第79話 逢瀬

 現在の時刻は14時15分。

途中、道の駅に寄り昼食にそばと五平餅を堪能し、ついでに買い物までしてしまったが思ったより早く旅館に着いてしまった。


「15時過ぎに着く予定だったんだけどなぁ」


「運転お疲れ様。チェックインできるんでしょ? 部屋でまったりしようよ」


 うれしそうに俺の腕に抱きついてる紫穂里は、学生時代のように甘えてきている。

4月から半年間、会うこともままならない状態が続きストレスも溜まっていただろう。

 学生の俺とは違い新しい環境で頑張っていた紫穂里は、俺とは比べものにならないくらい……。だから、この旅行くらいは紫穂里の好きなようにさせてあげないとな。


 旅館の入り口へと続く石畳の両側には、紅葉には少し早い銀杏の緑の葉が静寂を演出してくれている。


「いらっしゃいませ」


 大正浪漫を思わせるロビーにはクラッシックが流れ、奥には趣きのある書庫まで併設されている。


「予約している西です」


 笑顔で出迎えてくれたスタッフさんに名前を伝えると、宿泊者名簿を出された。


「西様ですね。こちらにお名前のご記入をお願いします」


 自分の名前を記名し、紫穂里に渡すと

「  紫穂里」と敢えて空白を開けて記名した。「西」や「〃」と書くと明らかな嘘になってしまうが、空白ならば指摘されたときに記入すればいいと思ったのだろう。

 

「ありがとうございます。それではお部屋にご案内させていただきます」


 スタッフさんの先導で部屋に案内された俺たちは、扉が開かれるとしばらく唖然としてしまっていた。

 

 開放感溢れる和洋室のツインルームは「月光」という名前がつけられており、広々とした和室やキッチンまで併設されている。そして極め付けは中庭が望めるガーデンバス。


「こちらがカードキーでごさいます。なにかございましたら受付までご連絡下さい」


 スタッフさんが退出すると、紫穂里が袖をクイクイっと引っ張り苦笑いを浮かべている。


「ねぇ陣くん? ネットで見た部屋と違うような気がするのは気のせいかな?」


 さすがに気づくよな。


 2人で決めた部屋はもう少し質素な感じの部屋だったはずで、いまいる「月光」はスイートルーム。この部屋素敵! と紫穂里がはしゃいでたので予約するときにこっそりと変更しておいた。さっかくだからね。もちろん紫穂里が年上だろうと、社会人だろうと俺が勝手にやったことなので支払いをさせるつもりはない。とは言っても高速代は紫穂里が出してくれたので持ちつ持たれつと言うことで。


「最近デートらしいデートできてなかったから金の使い道がなかったんだよ。それに、久しぶりだから最高のロケーションで思い出作りたいだろ?」


「ふぇっ? ちょっ! も、もう陣くんってば、え、えっちなんだから」


 俺としてはだけを指して言ったわけじゃないんだけど?


