菖蒲Ⅶ / 美弥Ⅲ

 お仕置きとは単なる建前で、本音はただ彼を虐めたいだけだったりする。

 自分がサディスティックな性癖の持ち主だとは理解していたが、最近はどんどんその気が強くなっているようだった。


 理由はなんでも良かった。


 目が合ったから。

 テレビに夢中になっていたから。

 数センチ、自分から離れていたから。

 今日は晴れていたから。


 こじ付けなんかいくらでもできた。

 理不尽だろうが関係ない。「そういう気分になった」と言うのが大前提で、あとは虐める切っ掛けを作ればいいだけなのだ。だから口にする理由は何でも良いのだと、菖蒲は本気で思っていた。



―――だから今日も、取るに足らない理由を口にして、彼に針を挿し込むのだ。



 ピルの方は効きが遅いので、あまり好きじゃない。

 半面、注射だと痕が残ることもあるので、しぶしぶ併用することにしている。傷を残すこと自体は別に構わないのだが、それはあくまで行為の中で残していきたかった。


「動いちゃだめよ?」


 初めは緊張していた注射も慣れたものだ。

 練習だってしたし、最近のモノは簡単に打てるようになっている。シリンジの中身をゆっくりと押し出すと、少年の瞳孔がだんだんと開いていくのが分かった。


 丁寧に針を抜いて、ゴミ箱へ投げ捨てる。

 ぱりん、と音を立てても気にしない。それよりも目の前の少年に集中したかった。涙を流して、体を震えさせている彼。おまけに半裸で犬耳と尻尾付きの上、触れるだけで達してしまいそうになるくらいに敏感なのだ。興奮しない方がどうかしている。


「……あぁ、すごく素敵。怖い?それとももう気持ちいいの?」


 はぁ、と熱い吐息が漏れる。

 自分の呼吸がやけにうるさく感じた。少年の顔がだんだんと蕩けていくのと比例して、自分の体に熱が籠っていく。日ごと増していく情欲は、彼を眺めるだけで昂っていくまでになっていた。


 カーペットにへたり込む少年の腕を掴んだ。

 びくりと体が跳ねるが、菖蒲は無視した。悲鳴とも嬌声ともつかない声を上げる彼をソファに押し倒す。


「いっ、ぁ……」


 涙で潤んだ瞳が菖蒲を見上げる。


 反則だ、と思う。

 そこら辺のアイドルより可愛らしい顔立ちの少年が、惚けた顔で上目遣い。重なった体の熱も相まって、理性など簡単に溶けてしまった。


「可愛いわ。笑ってる時よりずっと可愛い。明楽さんは泣いてる時が一番だと思うわ」

 

 明楽が誰かと話しているときのこと。

 彼は終始微笑んでいて、楽しそうに話を聞いていたりする。友人の何人かは、その様子に心奪われていたりもするけれど、菖蒲はどうしても同じ感情は抱けなかった。

 むしろ、ごくたまに見せる陰った表情が好きだった。

 彼はそういった面を見せようとしないのだ。怪我をしようが、理不尽に文句を言われようが。せいぜいが苦笑い程度で、怒りも泣こうともしない。ふてくされる姿だって一度だって見たことがなかった。


 それがとても不満だった。

 初めて会ったときは緊張からか、強張った様子を見せたりもしたのだ。その顔が好きで、生徒会の仕事を押し付けて、無理難題を吹っ掛けたりもした。

 出来なければそれなりの罵倒もしたし、露骨に不機嫌さを表して空気を悪くしてみたりも。そうしてやっと見せた彼の涙は、彼と過ごした中で一番輝いている瞬間なのだ。



―――まぁ、あんまりやり過ぎて嫌われては元も子のないのだから、普段は優しくしてあげるのだけれど。



 笑顔も嫌いではない。

 が、ほんの少し流した涙で、あれ程心躍ったのだ。

 彼をぐちゃぐちゃにしてやったら、自分がどうなってしまうのか想像もできなかった。あの時は。


 結局、初めて見た彼のその姿は、想像を遥かに超えるものだった。


「一生笑わなくてもいい。泣くか、痛がるか、蕩けてればいいわ。酷いと思うかもしれないけれど、明楽さんはそれが一番美しいもの」

「そん、な……こと」

「そんなことないと思う?今度写真に撮って見せてあげる。きっと気に入ると思うわ」

 

 言って、思い切り頬を張った。

 涙が弾けて、明楽はとっさに腕で顔を隠そうとする。当然そんなことを許すわけもなく、菖蒲は震える腕を押さえつけた。


「今のは喋った罰。ワンちゃんだって言ったでしょう?」

「ああぁぁ……いた、ぁっ」


 赤くなった頬が痛いのか、骨が軋むくらいに握られた腕が痛いのか。

 少年の反応が、先ほどとは比べものにならないくらいに激しくなる。


 途端に、ぞくりと菖蒲の体に電気が走った。

 必死で抵抗しようとする少年が可笑しかった。普段の何倍も感覚が鋭くなって、痛みと快楽に頭がついていけなくなるのだ。そのうち言葉だってまともに話せなくなるのが分かっているのに、逃げようと自分の体の下で身を捩る彼が滑稽で可愛らしかった。


