第95話
しばらく見ているうちに魔法陣はその残っていた魔力も尽きて光を完全に失った。もう少しの間だけは、魔力の残滓をも感じられるレベルの察知の持ち主ならば、何か魔法が行使されていた程度は感じ取れるだろうが、そこに魔法陣が有ったことはおそらく誰にも知られないだろう。
再起動できるのは、これを設置した者か解析が済んだ俺以外には居ないと思う。
という訳でこの場で出来ることも無くなり、また面倒だとしか思えないのだがギルマスが進んできている方へ俺達は行くことにする。仕方ないのだ。外に出る方へ行けば、彼らとどうしても出くわしてしまう。
「坑道内の確認ですか、ご苦労さまです」
「お疲れさま」
「お疲れさまです」
俺達は口々にそう言いながら足早に、ギルマス達一行総勢約20名の横を通り過ぎた。
ギルマスは慌てて俺達を呼び止める。
「おい、ちょっと待て。お前らどこに行ってるんだ。ゴーレムは? 魔石は?」
「お前ら?」
そう返事をしたのはニーナ。
「あ、いえ。申し訳ありません。どちらへ行かれているのでしょうか」
「外に出るのよ。それ以外この方向には何も無いでしょ」
そう応じたニーナは返事を待つことなく、その間にもどんどん先に進んでいる俺達を小走りで追いかけてくる。チラッと見ると笑いを我慢しきれていない。
「ニーナ、楽しんでるだろ」
「あら、皆もそうだと思ってるんだけど」
クックっとガスランが笑い始めると、皆我慢できなくなる。
全員で大笑いしながら、帰り路を進んだ。
「ギルドマスターの色は、強奪の意志。横取り、金銭欲、そんな感じだったよ」
「という事は、やっぱりゴーレムの魔石を見て目が眩んだのか」
「うん。鉱山の人達の救出前、一気に殲滅した時からなんか濁って来てたから」
「てっきり、ミレディさんが言ってたような評価とかそういうのかと思ってた」
「それも合わせて全部横取りしたかったんじゃないかな、多分」
というような会話をエリーゼと俺は交わしていて、それは馬車の中でのこと。
俺達が坑道から外に出た時、ちょうど代官からの迎えの馬車が来て、護衛する領兵も多すぎるんじゃないかと思う程たくさん来ていた。ニーナは心配するなと伝言はしていたと言うが、代官としてはそういう訳にはいかないだろう。主君の姫君だし。
その広い馬車の中で安心しきって俺達は寛いでいた。エリーゼが出したお茶とお菓子を食べ終わると、ガスランもミレディさんもすっかり熟睡。ニーナもウトウトしている。
「シュン、あの魔法陣は誰が設置したんだろう。時空魔法が使える人じゃ無いと出来ないんだよね」
「理解していなくても、既に描いてしまった魔法陣を別の所に複写する方法はあると思うんだけど、今回の魔力供給の箇所はあそこで描いたもので間違いないと思う。だから、あれに関して言うなら理解していないと弄れない」
「シュンが掘り出したラミアの魔石のこと?」
「そう。ラミアじゃなきゃダメなのか、その辺はまだ解ってない部分なんだけど」
「魔法陣そのものは解析は終わったんでしょ」
「ああ、転移魔法理解したよ」
「シュン嬉しそう」
「不謹慎だけど、正直、ずっと知りたかったことだから嬉しいよ」
それから俺とエリーゼはキスをして、互いの手を握ったまま座席に深く沈みこむようにして目を閉じた。馬車の揺れが眠気を誘ってくれていた。
代官屋敷へ帰り着いてからは、ニーナの独壇場。ギルマスの不審な行動や冒険者たちの質の低さを辛辣に代官に語った。
代官としては、まずは大問題となったゴーレム災厄を解決してくれた礼を言って姫を労いたいようだが、ニーナは自分の苦労など大したことではないしゴーレムへの対処自体はあっという間に終わったという態度である。なので話が噛み合わない。
「ニーナ、代官様が困っているぞ。ちょっと落ち着け」
「え? あ、うん…」
代官は俺に感謝の視線を送って来る。そして、取り敢えず風呂や食事をと勧めてくれる。皆に異存はない。全員クリーンで綺麗だとは言え、やっぱり湯に浸かるのは気持ちがいいから。
その後、食事をしながらゴーレム事件(仮)についての話を整理していく。