「さて、晩ご飯は18時30分だっけ? それまでどうする?」


 1人であたふたしている紫穂里の頭をポンッと叩いて現実に引き戻すと、両手をいっぱいに広げてから勢いよく抱きついてきた。


「そうだね〜。ご飯の前に街の散策と大浴場に入りたいかな? 室内風呂は寝る前に入ろうね。一緒に! でも、とりあえずは少しイチャイチャしたいです」


「時間なくならないように気をつけような」


「あはははは、なくなったらなくなったでしょうがないってことにしよ?」


 紫穂里をギュッと抱きしめながら、それもそうかと思いキスをした。


♢♢♢♢♢


 お互いに自制をした結果、1時間は街歩きの時間にあてることができた。

 しばらく時間、お互いを確かめ合った俺たちは、大浴場で日頃の疲れを癒し外歩き用の浴衣で街歩きに赴いた。


「……陣くん」


「どうした?」


「あのね。甘い誘惑がいっぱいなのに夕飯が気になって何も食べれない! 順番間違えたかも」


 それは俺も薄々感じていた。


「仕方ない。晩ご飯の後に出直すか」


 回り道というわけではないが、たまにはという選択肢も必要なんだろうな。


 普段は紫穂里も俺も前だけを見つめて歩いてる感がある。頑張らなきゃという思いが強く気持ちに余裕がなくなっているのかも。


「うん。出直しっていうとマイナスっぽいけど、2回もお出かけできると思うとお得感があるね」


 屈託のない笑顔の紫穂里につい見惚れてしまう。見慣れているはずの表情なのに、俺は何度でも紫穂里に惚れ直すんだろうな。


 部屋に戻るとすでに料理が配膳されており、俺たちは掘りごたつのような長いローテーブルに並んで座った。


「豪華だね!」


 メニューには地元産の山菜や飛騨牛を使った懐石料理と説明されている。


「だね。いただきます」


 飛騨牛のカルパッチョを口の中に入れて咀嚼する。


 うん、まあ、おいしいかな。


 隣の紫穂里を見ると満足気な表情をしてくれている。よく考えると横並びで食べるのって久しぶりかも。高校時代はベンチに座って食べてたけど、大学ではベンチで食べる機会はなかったもんな。


「なあ、紫穂里」


「んっ?」


「確かにおいしいんだけどさ。やっぱり紫穂里の手料理が食べたいな」


 本心からそう思った。

滅多に食べれないような食材である必要はない。ただ日常で紫穂里の作ってくれた料理を一緒に食べれることがどれだけ幸せなことなのか。


「ありがとうね。お世辞でも……、ううん。陣くんはそんなお世辞言わないもんね。……結婚したら毎日作ってあげるからね」


 コテンと倒した紫穂里の頭が俺の肩に乗る。紫穂里が本心からそう思ってくれてることはわかっている。だから俺は頑張らなきゃならない。


「楽しみだな。その時はちゃんと「西」って書こうな」


「……うん」


 頬を染めながら小さく頭を下げた紫穂里。その時はまたここにこような。


♢♢♢♢♢


 食事を終えた俺たちは、再度街歩きに出かけた。

 辺りはすっかりと暗くなり、街灯の明かりが俺たちを照らしてくれている。食後ということもあり、もうお腹には何も入らないと思っていたが、紫穂里により別腹なるものを体験させられた。


「これだけ食べても太らないもんな紫穂里。静に言ったら非難轟々だと思うぞ」


 風呂上りには毎日のように体重計と格闘している我が家の妹。俺から言わせれば気にする必要ないレベルなんだけどな。


「最近、ちゃんと食べれてない……あっ!? っと。さて、次は何を———」


 ご飯はしっかり食べなさいと母親のように言ってたのはどこの誰だったかな?


