第76話 ドニテルベシュク

 魔導書は、魔法を極めた者が後世に伝えるべく書き残したものの総称であるが、ダンジョンで出てくるアイテムとしての魔導書はかなり意味合いが違う。書物の体裁はしているが決して本ではない。一種の魔道具と見做される。

 その効果は魔法の適性の発現である。例えば、光魔法が使えなかった人でも光魔法への適性が現れるという事。但し、その魔道具としての効果は原則として最初の使用者のみと言われている。そこが曖昧なのは、二人目の使用者にも効果があったごく稀なケースが記録に残されているからだ。


 アイテムとしての希少さに加えて、原則一人限定での効果ということで、ダンジョン産の魔導書は極めて高い価格で取引される。


 ちなみに、スウェーガルニダンジョンの調査中に出た闇の魔導書は、競売会が実施された時に出品されて既に売却済みである。

 俺は、予想落札額を聞いてすぐに断念していた。それでも闇の魔導書はまだ数が出回っている方だと言う。多いのは火と水そして闇と続いて、土と風はかなり希少。光については噂のみ、時空なんて噂すらないという超希少さである。


 その光の魔導書。これが目の前にある訳で、俺の鑑定では当然ながら本物であり呪いの類は無い。

「シュン、何の魔導書なの?」

 エリーゼの問いかけで我に返る。


「ああ、ごめん。ちょっと信じられなくて…。光、だよ」

「ええ!?」


 魔導書を魔道具として発動させる方法は、手にした状態で魔力を通しながらその本のページを開くことだけである。もし複数の者が同時に操作した場合には効果が出ずに、ただの使用済み魔導書になってしまうと言われている。


「エリーゼ、使って」

「は? 何言ってるのシュン」

「俺は既に光属性持ってるし、エリーゼが使うのが一番いいと思う。売ったりしたら騒ぎが大きくなるどころじゃないだろ」

「確かにそうだけど…」


 それでいいと言う風に、女神の指輪がググッと震えた。


(女神、それでいいんだよな?)


 もう一度ググッと震えた。



 …

 …


 それは、とても幻想的な光景だった。

 魔導書を手にしたエリーゼが魔力を流し始めると、魔導書から淡い光が溢れ出てくる。一瞬、それに気を取られてしまったエリーゼだが、すぐにページを開いた。

 すると、淡い光はその範囲を広げてエリーゼを包み込んでいく。エリーゼはその内側で、自分の周りの光が渦巻き始める様子をキョロキョロと楽しそうに見ている。

「綺麗…」そう呟いているのが口の動きで判った。


 そして、なぜか俺の身体からも光が溢れてくる。エリーゼを包んでいる光と共鳴するかのように、二つの光の流れが互いに寄り添いながら、そして絡み合うようにして俺とエリーゼを包んでぐるぐると周囲を回り始めた。


 長い時間が過ぎたような気がした。静かにゆっくりと光の全てが消えた時、エリーゼは光が繰り広げたショーの余韻が残っているように上気した顔で、俺に微笑んだ。

「シュンと一つになってた」

 飛び込んできたエリーゼを俺は抱き止めた。二人で互いを強く抱きしめ合った。


 役目を終えた魔導書は、渦巻いていた光が消え終わるのと同時に、空間に溶けていくようにして消滅していった。


 光魔法Lv6


 ステータスを確認すると、俺の光魔法のレベルが上がっていた。そしてレベルは分からないが、エリーゼには取得済みの魔法として光魔法が増えているだろう。




「魔導書って消えてしまうとは知らなかった」

「私も。そんな話聞いたことないよ。フレイヤさんから使用済みの魔導書を見せて貰ったことあるんだよ」


 これって光だからそうなんだろうか…。


 また女神に聞かなきゃいけないことが増えた。


 エリーゼが俺の服の裾を引っ張って言う。

「ねえシュン、ライトの魔法使ってみて」

「ん? ああ、了解。っと、小さいのでいいか。ほれ」


 ライト… 俺の指先に小さく灯る光。


「私も…」


 エリーゼの指先に俺が出したのと同じような光が灯った。


「飲み込み早いな、エリーゼ」

「だって、シュンの魔法をずっと見てるからね」


「街に戻ったら特訓しないとな」

「うん、頑張る。目指せクリーンと雷!」

 エリーゼはニコニコ笑いながらそう言った。



 第8階層もまだ迷路型階層。第7階層とあまり変わらない雰囲気だが、少しだけ壁や床の色が黒味が増している感じ。取り敢えず、初めての階層で一度ぐらいは討伐しておこうという事で、降りてすぐの道を真っすぐ進んだ。