まずは犠牲者について、代官が把握している数字は暫定だが死者21名、負傷者は47名。軽傷者は含んでいない。
「代官、ここにゴーレムの魔石が50個あります」
ゴーレムの魔石は高価だ。魔力量もさることながらその美しさは高級魔道具には欠かせないと言われる程である。そして無属性であることもプラス要素。
俺とエリーゼが以前スウェーガルニ支部で買取りをして貰った時の買取額は、一つ金貨70枚で、ゴーレムキングの魔石はその20倍以上だった。
大きな布袋に入れた大量の魔石をテーブルの横、空いてるところにドサドサッと出して置いた。全てクリーン処置済みなので清潔である。ちなみに今回取った魔石は実際はまだ有るんだけど、ゴーレムの魔石は少しはそのまま持っていた方がいいというミレディさんのアドバイスで50個を出すことにした。
「俺達もただ働きという訳にはいきませんから、レッテガルニとしてこれを金貨500枚で買ってもらえませんか」
「50個を、その値段でいいのですか?」
小売価格で言うと8分の1から10分の1程度だろう。転売すればそれだけ儲かるという事。
事前に皆で相談済みなので、俺達はそれで問題はない。
代官は、その多すぎる差額は今回の対応の為の資金として助かると頭を下げた。
次にギルマスなどギルドについて。
そもそもレッテガルニは、冒険者としてやっていくには実は不向きな土地だ。周辺に、お金という意味で美味しい魔物は少なくダンジョンが近くにある訳でも無い。主な依頼は護衛。街道を行き来する商人などの護衛。そしてこちらがメインなのだが鉱山で働く人や施設の護衛。
鉱山は街に隣接して在るのではなく、街から少し離れた所に点在している。そういう所にある施設が荒らされないように警備、また毎日のように街と鉱山を行き来する鉱夫達の安全を確保する、それらは鉱山を管理する側としては当然のことである。
護衛の仕事は、決して高くは無いが安定した収入が得られる。そうした冒険者が多いのがこのレッテガルニという土地柄なのだ。魔物を狩る能力がそれほど高くなくてもやっていける。しかし技術の向上は望めない。低い所で安定はしているが、言い換えれば停滞しているのだ。
ギルマスについては代官も以前から悩んでいたそうだ。マニュアル通りの仕事ぶりなのだが、それから逸脱することは基本的にはしない。街の為、冒険者のより良い暮らしの為など、そんな事は全く考えず、当然ながら人望は無い。
そういう事は先に言って欲しかったなと、俺が思ってたら
「どうして、最初にそれを言わないの」
とニーナがすかさず突っ込んでいた。メチャクチャ怒ってる。
代官は平謝りである。
「まさか、あの臆病者が魔物が出る現場にまで行くなんて想像もできませんでした。申し訳ありませんでした」
そして、頭を上げた代官は真剣な表情で俺達に言う。
「アレには私も言いたい事がありますから、少し時間をください」
「私達は明後日にはレッテガルニを出るの。その間だけ待ってあげる」
ニーナはかなり厳しい。
冒険者については、ニーナともいろいろ話をしているのでそれは近いうちにという事でこの場では触れずにおく。
さて、代官の態度には少し笑いも浮かべていたニーナが、表情を一変させて言う。
「問題は魔法陣ね」
もっとも疑わしいのは教会なのだが、そこまでやるか。というのがここに居る全員の思っていること。テロ集団なら街や公爵領の混乱を狙ったんだろうと、ある意味ではその目的も納得できるが、教会にメリットは無いとしか思えないからだ。
そして、転移魔法への造詣が深い者の存在。テロ集団が転移できるなんて為政者としては悪夢でしかないだろう。もちろん、住民にとっても。
現時点で既に決まっているのは、坑道のあの廃棄坑道については封鎖。分岐の所には常時監視が付く。そして領都から専門家チームを派遣してもらい、魔法陣やその周辺を細かく調査するという。
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