3章

3章 / 美弥I


 私は可愛いものが好き。


 服もそうだし、アクセサリーもそう。

 髪もメイクも私が可愛いと思う通りにする。あまり人には言わないけれど、ぬいぐるみとかだって集めたりしてる。可愛いと思うものを、片っ端から手に入れたいのだ。そうして手に入れたものに囲まれている私が、何よりも一番好きだから。


 両親は放任主義で、仕事ばかりでほとんど家にいなかった。

 娘に構ってやれない罪悪感からか、生活費にと渡されたカードはいくら遣っても怒られることはない。片っ端から欲しいものを買い漁った結果が、今の私なのだ。欲しいものは手に入れなければ気が済まない。そんな性格は、モノだけでなく人間に対しても同じだった。


 高校生になってから少しして。


 私が出会ったのは、可愛らしい先輩。

 友人たちの言葉通りなんとも愛らしい少年だった。ホントに年上か疑いたくなるくらい、子猫みたいに撫で回したくなるような男の子。今まで付き合ってきたような男とは正反対のタイプ。最初の印象はだいたいそんな感じ。


「美弥なら狙えばイケるって」


 なんて囃し立てられるうちに、結構その気になってきたり。

 私も悪い気はしなくて、実際に付き合ってみたらどうだろうとか、エッチの時はこうだろうなとか。妄想ばかりが膨らんでいって、私の心はすっかり奪われてしまった。だって可愛いんだもん。仕方ないよね。


 先輩を落とすにはまず下調べから。

 ということで、こそこそと嗅ぎ回っていたらなんとまあライバルの多いことか。っていうか、そもそも彼女持ちだったし。

 それ自体は奪っちゃえばいいって思ってたから、大した問題じゃないんだけど。何が面倒かって、相手があの桐生 和葉だってことなのだ。


 彼女さんの名前は良く知っていた。

 才色兼備の超人気者。評判だって良いし、ぶっちゃけ私じゃ太刀打ちできないレベルの美人。私も相当自信はあるのに、勝てるなんて欠片も思わなかった。

 後々になって桐生先輩がどれだけ怖い人なのか知って、余計に関わりたくないなって思ったり。

 そんな人を彼女にしてる先輩もどうかと思うけど、あの人はそういうのに気付けないタイプだから仕方ない。それがまた私の胸をざわつかせた。


 その上、横から搔っ攫う気まんまんの黒川先輩。

 生徒会長もしていて、会ってみてすぐにやばい人だって分かった。なんなら殺されるかと思ったくらい。とはいえ生徒会に入らなければ先輩と接点が持てないのだから、そこら辺は我慢しなきゃ―――って思っていた矢先に、黒川先輩はあの人を攫って行った。マジ何してんのって感じ。


 まぁ、何故か黒川先輩は私を気に入ってくれたようで、色々とパシリ扱いしてくれた。

 そのご褒美ってわけでもないけれど、監禁した先輩の動画やら画像やらを色々と送ってくれるのだ。頭の中で描いていた妄想とはちょっと違ったけど、なかなか私の琴線を刺激してくれるモノだった。いつか先輩を手に入れたときに、私もやってやろうって心に誓ったのもこの時だ。ふふ。


 それから色々あって、里桜さんと知り合った。

 本格的に先輩を手に入れようと頑張って、さらに色々あって今に至る。

 

 里桜さんの目論んだ通り、桐生先輩もお姉さんもゲームオーバー。

 残ったのは私と里桜さんで―――黒川先輩はどっか行っちゃったし、もう大丈夫だよね?―――私たち二人で先輩を分け合おうって話になっている。守るかどうかは別として。お互いに、ね。


「せーんぱいっ」


 久々に会った生の先輩はやっぱり最高だった。

 血生臭い部屋の片隅で、自分の姉と恋人の血で体を汚しながら、この世の終わりみたいに蹲ってる。それだけでイけちゃうくらい、私は興奮した。

 

 呼び声に反応する先輩。

 絶望した目で私を見て、今どんな気持ちなんだろう。頭もぐるぐる、体もボロボロでいくら考えたって分からないことだらけなんだろうな。あはは、マジ可愛い。そんな顔されたらたまんないじゃん、先輩。


 泣き腫らした先輩を見て、「あぁ私も狂ってるなぁ」って再確認した。









「思ったよりも元気じゃないですか。さすがにタフですねー」


 光のない虚な眼が少女に向けられる。

 値踏みするように明楽を眺めては、美弥は頬が緩むのを抑えきれなかった。


「私のこと、分かります?記憶戻ってきてるんですよね?」


 記憶に関しては、半ば確信めいたモノがあった。

 里桜はいずれ戻るだろうと言っていたが、明楽に刷り込まれた暴力と凌辱の記憶は生半可なものじゃない。部屋の惨状を見れば、呼び起されている可能性はかなり高いはず。完全ではないにしろ断片的に戻っていてもおかしくなかった。


 そして今の彼の姿。

 美弥は歓喜を押し殺して、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「うーん……まぁいっか。とりあえず、今の状況を確認しますね?」


 幼い子に言い聞かせるように、美弥は猫撫で声で話し出す。

 

「私は先輩が通う高校の後輩で、同じ生徒会にいました。あんまり話したことなかったですけど……それは些細なことですよねっ」


 明楽はきょとんとしていた。

 口をぱくぱくとさせるが、言葉が出ない。構わず美弥は言葉を続けた。


「で、今先輩は桐生 和葉って恋人に騙されて、さんざん調教された上に記憶まで改ざんされてたってわけです。覚えてます?結構酷いことされてましたよねー?それで、お姉さんの雪那さんが先輩を奪い返しにこようとして……って、聞いてますー?」


