第67話 証
「見合い?」
明らかに不機嫌な俺の声色に紫穂里の表情が曇る。
紫穂里に対して憤りを感じているわけではない。『お見合い』というフレーズに対して憤りを感じている。紫穂里の両親、主にお母さんにはいまでも良くしてもらっている。お父さんは……、まあ、お母さんの言いなりだな。おじいさん、おばあさんには挨拶させてもらった程度だ。
紫穂里から視線を外して考え込んでいると、紫穂里が繋いだ手を一層強く握りしめてきた。
「もちろん、断ったよ。私には心に決めた
俺の反応が気になったのか、紫穂里が話の途中で押し黙った。
俺はいまどんな顔をしてる?
紫穂里との結婚は強く意識してる。大学生になってからは特に。だから、紫穂里が家業を継ぐことも理解している。それでも俺が紫穂里の会社に入るという選択肢は考えていなかった。
「それに?」
黙り込んでしまった紫穂里に話の続きを促すと、キュッと瞳を閉じた紫穂里が唇を震わせながらも、はっきりとした口調で俺に意思を伝えてきた。
「わ、私は、陣くん以外の人と一緒になんてなりたくないの。私の全ては陣くんのものなの! だから、だから、ね? 離さないで……。絶対にこの手を離さないで」
最後まで言い終えた紫穂里は、俯きながらも俺の手をしっかりと握りしめていた。不安そうな表情のその瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。
もちろん、自分から紫穂里の手を離すことなんて有り得ない。俺の将来に紫穂里がいないなんてことは考えたことがない。紫穂里も同じことを思ってくれているのだろうな。
紫穂里の両手に包み込まれている手を離して、片方は紫穂里の背中に、片方は膝裏に回してお姫様抱っこをする。
「ふぇ?」
突然のことに狼狽えている紫穂里をベッドに放り投げて、その上に覆い被さる。
「じ、陣くん?」
両手を伸ばして俺を止めようとする紫穂里。しかし、俺はその両手を片手で拘束して自由を奪った。
「なっ! ど、どうしたの? なに? 陣くん、やっぱり怒ってるの?」
身動きのできない紫穂里の様子を伺いながらゆっくりと服を脱がせていく。
オロオロしてるだけで嫌がってはいないな。
「ね、ねぇ、陣くん。いったいどうし、んっ! んぅぅん」
♢♢♢♢♢
「あぁぁぁぁ〜、えっ? え〜、ど、どうしよう〜」
シャワーを終えた紫穂里が盛大にため息を漏らしている。まあ、鏡を見て気付いたんだろうな。
「ね、ねぇ〜、陣くん。これコンシーラーで隠せるかな?」
文句を言わないところが紫穂里らしいな。
ちょっとしたイタズラ心から、いつも以上に激しくした結果、紫穂里の首には無数のキスマークが付いている。
「へぇ〜、隠すんだ。ふ〜ん。みんなにアピールするためにつけたのになぁ」
少しいじけた感じで言うと、洗面所から紫穂里の戸惑いの声が聞こえてきた。
「あっ、えっ? でも、あっ、あのね、陣くん。そのやっぱりね? 恥ずかしい、よ?」
次第に小さくなっていく紫穂里の声。まあ、恥ずかしいレベルのキスマークがついているのはわかるけどな? 見合い話がショックだったのも確かなわけで。ちょっとした自己満足というか、すぐにわかる方法で紫穂里が俺のものだっていう証が欲しかったんだろうな。まあ、その結果、紫穂里を困らせてるんだけどな。
「紫穂里」
ベッドに座ったまま洗面所に呼びかけると、バスタオルを巻いたままの紫穂里がひょこっと顔を覗かした。
「は、はい」
緊張ぎみの紫穂里に両手を広げると、パッと笑顔になり俺に飛びついてきた。
「あ、あのね陣くん。気分を悪くさせちゃったことは謝るけどね? さすがにこれはやりすぎじゃない、かな?」
首をさする紫穂里の右手を掴み引き寄せると、そのままギュッと抱きしめた。
「それは紫穂里への愛の大きさだと思って諦めてくれ。それでも全然足りないくらいだぞ?」
紫穂里の引きつった顔を見て、思わず苦笑いしてしまう。
「……う、うん。それはね? うれしいよ? ありがとうね。でも、ね? ちゃんと私には伝わってるからね。その大丈夫だよ?」
紫穂里に伝わってなければ大問題だよ。
「あのね紫穂里。今回の場合はな? 紫穂里じゃなくて他の人に知らしめなきゃいけないわけ。紫穂里は俺のものなんだってね? だから手を出すなってね」
もちろんそれは紫穂里の両親であってもだ。
「私だって、陣くんだけなんだから」
スッと近づいてきた紫穂里が首元目掛けて距離を詰めてくる。
『チュッ』
「ふっ?」
恨めしそうに俺の顔を見る紫穂里。一瞬、笑顔を見せたかと思うと両手で俺の身体を押さえ込んで首元を狙ってきた。
『チュッ』
「……」
首筋を狙った紫穂里の唇を、自分の唇でブロックする。スッと距離を取る紫穂里。その表情は無表情。
「……陣くん? おとなしくキスマークつけさせなさい!」
『チュッ』
『チュッ』
『チュッ』
何度、紫穂里がせまってきてもオレは唇で応戦。10分以上の格闘を繰り広げた結果、涙目になった紫穂里に同情してしまい好きなようにさせてあけた。その結果は俺の首にある2つのキスマーク。発端が紫穂里の側にあるため遠慮したのだろう。
♢♢♢♢♢
「はぁ」
その夜。紫穂里を胸に抱いたまま思うのは今後のこと。
お父さんに結婚を反対されることは想定内。それにおじいさん、おばあさんも加わってしまった。
しかも、会社絡みということであれば親戚一同から反対されることもあるわけだ。
「陣くん? ひょっとしてお見合いのこと考えてる?」
もそもそと上に移動してきた紫穂里と視線が重なる。
「まあ、な。遅かれ早かれ将来的にはブチ当たる問題だからな」
結論は出てる。俺がしないといけないことは紫穂里の隣に並んでも恥ずかしくないほどの社会的地位を手に入れること。だから、今の時点で見合い話がでてしまうと正直、分が悪い。
『チュッ』
不意に唇に感じる柔らかい感触。
「ふふふ。あのね? 不謹慎だってのは百も承知なんだけどね、陣くんがそうやって私との将来を真剣に考えてくれてるのがすごくうれしい。だからね?」
覆い被さるように紫穂里がギュッと抱きついてくる。
「好きにしてくれて、いいよ? 私は陣くんのものなんだから」
キスマークなんかよりも、強い証があったんだな。
高校時代から一途に想い続けてくれた紫穂里。その想いこそが、俺への愛の証なんだと思い知らされた。
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