第99話 日時業務
「西マネージャー? 日曜の件で打ち合わせをしたいんですけどぉ、時間とってもらえませんかぁ?」
織姫の作った明日の企画営業との打ち合わせ資料を確認していると、真梨ちゃんがスッと隣にやってきて耳打ちしてきた。キョロキョロと周りを見渡す仕草に、織姫の目を盗んできたことがわかる。
「ん、いいよ。あと30分待ってもらえるか? 用意ができ次第、声かけるよ」
「は〜い。ではぁ、お待ちしておりますぅ」
ふにゃっと敬礼しながら席に戻った真梨ちゃんは、席に着くとキーボードをカタカタと打ち出した。
『ピロロン』
目の前のPCからメール着信を知らせが届く。
「ん?」
送り主は真梨ちゃん。
『今晩、久しぶりにどうですか?』
せめてスマホのメッセージで送ってきなさいと思い、受信メールを削除してスマホから返事をした。
『いいよ。詳しいことはメッセージでやり取りしよう』
メッセージを送信したところで織姫が戻ってきて、席に座るかと思いきや俺のところまでやってきた。
「西マネージャー、この後、明日の打ち合わせお願いします」
織姫はこの辺の分別はしっかりつけてくる。でもこの後はな〜、タイミングの悪いやつめ。
「わりぃ、この後は真梨ちゃんと日曜の打ち合わせがあるからその後でいいか?」
真梨ちゃんとの打ち合わせは、これまでにも何度か重ねてきているので、今日は最終確認だけのはずだからそんなに時間はかからないはずだ。
「じゃあ、それで。終わったら声かけてね」
ふうと息を吐きながら席に戻っていく織姫の向こう側に、笑顔で小さく手を振る真梨ちゃんの姿が写った。
「勝ちました」とでも言わんばかりの笑顔に、少々頭が痛くなる。
「全く、近ごろの若い子……っと」
やばいやばい。俺もとうとうこのセリフを言う日が来たか。まだまだ自分では若いつもりだし、世間からみれば若僧に違いない。
先輩たちが俺たちの年代に感じたように、俺たちもまた若い年代に違和感を感じるようになっている。
周りの連中も結婚し、子育て中のやつが増えてきた。現に俺もおじさんだ。
妹の静の娘、つまり俺の姪っ子は今年2才になる西家の天使だ。まあ、実際には唐草家のなんだけどな。
俺はこの姪っ子の
「西マネージャー? ニヤケ顔で若干気持ち悪いですぅ。また待ち受けの姪っ子ちゃんの写真見てるんですか? そんなに子どもが欲しいならぁ、私が西マネージャーの子ども産んじゃいますよ?」
画面のちーの頭上に表示されている時刻を見ると、真梨ちゃんに告げた30分はとっくに過ぎてしまっていた。
「っと、悪い。じゃあ、どこでやる?」
子どもうんぬんの話は真梨ちゃんの背後にいた織姫の般若のような表情が怖かったのでスルーすることにした。
「2階オープンスペースでいいんじゃないでしょうかぁ」
「ん、じゃあ行くか」
タブレットを持って2階まで下りて行くと、足長の丸テーブルが置かれただけのオープンスペースで、数組が打ち合わせをしている最中だった。
「よしっ、じゃあはじめるか。とりあえずパワーポイントで頭から通してみようか?」
「りょうかいですぅ」
マイブームなのだろうか? 先程同様にふにゃっと敬礼をすると、隣にきて肩がくっつくくらいに身体を寄せてきた。
「でわでわ、いきます〜」
軽いノリで始まったプレゼンだったが、中身はポイントをしっかりと捉えた及第点をあげれるレベルの仕上がりだった。
「OK、多少拙い部分もあるが今回はこれでいこう。日曜日、うまくいったら晩飯に焼肉でもいこうか?」
「やった〜! と、言いたいところですがぁ、西マネージャー、何か忘れてませんかぁ? 今度の日曜日はぁ、きーちゃんの結婚式ですよ?」
「はぁ? いやいや、結婚式って再来週だったよな?」
スマホでスケジュールを確認すると、日曜日には打ち合わせと、重なるように結婚式の文字が見えていた。
「しまった! 今度の日曜日だったか! って真梨ちゃんも呼ばれてるんだろ?」
「私はぁ、二次会からですよ? 西マネージャーは人前式からじゃないんですか?」
新郎側の友人として招待されている俺は最初の人前式から出て欲しいと言われて、再来週は有休を申請してある。
「やっちまったな〜、最近はプライベートでの予定があまりなかったから勘違いしたままスケジュール確認するのを忘れてた。わるい、ちょっとだけ電話してくる」
一旦席を外して新郎に連絡をいれると、ため息をつきながらも二次会からの参加で了承してもらえた。本当に申し訳ない。
「どうでしたかぁ?」
オープンスペースに戻ると真梨ちゃんがテーブルの上に突っ伏して顔だけ上げて聞いてきた。上半身がテーブルに乗っているので、大きな胸が潰れてボディラインからはみ出している。
「まあ、なんとか。ご祝儀だけ先に静に持っていってもらうか」
「なんかぁ、兄妹で新郎新婦別々から招待されてるのって〜すごいですよねぇ」
「だな。さてと、これで日曜日の準備はOKだな。真梨ちゃん悪いんだけど、俺ここにいるから織姫を……、ってこらこら。仕事中だからやめなさい」
入れ替わりで織姫を呼んできてもらおうと思ったら、自然な動きでスッと抱きついてきた。
「仕事終わったらぁ、一生で待ってるので、来てくださいね?」
顔を近づけ、耳元で小悪魔に囁かれる。
「……了解。ところで、織姫呼んでもらう件だけど、もう必要ないぞ」
首に巻きついている真梨ちゃんの腕を解きながらスッと腕を上げて、真梨ちゃんの背後を指差す。
「あ〜〜〜、つけられてましたかぁ。デスクに戻るの怖いですぅ」
俺も同意見だよ。
柱の影からこちらの様子を伺っている織姫の背後からは真っ黒なオーラが見えそうだった。
「うっ! うん! そろそろかなって思って下りてきてみたら、捨て置けない状況を見せてもらっちゃったわね。陣? こういうのは上司でもあり、年上でもあるあなたがしっかりしないとダメっしょ?」
俺の顔を見上げながら織姫がグイグイとつめよってくる。
「お、おう」
謎の圧力に気圧される。
「じゃあ、打ち合わせ終わったら反省会ね。たまにはバルでも行きましょう」
有無を言わさぬまま打ち合わせに突入し、要領よく済ませると、定時のチャイムが鳴りそのまま織姫に連行されてしまった。
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