第78話

 バルマレ村までは、フレイヤさんの副ギルドマスター特権でギルドの馬車に乗って行く。毎度のことながら御者もギルドの専属の人がやってくれるので、楽チン。

 村を経由して翌日の夕方にはガスランの家に着いた。山の奥深い所だけど、探査があるからこその高速移動のおかげ。着いた時、ガスランは狩りに出ているようで不在だったが、しばらく家の前で待っていると戻って来た。


 人が三人居ることに警戒を示したガスランだが、すぐに俺達だと判ると安心したように構えた剣を降ろした。そして、フレイヤさんの顔を見て驚きの表情を浮かべた。


 ガスランはフレイヤさんと俺達を交互に見て、俺に言う。

「ア・ルネ・ニ・テ・ル」

「フレイヤさんは金髪だからかな」

 俺がそう言って、髪の毛を触って見せるとガスランは頷いた。


 ガスランと一緒に家の中に入り、椅子に腰を下ろしてからフレイヤさんは自己紹介を始めた。ガスランは真剣に話を聞いている。


 エリーゼは家の中の炊事場に立って料理を始める。出来合いのものではなく、前回のようにそこで料理を手作りしようということ。


 ガスランが席を立って、すぐに一冊の本を持って戻って来る。本には背にも表紙にも何も書かれていない。

「ア・ルネ・イツ・モ・コ・レ」

 そう言ったガスランに本を手渡されたフレイヤさんは、すぐにその本を見る。

 アルネさんがいつも見ていた本という意味なのだろう。


 そして開いた表紙の裏にある文字を見たフレイヤさんが言う。


「アルネフロム・ドゥヴィーセック。彼女のサインが有るわ…」


 ガスランは、アルネさんのフルネームだと判ったようで大きく何度も頷いている。


 それは本ではなく、アルネさんの日記と言うか覚書。メモ書きの類だったようだ。俺もエリーゼも興味がそそられるが、フレイヤさんはそれを読むのは後回しにするつもりのようだ。


 フレイヤさんが、アルネさんのことをもっと知りたい、その為に家の中の特に本の類を見せて欲しいということを言うと、ガスランは頷く。


「ア・ルネ・エ・ルフ・ホ・ン・ミ・セル・ソウ・イッ・タ」

 そう言って、フレイヤさんを指差した。


「アルネさんは、エルフに会ったら本を見せていいと言ったのか」


 ガスランは俺の言葉に頷いた。


 私もエルフなんだけど、とぼやいたエリーゼの言葉は取り敢えずスルーした。話がややこしくなりそうだったので。そう、エリーゼは髪の色が違うせいです。


 すぐにアルネさんの部屋にフレイヤさんは入って本を見始める。やはりエリーゼが見つけていた古代エルフ語でタイトルが書かれている本から。じっくりと見始めたフレイヤさんはそのままにして、俺はガスランと、奴が今日狩ってきていたグレイボアの解体を一緒にすることに。


 エリーゼの料理は好評だった。ガスランは美味しそうに食べて、いつになく饒舌になっていた。フレイヤさんとも話し込んでいたし、歓迎してくれたようで良かった。

 晩飯の後は、俺は持ってきていた魔道具の設置を始める。照明や温度調節の類、そして一応、食料を保管するための冷蔵冷凍庫も。水の魔道具は元々の物に壊れている物はなかったが予備として持ってきているので、ガスランに説明したら大切なものを仕舞う戸棚の中にそれを入れた。

 家のすぐ横に井戸があるので水の心配はあまり無いのだが、汲みに行かなくてもいいというのは、やはり意味合いとして大きい。


 そして、それらがひと通り終わった俺達は寝ることにする。フレイヤさんはもう少し調べたいと言うのでアルネさんの部屋に。ガスランの家には、アルネさんの部屋にあるベッド以外の寝室は一つしか無く、そこはガスランが使っているので、前回と同様に俺とエリーゼは家の前にテントを張った。


 翌日からはガスランと狩りをしたり、その成果で燻製を作ったり。そしてクリーン魔道具を使った家の中の徹底的な掃除。家のあちこちを補修が必要そうな所は無いか見て回ったり。

 そして持ってきていた幅広ベルトタイプのマジックバッグを渡して使い方を説明したら、ガスランは既に知っているようだった。尋ねたら、バッグ形態の物をアルネさんが使っていたと言う。個人魔力波認証タイプのようでガスランには使えなかったらしいが、使い方は聞いていたそうだ。