 話の途中から怯えるように体を震えさせた明楽。

 がたがたと肩を抱いて、自分の耳を塞ぐ。美弥に容赦する気はなく、すぐさま塞いだ手を掴んだ。いやいやと首を振るが、それも許す気はない。ゆっくりといたぶるように、美弥が耳元で言った。


「あそこに転がってるお姉さんにもいっぱい犯されましたよね。血の繋がった実姉に脅されて犯される気分ってどんな感じなんです?お母さんから助けてくれた恩人ですけど、結局同じことするんですもんねー。桐生先輩のした事とか、もっとヤバいですし。結局二人とも死んじゃいましたけど」


 嗚咽が喉から漏れ出る。

 真っ赤になった目からまた涙が溢れて、力任せに振り払おうと抵抗する。

 

「二人とも可哀そうですよね。桐生先輩なんてぐっちゃぐちゃだし、お姉さんなんて実の弟に拒絶された上に頭撃たれてるんですよ。あぁほんっと可哀そう。先輩がいなければこんな事にはならなかったのに。なんでこんな事になったか分かります?ぜーんぶ、先輩のせいですよ。被害者みたいな感じ出してますけど、先輩がいたからみんな死んじゃったんです」

「ち、がっ……」

「違うわけないじゃないですか。なんで僕ばかりー、とか思ってたりとか?あはは、何言ってんの。誰がどう見たって先輩のせいでしょ、これ」

「――――――ッ」


 あああ、と言葉にならない悲鳴が響く。

 掴まれた手は振り払えず、迫る美弥に体ごと押し倒される。彼女は楽しそうに口端を歪ませていた。ぐちゃぐちゃになった少年の泣き顔に堪らなくそそられた。感じたことのない昂揚が背筋を駆け上がって、体が一気に熱を帯びていくのが分かった。


 ぶんぶんと首を振り、もう聞きたくないと目を瞑る。

 そんな少年の手首を捻り上げて、髪を掴んだまま責め立ててやる。


「恋人がいるくせに黒川先輩を構ったりなんかしなければ、攫われて犯されることもなかったのに。それで桐生先輩もお姉さんも狂い始めて、こんなザマになったんですよ。お友達だって怪我しないで済んだかもしれません。知ってます?先輩の友達、何人が病院送りになったのか」

「っ、あぁぁぁ……ッ」

「お母さんだって、先輩がちゃんと甘えていれば離婚することもなかったかも。そうすればお姉さんも父親を殺さないで済んだかもしれないのに。お母さんに犯されてたときも、ちゃんと拒絶できてればお姉さんは狂わなかった。ほら、ぜーんぶ先輩のせいじゃないですか。先輩がみんなを壊したんですよ。先輩が」


 ばーか、と囁く。

 明楽の目が見開かれた。からっぽの胃から吐き出せるものはなく、涙もだんだんと枯れ始める。それでも美弥は手を休めることなく、明楽の心を削っていった。


「でももう手遅れですね。あーぁ、みーんな死んじゃって……ふふ、どうします?先輩も死んでみます?あの世でごめんなさいって出来るかもしれませんよ?」

「ぅっ、ぁ、ぅあぁぁ……」

「ほら、死ね。謝りながら、死んでください」


 髪を掴んで、頭を床にぐりぐりと押し付ける。

 悲鳴は小さく、抵抗はだんだんとか細くなっていった。それがまた愛おしくて、美弥は余計に舌を回してしまう。心にもないことばかりを言ってきたが、それがどれだけ少年を苦しめるのか理解した上での言葉だった。

 案の定彼は見たことないくらいに動揺して、ぎりぎりのところまで追い詰められている。満たされていく欲求が心地良かった。


 馬乗りになって、少年を追い詰めていく。

 戻りつつある記憶がさらに彼を蝕んだ。心が対処しきれずに、叫び声となって絞り出される。やがてそれすらも出なくなると、美弥が嗤って言った。


「なぁんて。嘘ですよっ、先輩。助けにきたって言ったじゃないですか」

「…………ぁ」

「先輩がどんなクズでも、私が守ってあげますから。ほら、桐生先輩もお姉さんももういませんし。私がちゃぁんと飼ってあげますからねっ」


 息を切らした少年が、ぼんやりと少女を見上げる。

 彼女が何を言っているのか最早理解できていなかった。心神喪失しかかった明楽は、優しく頬を撫でる手を受け入れた。顔を紅らめて嗤う彼女が、そっと唇を寄せてくるのさえ見たままだった。


「ふふ、いいですよ、その感じ。何もかもに絶望したーって感じ。なんでこう可愛いものが壊れていくのって興奮するんでしょうね?」


 可愛いものが好き。

 可愛いものが汚れていくのはもっと好き。

 困った性癖だな、と美弥は苦笑した。今なら菖蒲の気持ちもよく理解できる。ただの少年じゃあまだ足りないのだ。彼が一番輝くのは、傷付けられて壊されていくときなのだ。


 ようやく手に入った。

 長かったけれど、これでその苦労も報われる。

 これからはこの可愛い少年を壊し放題。もう頼れるものもなくて、死ぬ勇気もなくて。絶望しきった彼を、思う存分慰めて傷付けることができるのだ。


「……ん。これは約束の証ってことで。ファーストキスじゃないけど、いいですよねー?」


 和葉のものか、雪那のものか。

 誰のか分からない血を口紅にした彼の唇を、美弥は優しく奪ってやった。



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