第91話

 俺達を追ってきた15人の中にも冒険者ギルドのカードを持っていた奴が多かった。昼前に待ち伏せしていた奴らを合わせると、Cランク5人にDランク6人とEランク3人。そしてこの全員が、公爵領以外の支部の所属。


 冒険者の所属というものは、通常は登録時の支部。変更は可能だが依頼達成の実績で判断されるので、冒険者自身の任意の所に変更できる訳ではない。変更を申請すると、最も貢献度が高い支部の所属になる。

 ちなみに、俺とエリーゼとガスランはスウェーガルニ支部所属だが、ニーナは領都のアトランセル支部所属である。登録時から変えていないのでそういうこと。


 さて、俺は頭を切り替えてミレディさん含めた全員に言う。

「レッテガルニの代官やギルドになるべく早く報告するべきだな」

 

「ねえ、こいつらやっぱり連れて行かない? こんな奴らを街道に放置しておきたくないのよ。もう一台の馬車に載せて行けばそんなに手間じゃないし、もうレッテガルニは近いわ」

 ニーナが姫様モードの表情を少し見せながらそう言った。


 夜が明ければ速度は上がる。明るいうちにレッテガルニへ着けるだろう。まあ、もしまた襲撃されて捕虜が足手まといになっても、その時こそ放置するだけか。


 エリーゼもガスランも異存はないようだ。

「そうするか。ミレディさんもそれでいいですか?」

「はい。殺してしまうという選択肢が出ないのはシュンさん達らしいですね」

 ミレディさんはそう言って微笑んだ。


 既に二人やってしまってるんだけど、捕縛してしまってから殺すというのは、やっぱりね。なるべくなら司法に任せたいかな。専門家が取り調べもするだろうし。

 代官に報告するのは当然ながらニーナの役割。領主の姫自身の口から襲われたと聞かされる訳なのだから、代官が最優先で対処するのはおそらく間違いない。


 最初に押収していた奴らの馬車を出して、元々その馬車を引いていた馬を繋ぐ。ガスランと二人で、その馬車に死体も一緒にディアス団全員を載せた。定員オーバーだが馬たちには頑張ってもらう。



 捕虜たちの馬車は俺かガスランが御者をして、馬車二台での移動は順調に進んだ。とは言え、その馬車の速度が遅い為に、レッテガルニが見えてきたのはもうすぐ日が暮れようかという頃。

 門番の衛兵にニーナは自分の素性を示し、すぐに代官と衛兵の責任者を呼ばせる。

 俺は、先にやって来た衛兵の責任者に簡単に説明して、馬車ごと捕虜を引き渡した。衛兵の責任者は、姫への襲撃が仮にも街の住人によって行われたことに動揺しているように見えた。まあ、公爵の姫殿下が一緒に居るなんてディアス団の連中は知らなかったんだろうと思うけど。


 捕虜を引き渡してから、俺達は衛兵の詰所の一室に通されていたのだが、代官がやって来てからは様相が変わる。動揺や戸惑いを見せていた衛兵たちと違い、やはり代官も代官が連れてきた領兵達もしっかりしている。それにニーナはこの代官と面識があったようで、いろいろ話が早くていい。

 代官は俺達が置き去りにしてきた最初の8人の話を聞くと、すぐに回収の為の兵を出す準備を指示する。もう日が暮れてしまっているが、指示する側も指示を受ける側もそんなことは意に介さない様子。代官はディアス団のアジトについても同様に、領兵と衛兵の責任者へ指示をした。


