第41話 拗れる

「どうぞ」


 ベンチに座る紫穂里に自販機で買ってきたペットボトルの紅茶を手渡した。


「ありがとう」


 両手で受け取った紫穂里はフタを開けることをせずに膝の上に置いた。

 

 時折吹く風が紫穂里の髪を揺らしている。茜色に染まる公園のベンチに座る紫穂里はひどく儚くみえる。


「それで、話ってなんですか?」


 俯いて落ち着かない様子の紫穂里に話を促すと、ゆっくりと顔を上げて前を向いたまま話し始めた。


「うん。あの、華ちゃんから聞いたんだけど今朝、京極さんと学校に来たって」


 ゆっくりと、小さくなっていくその声は何かに怯えているようで。表情を見なくても想像できるくらいだった。


「……たまたま一緒になっただけですよ」


 まさか華さん、元サヤとか言ってないよな?


「そ、そっか……、じゃあね、どうしてそんな話し方なの?どうして一緒に帰れないの?私のこと、嫌になっちゃった?」


肩を震わせ、涙声の紫穂里を前にして俺は想像以上の罪悪感に苛まれた。


「いや、そんなことはないっすよ。言葉使いはけじめというか、まあ、後輩なんで」


 こんな話で、はいそうですかと済むわけもなく、顔を上げた紫穂里は目の縁に涙を溜めたまま俺を睨みつけてきた。


「嫌いになったならはっきり言って!」


 両手で俺の肩を押さえつけてきた紫穂里は耐えられなくなったらしく、感情を爆発させた。


「わかった。全部話すから落ち着いてくれる?とりあえず、紫穂里を嫌いにはなってないから。まあ、俺がこれから嫌われるんだと思うよ」


 紫穂里の両手を膝の上に戻して視線を合わす。まだ涙は流れたままだが、その表情は戸惑いの色を隠せない。


「実はね?—」


 俺は妙とのことを正直に話した。もちろん相手の名前や関係性は話してない。それでも「どうして」と「どうした」はしっかりと話した。


 俯きながら黙って聞いている紫穂里。


「—と言うこと。紫穂里には受け入れられない話かなと思う」


 一途に好意を向けていてくれた紫穂里としては裏切られたと思うだろう。自分の想像していた俺じゃないと。それでも俺はあの時の妙を見過ごすわけにはいかなかった。 


 あたりはすっかりと暗くなってしまい、公園の街灯が俺たちを照らしていてくれていた。


 どれくらいの静寂が流れただろうか。

紫穂里が呟くように口を開いた。


「……その人と、付き合うの?」


 怯えるような眼差しを俺に向けている。


「いや、同情で付き合って欲しくないと言われたから。俺があいつじゃなきゃだめだと思ったら告白してくれって」


「……そう、あの、その可能性はあるの?」


「どうか、な?……でも、ないとはいいきれない」


 現状ではないに等しいと思う。

仮にそれが実現するとしても、10年?それ以上かかるかもしれない。


「……うん、わかった」


 俯いた紫穂里の表情は街灯の光の影となり窺い知れない。


「……送るよ」


 これ以上話すことはないだろうと俺はベンチを立った。しかし、隣の紫穂里は動く気配がない。

 

「紫穂里?」


 俺に送られるのが嫌なのだろうか?それはそれで仕方ないのだが……。

 さすがに1人で帰ってもらうわけにはいかないので、俺はスマホを鞄から出し友利に電話をかけようとすると、下から紫穂里の手が伸びてきた。


「大丈夫、一人で帰れるから」


「いや、でも」


 すでに20時を過ぎて、あたりは暗くなっている。


「一人で考えたいから、だから


 ぎこちない笑顔を残して走り去っていく紫穂里を、俺は追いかけることができなかった。


♢♢♢♢♢


 家に帰ると玄関で静が仁王立ちで出迎えてくれた。


「お帰りお兄ちゃん」


 こめかみがヒクヒクと動いてるように見えるのは気のせいだろうか?


「ただいま」


 ニッコリと笑いかけて横を擦り抜け—ることは許されるず、なぜか自分の部屋に連行されて行った。


「勝手に入るなよ」


 聞く耳は持っていないだろうけど、一応注意をしておく。


「座って」


 やはり聞いてない。


「なんだよ。さっさと飯食いたいんだけど」


 ブレザーをハンガーに掛けてワイシャツの袖をまくり椅子に腰掛けた。


「さっきまでつむつむが来てた」


「そうか」


 理由は紫穂里と同じだろう。


「お兄ちゃんと話がしたいって。明日は一緒に登校してあげて」


 朝か、さすがに朝話すような内容ではないだろう。


「朝はちょっとな。明後日の夜か電話だな」


 静は少し首を傾げてため息をついた。俺尋問されてるみたいだな。


「お兄ちゃん、何が原因かはわかってるよね?それなら電話はないんじゃない?」


「言いたいことはわからなくもないけどな?俺とつむつむは付き合ってるわけじゃないんだぞ?」


「それは……そうだけど、だからって女の子を泣かしていいわけじゃないでしょ?」


 そうか、つむつむを泣かせてしまったか。遅かれ早かれくるべき未来だったかもしれない。いっそのこと、このままの方がつむつむにとってはいいのか?


「なあ静」


「何?」


「例えば俺が真剣につむつむに告白されて断った時、お前は俺を責めるか?」


「……それは、責めれないよ」


 だよな。


「でもね、いまは状況が違うでしょ?だからね説明だけでもしてあげて欲しいの。知ってるお兄ちゃん。あのバカップルが復活したって言われてるの」


 またその話か。


「たまたま一緒になっただけだぞ。それに朝断ったのとあいつは無関係だからな」


 なんだか話がややこしくなりそうな気がしないでもないな。


「まあ、つむつむには折を見て話をする。それでいいか?」


 妙の件、紫穂里の態度、つむつむの不安、京極との噂。

 この先、拗れそうでならない。

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