「……忙しくてもしっかり食べなさい。って昔、誰かさんに言われたんだけど」


 紫穂里にジトっとした眼差しを向けると、バツが悪そうに顔を背けた。


「あっ、っと。……うん、そうだね」


「……お仕置きが必要だな」


 ジェラートを食べている紫穂里の手が止まり、引きつった表情を浮かべている。


「お、お仕置きって?」


「さて、どんなお仕置きだろうな?」


 ジェラートを落とさないようにしながら両手で自分の身体を守る仕草をする紫穂里。


「あれっ? お触り禁止?」


 イタズラっぽく紫穂里の顔を覗き込むと、ジェラートをスプーンですくい俺の口に放り込んできた。


「お、お手柔らかに、ね?」


♢♢♢♢♢


 部屋に戻った俺たちはお待ちかねのガーデンバスに入ることにした。


「入るまでは目をギュッとしててね」


 これまでにも何度も紫穂里の裸はお目にかかっているが、いまだに恥じらいを持ってくれているのはうれしい。


「はいはい」


 背中を向けて浴槽に身体を沈めた紫穂里は、俺の足の間に座り背中を預けてきた。


「ん〜、気持ちいいね」


 湯加減のことを言っているのはわかってはいるが、俺には他にも気持ちいいものが存在していた。


 両手を紫穂里のお腹に回してグッッと引き寄せる。


「一緒に入るのも久しぶりだな。……って、ギリギリアウトだな」


「な、なにがかな?」


 紫穂里の明らかな動揺。

なぜ俺が紫穂里のお腹を両手で抱きしめてるか。


「痩せただろ? ちゃんと食べるって約束したのに」


 なにかに集中すると他ごとに手が回らなくなる紫穂里。いまは仕事のことで頭がいっぱいで食事を抜くこともしばしば。


「や、約束してからはちゃんと食べてるもん。その、まだ戻ってないだけだから。ちゃんと約束は守ってるよ?」


 後ろを振り返り、焦った表情で見上げてくる紫穂里。


「さっきはちゃんと食べてたけどな。とりあえずは保留ってことにしておくよ」


 ホッとした紫穂里は正面から抱きついてくる。 


「陣くんとの約束だもん。ちゃんと食べてます。でもすぐに戻るとは限らないから、ね?」


「まあ、そうなんだけどな」


 紫穂里を抱きしめたままコツンとオデコをぶつけ、至近距離から顔色を確認する。

 確かに、少し前まであったくまはなく、アゴのラインも女性らしい丸みが戻ってきている気がする。


「紫穂里はすぐに無茶するからな。ずっと側に見ててやらないと、な?」


「……そんなこと言われると、安定した生活なんてできないね」


「なにもなくても一緒だぞ?」


「うん。陣くんの体調管理は任せて」


「まずは自分の体調管理からな」


 紫穂里のしっとりとした髪を撫でると、幸せそうな表情を見せながらキスをしてきた。


「うん。ずっと、ずっとずっとずっとず〜〜〜っと! 一緒にいられるように、ね?」


♢♢♢♢♢


 風呂を出て身体を拭いた紫穂里は、そのままの格好でそそくさとベッドに入り込み、目から上だけを掛け布団から覗かせていた。

 俺もベッドにいき、布団の上から紫穂里を覗き込むと、掛け布団を少し下げて目を閉じた。


『チュッ』


 わざと音を立てて軽くキスをすると、紫穂里を残してキッチンでグラスを取り、冷蔵庫から取り出した氷をカランカランと放り込んだ。おまけで一つ、俺の口の中に放り込む。


「?」


 そんな俺の行動を不思議そうに見つめてる紫穂里。後は洗面所からタオルを持ち出してベッド横のサイドテーブルに置いた。


 氷のせいで膨らんでいる頬を楽しそうに突っつく紫穂里。


「ふふっ、固いね」


 まだ大きいからな。

冷凍庫には丸い氷と製氷皿から取り出したであろう台形の2種類の氷が用意されていた。


 うん、頃合いだな。


 口の中の氷がなくなり準備万端。


 紫穂里の待つベッドに入り、そのままキスをする……フリをして、首筋に舌を這わす。


「ひゃっ!」


 予想外の行動と冷たさに思わず悲鳴を上げる紫穂里。お構いなしに唇で紫穂里の顔に触れていく。


 さすがに効果は短いか。


 氷で冷えてたのはほんの数秒の間だけだったので、軽いキスから濃厚なキスへと移行しながら右手をグラスに伸ばして丸い氷を手に取る。


「んっ! ひゃっ! ちょ! ちょっと! 陣くん。ちべたいよ!」


 丸い氷を手に、紫穂里の身体の上に滑らせていく。初めは冷たさだけだったのが、紫穂里の膨らみの頂点でクルクルと周回させると、甘い吐息に変わってきていた。


「はぁ、うっん、うぅぅん。ちょ! あっ! もう、陣くんの……あっ、うん、え、……えっちぃ」


 時折、タオルで濡れた身体を拭きながら氷で火照った身体を冷やしていくと、すでに我慢の限界に達した紫穂里がジト目を向けてくる。


「……陣くん?」


「んっ。わかった」


 まだ濡れてる部分はあるが、そこはそのままに。紫穂里に身体を重ねて朝まで存在を感じ続けた。





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