 ひと通り話終わって、俺達がギルドへ行こうとしたら代官は待ってくれと。

「お待ちください殿下。それにお仲間の方々も。ギルドマスターを代官屋敷に呼びますから、一旦屋敷で食事でもして身体を休めてください」


 ニーナは俺達に小声で訊いてくる。

「シュン、どうする? 私はそれでもいいと思うけど」

「任せる、殿下に」

「任せるよ殿下」

「殿下、任せた」


 ミレディさんは笑いを堪えているが、ニーナは俺達を少し睨む。

「次、もう一度殿下と言ったら丸焼きにするからね」

「死ぬからやめて」

 ニーナも俺達も全員笑顔。街に着いて、やっぱり皆ホッとしていたんだよ。ようやく気を緩めることが出来る。それが嬉しかったということ。


 その後、遅い夕食を食べながら代官と話をして、結局レッテガルニに居る間は代官屋敷に寝泊まりすることになった。もちろんミレディさん含めて全員。

 屋敷にやって来たギルドマスターに代官は俺達が没収していたギルドカードを見せて説明をしていた。このディアス団の冒険者達については、ギルドの方でも独自に詳しく調べることになった。そして本来の目的だったミレディさんによる治癒魔法の指導については、翌々日から行うことになる。



 そういう訳で明けて翌日は完全休養日。もちろんミレディさんの警護は続けているのだが、代官屋敷の外に出ることはないので割と気楽。代官屋敷の一室を借りて俺とミレディさんは黙々と作業をする。それぞれ別の事なのだが、一応護衛なので目の届くところに居ることにした。

 ミレディさんは魔法無効化魔法に挑戦中。光で網の籠を作ると本人は言ってるが、結界のような物なのかと俺は思っている。

 エリーゼとガスランは、ニーナに頼まれて彼女の付き添い。なんか三人でコソコソ話していたので、あとでエリーゼに聞いてみようと思ってる。

 俺は、共有型亜空間収納の開発から派生して思い付いたことを、いろいろ試している。肝心の共有型の収納についてはまだ進展していないが、気分転換として。


 代官屋敷は夜になって少し慌ただしくなってくる。

 衛兵と領兵は合同で昨夜のうちにディアス団のアジトの強制捜査をしていた。ディアス団のボスは間一髪逃走してしまっていたようだが、そこで押収した物から今回の件について教会関与の証拠が出てきたという。



 また一夜が明けてミレディさんと俺達は、朝から冒険者ギルドレッテガルニ支部を訪れている。ミレディさんがレッテガルニ支部の治癒師に指導を行う為だ。

 治癒の指導は、実際に目の前でやって見せながら説明するのが一番なんだけど、その対象にする患者が居るかはその時次第だ。わざわざ病気にしたり怪我をさせる訳にはいかないので。

 ところが、レッテガルニ支部の治癒室を訪れてみると、その心配は必要なかった。


 多い。治癒を受けようと待っている人が多いのだ。

 基本的にギルドの治癒室は怪我などが多い冒険者を対象にしている。しかし、料金は少し高くなるものの一般の住民にも門戸は開かれている。

 そんなに広くはない治癒室に俺達4人がずっと居続ける訳にも行かないので、交代でミレディさんの傍に居る事にした。女性患者の事を考えてエリーゼとニーナの時間を長くすることに。尚、治癒師達も患者達もニーナの素性には気が付いていない。


 大半の治癒師は水魔法系の治癒を使うので、俺やミレディさんのような光魔法からのものとは全く異なる。それでも、人体に関することや治癒すべき個所を特定する診断のノウハウなどは、魔法行使する前の話であり共通している。今回の指導もそういうことがメインだ。

 ミレディさんは今回の指導の為に、そこそこのページ数があるノートを書き上げてきている。スウェーガルニを出発する前に、俺にもその内容をチェックして欲しいと言われて見たのだが、ぎっしりとノウハウが詰め込まれた内容だった。


「ミレディさん、これってメチャクチャ貴重な物じゃないですか」

「挿絵なんかは学院時代に使った本からの流用ですよ」

「それにしても、これは凄いです」

「医学を学べる学校が地方にもあるといいんですけどね」


 そんなノートをミレディさんは惜しげもなく、レッテガルニ支部の治癒師達にプレゼント。時間がある時にでも書写するなりして皆さんで共有してくださいと言い添えて。

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