敢えず、拠点は潰す。それは異議は無いわね?」

 セイシェリスさんが、俺達全員の顔を見渡しながらそう言った。

 全員が頷いた。


 という訳で、もう夜も更けてきたが、俺達はこれからもうひと仕事である。



 ◇◇◇



 拠点に居た盗賊達は、ニーナの加重魔法で抑えつけて俺のスタンで全員を即効で無力化した。古い平砦か平城の跡のような拠点は俺が雷撃砲で消し飛ばした。もちろんその前に貯め込まれていたお宝は全て押収したが、それほど高価ではない武器や現金ばかりで誰かに返してあげるべき物などのそういう類の物は無かった。


 奴らの拠点に有った馬車二台に娼婦達と賊達全員を詰め込んで、結局サインツェまで連れて行った。門番の衛兵に事情を説明して引き渡し。娼婦達は盗賊と懇意にしている感じもあったので、その辺の取り調べはお任せした。


「前もこんなことしたよな」

「なんか、損な役回りばかりしてる気分」

 溜息と共に思わず出てしまった俺の愚痴に、ニーナがすぐに応えてくれた。

「仕方ないよ。出くわしてしまったんだから」

 エリーゼはそう言いながらもやっぱり疲れ切っている表情。

「……」

 ガスランは話す気力も無さげ。

 ウィルさん達もだが、俺達も肉体的な疲労より精神的な疲労を強く感じている。



 予定ではサインツェで何日か休んでから帝国へ向かう事にしていた。しかし、俺達はすぐに出発することになる。

 サインツェで宿に泊まった、その翌朝。

 この地の領主である、デュランセン伯爵からの使者が俺達の宿にやって来た。正確にはニーナの所に来たんだけどね。屋敷での食事に招待したいと。


 しかしニーナは冷淡に使者を追い返してしまう。

「挨拶に行けずにごめんなさい。私達は先を急いでいるの。そして私は今は、冒険者のニーナよ」

 ニーナのその言葉に顔を引き攣らせていた使者が少し可哀想な気もしたが、貴族のことにあまり口を挟むべきではないと見て見ぬふり。


 使者が宿から出て行ってから、俺は言う。

「いいのか? 公爵家と伯爵家の間が拗れたりしないだろうな」

「拗れた方がいいのよ、こういうのはね。父にも私にもそんな気が無いってことをしっかり知って貰わないと駄目なのよ」

 俺の心配にもニーナはきっぱりとそう言った。


 よくよく聞いてみると、デュランセン伯爵の息子が適齢期。少し年下らしいんだけど。で、以前もそういうアプローチはあって父親が断ってるんだと。


 ニーナは俺達に向かって言う。

「そういう訳だから、すぐに出発しましょう。伯爵のとこのエロガキが押しかけてくる前に」

 エリーゼもセイシェリスさんも苦笑い。シャーリーさんは目が死んでいる。ガスランとウィルさんは、なぜかニヤニヤと笑っているだけ。エロガキという言葉を聞いて、ニーナに何が有ったのかを想像したに違いない。


 早く伯爵領から出てしまいたいというニーナの気持ちは理解できるので、じゃあ、とばかりに俺はすぐに地図を広げ、ティリアと帝国への道についての確認を始めた。



 そんな事があった宿を出て3時間後。

 俺達は、サインツェを出て国境地帯へと入り西へ進んでいる。


 帝国との国境地帯は、街道は一応はあるが整備はおざなりだ。緩衝地帯的な土地なので、どっちの領域なのかというのが敢えて曖昧にされているというのも理由としてはある。また良かれと思って整備をすると、土地の領有権を主張したような形になって相手からは文句を言われるわ、緊張が高まったりとか。実にめんどくさい話。

 過去の帝国との戦争は、両者ともに被害が大きくなってやっと停戦の合意となり、現在に至るまでそのままの状態である。そう。終戦ではなく停戦なのだ。

 国交はほぼ正常化されているとはいえ、軍事的には停戦状態なだけの相手なので牽制し合うことは互いに停められないでいるという、極めて不毛な話である。


 この国境地帯には少し魔物が出現する。これは主に帝国側から流れて来ている魔物だそうだ。いつものように探査を広げて警戒しながら進んでいる俺とエリーゼにも、時折その反応が感じられる。


「ヘルハウンドよ! 火魔法を使って来るわ。気を付けて」

「どうしてヘルハウンドがこんなとこに」

 セイシェリスさんの警告に、この辺りの事は最も詳しいはずのティリアが状況への疑問を示して想定外だと皆に伝えた。


 俺は探査の反応でウルフ系の強い個体だなと感じていた。同時にダンジョンで対峙したワーグとも異なる種類だと感じていたのだが、まさかの犬系である。


 馬車から飛び降りた時には、間近に迫って来ていたヘルハウンドの群れ。全部で5体。その大きさにまずは驚く。馬の二倍はあろうかという程の大きさだ。しかし、その大きさの印象からは想像できない程の俊敏さを備えている。

 セイシェリスさんからの指示は、ガスランとシャーリーさんは馬と馬車を守る為に最後尾へ。そしていつものように俺とウィルさんが最前列。

「シュン、撃つな」

 ウィルさんのその言葉で、俺は振り返ってセイシェリスさんに目で確認を取る。

 呆れた表情で俺に頷いたセイシェリスさんは言う。

「シュン、無理そうだったらすぐに撃って」


 撃つなと言われても相手は五体も居る訳で、取り敢えずは二番めに近い奴に雷撃。

 うん、瞬殺。


 ニーナが三匹目からの残りを全て抑えつけて、セイシェリスさんとティリアが水魔法。エリーゼは新魔法を試してみるつもりのようだ。

「氷を撃ってみるね」

 エリーゼの新しい魔法は氷魔法。属性として分かれている物ではないが、なかなか目にすることは無い魔法だ。フレイヤさんも、エルフの古い知り合いで一人だけ使っていた人を知っている程度だと言っていた。


 俺はいつでも雷撃を撃てるように注意しながら皆の戦いぶりを見守る。


 エリーゼの今回の氷魔法は、短い氷の矢のイメージ。それが何本も飛んで行き、その氷の矢はスッと、まるで豆腐に箸を差しているかのように抵抗なくヘルハウンドの身体の中に入っていく。

 氷の矢に貫かれた一体はすぐに崩れ落ちて間もなく絶命。急所を深く貫かれたせいだ。

 俺はエリーゼに向かって言う。

「いいな。水に弱点がある魔物には効果抜群みたいだ」

「思ってた以上」

 エリーゼはそう言って俺に微笑んだ。


 その頃には他の全ても、ウィルさんがわざわざ相手をした一体も決着がついていた。ウィルさんは一体を切り刻んでしまっている。少し前に高い金を出して新しい剣を買ったウィルさんである。予備と合わせると凄く高くついたらしいが、なかなかの切れ味だと見ていても思う。

 ガスランが魔石を取り出し始めたので、俺とエリーゼもそれを手伝いに近付く。

「周りをあまり傷つけないように、魔石だけ上手く取り出して」

 ティリアが、ガスランにそうアドバイスした。

 毛皮から何から全て、ヘルハウンドは素材の宝庫だそうだ。

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