 少し進んだところで、いきなり探査に強い反応。一体だけだが、これまでのどの魔物よりも強い。

「エリーゼ、気をつけろ」

「初めて見る魔物」


 通路の先から近付いてくるそいつは、人のようだった。だが俺達の探査の反応は魔物。黒系統の貴族のような服を着ていて、特に武器の類は持っていない。長い黒髪、青みが掛かった肌に赤い目と唇。女のようにも男のようにも見えるそいつは、俺達に向かってニッコリ笑った。


 俺もエリーゼも、いつでも魔法が撃てるようにして、エリーゼは弓を俺は剣を構えている。彼我の距離20メートル。


「こんな所で珍しいタイプの人間と出会えるとは、嬉しいこともあるもんだ」

 立ち止まったそいつが発する声も男女の区別がつかない感じだ。


 俺達は既に立ち止まっている。

「お邪魔してるよ。この階層に来た人間は、多分俺達が初めてだと思う」

「んん? そんなに警戒しないでくれ。ちょっと話がしてみたかっただけなんだ」


 はい、そうですかと聞けるわけがない。


「話をする前に自己紹介しないか?」

「それは良い提案だ。私はドニテルベシュク。古き世の使徒の末裔だ」


 古き世? 使徒? んー、考えるのは後にしよう。目の前に専念だ。


「俺はシュン。そしてこっちはエリーゼ。ヒューマンとエルフだ」

「ああ、種族は言われなくても解っていた。そうか、シュンというのか。いい名前だ。女神は元気にしているのかな」


 なんだと、こいつ。女神の話がここで出てくるとは予想外にもほどがある。


「この前会った時は元気そうだったよ。というかあいつが元気じゃないとこは俺は見たことが無い」

「そうか、そうか」

 ドニテルベシュクは、そう言って笑った。


「ドニテルベシュクは、魔族ってことでいいのか?」

「その呼び名は、女神から言われているような気がするな。

 まあ、そういう定義の仕方もあるだろう。魔族と呼ばれていた時間は確かに長いので間違いではない」 


 その時、俺達が来た方向から反応。人が三名。

「おっと、邪魔が入ったようだ。残念だが私は行くよ。シュン、そしてエリーゼ、またいつか会おう」


 そう言うとドニテルベシュクは、かなりの速さで奴が来た方へ床の上を滑るようにして消えていった。



 気が付いたら、俺は汗びっしょり。エリーゼは顔が真っ青だった。

「エリーゼも一緒に掛けるよ、クリーン」


 取り敢えず少し落ち着いてきたので、俺達は階段の方からすぐ近くまで来ていた三人の方へ眼を向けた。

「やっぱり、アルヴィースのお二人さんだったのね」

「こんちは」

「どうも~」


 昨夜、安全地帯で相部屋となった女性三人である。


「どうも、お疲れさまです」

「お疲れさまです」

 エリーゼも一応挨拶している。

 

 俺は、やっぱり、の意味が分からないのでそこはスルーした。


「ボス部屋通ったんですね。二人だけで」

「はあ、まあ…」



「シュン、ちょっと安全地帯に戻ろ」

 話に割って入るようにしてエリーゼが俺にそう言う。


「うん、まだ顔色悪そうだな。戻ろうか」

 俺も三人に聞こえるようにそう言った。


 じゃあ失礼します、と歩き始めた俺達の背中に、三人の中のリーダー格の女性が言ってくる。

「なにか気に触ったんだったらゴメン。でも私達は、アルヴィースのように成果を上げたいと思っていて、昨夜から少し話してみたいと思っていたんだ。街で会ったらお詫びに何かご馳走するから」


 俺とエリーゼは、その声には頭を下げるだけで応じた。

 正直、並列思考の癖に頭の中はドニテルベシュクのことばかりで、彼女たちのことを気にしている余裕が無かった。エリーゼも同じだったと思う。


 すぐに階段を上がって、安全地帯まで着いた。

「魔族か…」

「怖かった…」


 俺はエリーゼを抱き寄せて、その身体を温めるようにして抱き締めた。

「俺が付いてるから、大丈夫だ」

「うん」

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