第64話

 諸説はあれど大多数の研究者は言う。ダンジョンは、ダンジョン自身の中へ人が入ることを望んでいると。人を誘うためにアイテムを生成し経験値や素材の為の魔物を産み出していると。


 では、ダンジョンは人に何を求めているのか。人の肉体や魔力を欲している、生命力を欲している、人の感情そのものを…。様々な憶測はされているものの真相はまだ解明されていない。



 フレイヤさんに、男性職員と共に今回の報告を済ませた。そしてマジックバッグを引き渡す。国宝級である。何度も言うが、国宝級…。俺のより出来は良くないけど。


 なんて思ってた訳ではないのだが、フレイヤさんの目が笑ってる気がした。


「シュン君と楽しくお話ししていたいのだけど、そうも言ってられないわね」


 そう言いながらもフレイヤさんは俺とエリーゼの体調や資金の事などの心配を口にするが、俺達の問題ないという言葉を受けると、男性職員と俺達に言った。


「エルンスト氏と代官、両方と会ってくるわ。その後でまた話しましょう」



 明日の昼までは動きはなさそうなので取り敢えず俺とエリーゼは宿に帰ることにするが、遠回りしてベルディッシュさんの店に寄って補充品などの購入。


「シュン。俺に話さなくていいが…。最近、ギルド中心に何か起きているのは何となく察している奴が多い」


「はい…、すみません」


「あ、謝るなよこら。俺が責めてるみたいじゃねえか…。ま、言いたいことは、気をつけろってことだ。金が絡むと、人は魔物よりたちが悪い」


「親父さんが言いたいことも、心配してくれてることも解ります」


「しっかり、エリーゼと自分を守れよ」



 ベルディッシュさんが情報通なのは知ってたけど、心配してる内容から考えても、もうそろそろ公開して管理体制を見せつけてしまわないとまずいレベルに来てるのかもしれない。それもあって、フレイヤさんは代官サイドとの協議に臨むんだろうな。

 国宝級のアイテムが第1階層で出たダンジョンなんて、国中から人が集まってもおかしくないだろうし。

 あ、でも。マジックバッグの事は最上級の極秘扱いのままという話だから、その心配はまだいいか。



 アリステリア王国内のダンジョンは、全て国が保有する形。名目上ダンジョンは国の直轄地的な扱いになる。その管理は、王国と王国から委託された冒険者ギルドが共同でそれを行う。実態としては、入場する冒険者の管理はギルドであり、ダンジョン入口とその周辺とそこに付随する公的施設の管理は王国となっている。

 また、領民への被害を防ぐ意味合いで対ダンジョン防衛についても王国の管理の範疇であり、責務である。


 王国側の実務を行うことになる領地内にダンジョンがある領主は、その王国側としての負担を強いられても尚、ダンジョンから得られる収益を見込んで積極的に関与する傾向がある。

 上手くいけばダンジョンによる経済効果、領民が増えることでの税収増など収益の大きさは破格なものとなるからだ。

 とは言え、ダンジョンはそれぞれ個性があり、その有益性は始まってみなければ判らないという面も持っている。


 期待外れの場合もあるという事。過剰となった投資の付けは領民に跳ね返る。

 また、逆に期待以上で、インフラ整備などが追い付かず人員も不足して管理が不十分だと、その結果無法地帯のようになってしまう懸念もある。


 だからこそ、現時点で適切な投入人員・投資規模はどの程度なのか。その判断材料を少しでも多くするべく、ギルドはダンジョンの調査を行っているということ。


 そして、今回の特有の懸念。

 ドリスダンジョンと接続している可能性が高く、その影響が全く読めないこと。

 ドリスダンジョンから魔物の流入が起きるのではないか。


 などなど。



 翌日、朝訓練と朝食の後、休みの日にいつもしてるように双頭龍の宿の食堂でエリーゼとまったり。こういう時間が実に幸せ。転移して良かったと思える。

 エリーゼはさり気なく、テーブルの上に置いたコップや食器の中に水を出してひたすら水をコントロールする訓練をしている。

 俺はそのエリーゼの魔力の流れを見ながら、自分の魔力操作などのいつもの訓練をしていた。


 ふと、目線だけを俺に向けて上げたエリーゼが言う。

「ねえシュン。以前フレイヤさんと魔力循環の訓練してたよね」

「あ…(ドキッ、忘れててほしいのに) ああ、あったな」


 内心ドキドキな俺。


「あれって、私とも出来る?」

「…(いやいやいや、無理っす、無理ですよ~してみたいけど、駄目、だーめー)」


「シュン?」

「あ、ごめん。やり方思い出してたんだけど、あれを俺からするってのは無理かな」


「そっか…、シュンと繋がってみたかったのにな」

「お、おぅ…、まあ、そのうちな」


 エリーゼちゃん、俺、そろそろ鼻血出していいですか。17歳の童貞の身体には、その攻撃、強力過ぎるんですけど。



 昼少し前に、ギルドの女性職員が宿に俺達を訪ねてきた。すぐにギルドへ来て欲しいと。


 急いでいる雰囲気なので、エリーゼに声をかけて準備を促す。


 エリーゼを待つ間にと、バッグから出したホットドッグを女性職員にも差し出しながら言う。

「何かあったみたいですね」

「はい、あまり待たせるのは良くないお客様なので」


 なるほど、代官サイドがいよいよ登場ってか。


 やはりバッグから出した冷たい紅茶を二人で飲み始めたら、エリーゼが階下へ降りてきた。「私にも~」と言うので、ホットドッグとお茶を出してやる。



 そして、急いでギルドへ向かう。


 ギルドまでの道を歩きながらふと空を見たら、ダンジョンの中で見た綺麗な空を思い出した。

 あの時。あの場所に居た皆が、それぞれ何かを思いながら空を見つめていたようだった。

 きつくて、臭くて、怖い嫌な思いもして。汚いものをたくさん見て。

 そんなことばかりのダンジョンが見せる、まやかしの空が心を揺さぶった。


 ダンジョンのあの空は、今見ている青空とはやはり異なる。

 似て非なるもの。この世界では非日常的なもの。


 けれど、俺は違和感を感じなかった。俺が見たかった空が、あそこダンジョンにはあった。



 あれは、日本の夏の空。

 夏休みに真っ黒に日焼けした。

 心地よい風に乗って、道場で剣を振っている声がかすかに聞こえる。

 蝉の鳴き声も聞こえている。

 青空を見上げるように、家のお縁に一緒に寝転がっていた。


 一緒に夏の空を見ていた、あれはいつの事だっただろう。



 ダンジョンで俺が見ているもの。このデルネベウムで俺が見ているもの。

 異世界、地球。共通点が多い。神の意志。神の選択。


 女神の寵愛とは。



(こういう時こそ、答えてくれよ)

 俺は、指輪にそう話しかけた。


 指輪は、ピクリとも動かなかった。

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