第95話 化け物は愛を求め彷徨う


 蘭の怒涛の説教は続き、俺と師匠はその間ずっと正座をさせられていた。

 洞窟の地面の上で正座、これは新しい拷問だ。足が痛すぎる。チラッと横目で師匠を見ると、うっ浮いてる!

剣を支えにして、地面に足が付かない様にしていやがる! ずるい!


「ちゃんと、正座をしてください」


 ふぎゃっ!! 左側に座っている師匠の周りが、急に重くなった。余波で、俺まで重いいいいい!

 勘弁してくれ! 俺は、なにもしてない! ちゃんと正座してるのにいい!


「これは、中々効くねえ……」


「ふぎぎぎ! 師匠のせいで、俺まで巻き添えにいいい!」


「あはは、修行だよ」


「絶対に修行、関係ないでしょーが!」


「はあ。もう良いです。それで葵、次は何の修行をするの?」


「フレアイグニッションだっけ? その技を自在に使えるまで、練習だよ。あっ蘭ちゃん、洋一君の重力はそのままね」


 この言葉から地獄は始まった。


 超重力の中、ひたすら刀を振るう。フレアイグニッションって叫びながら。中々、成功しない。


「フレアイグニッション! フレアイグニッション!」


 くそー! なんで、でないんだよ! もう体感で、2時間以上やってるぞ! 声が枯れるわ!


「洋一君、力の使い方がわからないのかな? 丹田って言ってわかるかな? 臍の下辺りなんだけど。そこに力を集中させるイメージだよ。わかるかな?」


 一度座って見る。胡座をかき、集中をする。お腹の辺りから、変な違和感を感じる。


「うん? なんか変な感じがするな」


 お腹の中が、グルグルと動く様な変な感じがする。腹が熱い……。力が溢れてくる。


「洋一君! 凄いね、才能あるよ。そのまま、立ち上がって刀を構えるんだ」


「はい!」


 身体から、紅い力が溢れてくる。刀を構える、いつもの八相の構え。


「フレアイグニッション!」


 八相の構えから、刀を振り下ろす。紅い炎の斬撃が飛ぶ。

 ガガガガガガガガガと音を立てながら、斬撃が壁にぶち当たる。

 爆音が洞窟内に響く。


「ほぎゃ!」


「洋一、凄い威力だね」


 あわわわわ、こんな威力だとは思わなかったよ。強過ぎる、これじゃ益々化け物だな……。


「うんうん。びっくりしたなーもう。威力強過ぎて、試練のキューブが壊れちゃったよ」


「「え?」」


「本当は、雷の精霊ちゃんの変化が終わるまでは、外に出ないつもりだったけど仕方ないよね」


 師匠が、ぱちんと指を鳴らすと視界が切り替わり外に出される。


「修行は、終わりましたか?」


 アーレイの義母さんが、目の前にいる。


「いやー。新技試したら、修行のキューブが壊れちゃいまして……ははは」


 アーレイの姿は、見当たらない。そりゃ、化け物とは会いたくないわな。心か締め付けられるみたいだ……。


「アーレイの事は、大変申し訳ありませんでした。悪気はないのですが、アーレイは父母の事で邪神の事を大変恐れているのです。ですからその……」


「いや、大丈夫ですよ。こー言うのは慣れてますから」


 アーレイのお母さんが、俺の側に来た。


「失礼しますね」


 アーレイのお母さんが、俺を抱き締める。


「貴方は、貴方は、アーレイに良く似ています。貴方も父母の愛を、余り知らないのではないですか? 貴方の本当のお歳が、私には見えません。貴方はきっと人より、我慢して生きてきたのではありませんか?」


 言葉が、温もりが伝わってくる。心の中に響いてくる。


「いや、まあ俺はその」


 言葉がうまくでない。


「きっと、貴方が歳上の女性を求めるのは、母の愛に飢えているからではないですか? 頻繁に家族と言う言葉を使うのは、家族の愛を求めているのではないですか?」


 俺が……壊してしまった家族。


「俺は、俺は……」


 最後に会った、母の顔が頭を過ぎる。罵倒され、泣き喚く姿を……。


「仮初めです、一時では有りますが。私の胸を貸しましょう。貴方のざわついた心を、落ち着かせましょう。貴方の力は……貴方の心の闇に反応しているようです。闇を取り払うことは、私には出来ませんが……」


 アーレイのお母さんの抱き締める力が強くなる。


「今は泣きなさい。ゆっくりと吐き出しなさい、大丈夫。蘭ちゃんや葵様がいる事を、意識しなさい。貴方は、この世界で、一人ではないのですから」


 俺はしばらく、アーレイのお母さんの胸で泣いた。感情がぐちゃぐちゃになり、言葉が出てこない。


「蘭ちゃん、洋一君のご家族って」


「師匠である叔父さん以外は、いません。父親の話は、私も聞いた事がありませんので生死はわかりません。洋一も話すのを避けているみたいですし」


「成る程ね。闇があるからこそ、邪神の因子に乗っ取られやすいのか。うーん、心の問題は難しいね〜」


「私は、なにもできない。アーレイのお母さんの様に、感情を上手く吐き出させてあげられない。側にいるだけしかできない……。悔しいなあ」


「側にいてあげる事が、大事だと思うよ?」


 葵の言葉に、静かに耳を傾ける蘭。


「僕は、側にいてあげられなかったからね。今じゃ、地球の僕の家族も、どうなっているかもわからないし」


「葵はいつから異世界に?」


「んー9年くらいかな」


 さらっと言った葵だが、苦笑いをしていた。


「長いですね……」


「まあ僕よりも、洋一君の方が問題さ。心の闇は誰にでもある。洋一君の場合は、邪神の因子が否応無しに関係してしまう。呑まれたら最後、斬り捨てなきゃいけなくなる。そんなのは嫌でしょ?」


「それは……」

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