 多分だけど、俺はその認証は解除できると思う。だけどそれは言わなかった。故人の物だからね。


 この幅広ベルトタイプの物は、俺がベルディッシュさんには腹巻きと言ってた奴で、剣帯を兼ねていて物理的な小物入れも付いている。亜空間収納としての容量はほぼ無限。もちろん時間停止タイプ。そして更に、清浄の首飾りと同じ効果を付与しているという、俺の会心作。幅広にしたのは防御力を上げたかったせいもある。腹部は、冒険者もよく知るオーガの弱点なんだよね。


「シュ・ン・ケ・ン・フル・ミ・テ」

「うん、いいよ。やろうか」


 ベルトを締めて剣を帯びたガスランがそう言ってきたので、前回同様にガスランに剣術を教える。前回、毎日見れる訳ではないので、訓練メニューを考えてそれをなるべく毎日続けるように言っておいた。今回は、身体の使い方と剣の構え方や悪い癖になってる感じの所を指摘したり、そんな感じ。

 当たり前のことだが、ガスランは身体能力が高い。それを生かす方向でいろいろとアドバイス。模擬戦はアルネさんともやっていたみたいでやり方は理解していた。今回は木剣も持ってきていたので、しっかり模擬戦もやって訓練が出来た。


 そして、ガスランに収納の中に入れておくべき物について話をすると、イメージはアルネさんが使っていたのを見て理解はしていたようで、既に俺が入れておいた予備の武器や水魔道具などを一つ一つ取り出して確認していた。

 大量に入っている食料にはさすがに驚いていたが、そればかり食べるのはダメだと言ったら大きく頷いていた。

「トキ・ド・キ・タ・ベル」

 発声器官の貧弱さで言葉がたどたどしい為に少しちぐはぐだが、こちらが言う事を理解する速さは知力の高さを窺わせる。

 ひと通り中身を確認し終わったガスランは俺に向かってこう言った。

「シュ・ン・アリ・ガ・ト・ウ」


 フレイヤさんはずっと読みふけっていた大量の書物などからやっと離れると、そんな俺達の様子を楽しげに見たり仕事を手伝ったりしてくれた。しかし時折、物思いにふける様子を見せたかと思うともう一度確認するようにアルネさんの書き残したメモを読み返している。

 それは古代エルフ語なので俺達にはサッパリ読めない。フレイヤさんは街に帰ったら説明してあげるとそう言った。



 ◇◇◇



 居間のソファに座ってお茶を飲んでいるフレイヤは、暖炉に薪を入れて火を点けようとしている三人を見ている。


 午後遅くに突然シュンが煤だらけだった煙突の中を掃除して、ガスランと一緒に薪を持ち込んできたのだ。魔道具があるのに、シュンは暖炉を使う事にこだわった。


 ガスランもアルネがそうしていたことは憶えていたようで、要領は分かってはいるようだ。エリーゼが火の扱いは気を付けるよう、さっきからずっとそれを二人に言い続けている。ガスランは言われるたびにエリーゼに向かって頷いている。


 暖炉の薪に火を点け終わると、三人はその前に座った。

 じっと火を見つめる三人の瞳には、同じ火の赤さが映っている。


 少しして、シュンが取り出したカードを使って三人はゲームを始めた。

 ルールがよく解らないガスランをエリーゼが付きっ切りで教えている。


 シュンとエリーゼが笑うと、ガスランも少し笑うような表情を見せる。

 ガスランが見せる、シュンとエリーゼへの信頼と感謝。

 そして喜びの感情。



 フレイヤはふと思う。アルネはきっと、こんな光景が見たかったのだろうと。


 エルフとヒューマンも、かつては殺し合った時があった。

 魔物は今でも互いに命を奪い合う対象だ。


 フレイヤは、最近シュン達から聞いた魔族の事を思い出す。


 ここに魔族の者が加わってもいいのではないか。

 ともに遊びに興じて笑い合って、暖炉の前で暖かさを分かち合う。


 そんな光景を見ることが出来たら、この世界はもっと良い方向へ変わっていくのではないか。



 フレイヤは首を振って、何の根拠もない途方もない夢だと思い直す。


 しかし、目の前のこの三人は可能性を示している。

 この暖かさを失ってはならない。

 この三人の笑顔を守る為に、何かできることがあるなら。


 フレイヤは、そんなことを考えていた。

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