「あは、ほんっと可愛い……馬鹿で、可愛い私の明楽さん……」


 我慢の限界だ。

 腕を押さえつけたまま、唇を奪う。瑞々しくて柔らかい感触が唇いっぱいに広がっていく。舌を丁寧に這わせてやれば、逃げるように顔を背けようとする。それがまた楽しくて、菖蒲は執拗に舐めていった。


「ン……ふ、ふふっ」


 熱い息を吸って、混ぜて、送り返す。

 絡まった舌に唾液を含ませて、啜っては流し込む。こくりと嚥下する喉に触れて、てらてらと艶めかしく光る唇を甘噛みした。


 ふと、思った。

 彼の唇は結構好きな部位だったりする。薄くて、ぷるぷるとしていて。事あるごとにキスしようとするのも、この感触が好きだからだった。

 

 だから思った。

 思って、すぐに実行した。


「ん、んんんんんッ!」


 思い切って噛みついてみる。

 歯を立てて、最初は優しく。沈んでいく歯と、それを押し返そうとするちょっとした歯ごたえのようなものを感じながら、徐々に力を込めていく。

 噛み千切ってしまいたくもあるけれど、それはまだ不味いと制止する理性がせめぎ合っていた。


(あー……でも、このままいっちゃっても……)


 ぐい、と強く噛む。

 少年の体が一層強く弾けた。口に感じる悲鳴も心地良くて、ほんの少し―――本気で噛み千切ってやろうと思った。


「ひ、ぃあああっ!」


 ぶつり。

 と、聞こえたような気がした。

 反射的に力を緩めると同時に、舌先に鉄の味。足をバタつかせて喚く少年の唇を離してやると、綺麗な鮮血で染まっていた。



―――どくん。



 心臓が強く脈打つ。

 少年の血と言うのが一層の興奮を煽った。あの男のようにどす黒くなくて、深紅の花びらのように口元に散っている。純粋に綺麗だと思った。


「はぁ、む……ふふ、美味しい。あの人のは苦かったのに、明楽さんのは甘いのね」


 欲望のまま傷口を舐め上げた。

 言葉通り、本当に甘く感じるのだ。まるで溶けたチョコのように。鉄臭さはあっても、それこそ夢中になるくらいに美味しいと思った。


 何度も啜っていると、痛かったのか少年が顔を背けた。許さず、今度は顔を抑える。唇には痛々しい傷が付いていた。

 もう一度吸い付いて、零れる血を喉を鳴らして飲み下した。わざと耳元でごくりと音を立ててやれば、また可愛らしく悲鳴を上げてくれる。しばらく血の味と彼の反応を楽しんだ。


「あぁ、あぁ……堪らない。なんでこんなに、もう……」


 気付けば少年の口元は血でいっぱいだった。

 いつかの映画で見たゾンビのよう。もしくは、銃で撃たれた何処ぞの誰か。口元を拭った手が真っ赤に染まっているのを見て、なんだかお揃いのようで嬉しかった。


 加えて、もう一つ喜ばしいことに気付く。

 重なり合った部分に、硬くなった熱を感じた。女の子みたいな顔のくせに、と嗤ってしまう。主張を始めた明楽自身のそれが、女としての本能を刺激するのだ。


「嬉しいわ。お薬がなくても『こう』なってくれればもっと嬉しいんだけれど……まあ、それは追々かしらね」


 無造作に手を伸ばして、それを掴む。

 掌に感じる熱さに頬が緩む。これからの事を考えるだけで達してしまいそうだった。


「今日のお仕置き、愉しみね」


 血で赤く染まった舌を出して、菖蒲は少年に覆い被さった。











「ねー、知ってる?会長と柊木先輩、駆け落ちしたらしーよ」


 きゃー、と黄色い声が上がる。

 相変わらずこの手の話には目がないらしい。髪とメイクを盛る事に命を懸けていて、制服はどれだけエロく着られるかが勝負だ、と本気で思っている友人たち。

 とは言っても性格は悪くないし、実はそこそこ勉強できたりもする。一緒にいて楽しいと思うことの方が多いのだから、あんまり邪険にはできないのだ。


 美弥は一度、聞いていないフリをした。

 どうせあれこれ聞いてくるのだろう。明楽を奪っちゃえ、と余計な世話を焼いてくる友人たちだ。またああしろ、こうしろと言ってくるに違いない。


「美弥もさぁ。いいの?まさか会長に取られちゃうとは思わなかったけどさぁ」


 ほら見ろ。

 にやにやして言ってくる友人に、美弥は露骨に不機嫌そうな顔をした。


「……別に、カンケーないし」

「関係なくないっしょ。せっかく生徒会まで入ったのに」

「美弥だってあんときはノリ気だったじゃん。なのにさらっと持ってかれちゃってるし」

「ノってないし」

「照れなくたっていいじゃん」


 照れてない、とそっぽを向く。

 明楽や菖蒲が学校に来なくなったのはとっくに知っていた。そもそも同じ生徒会なのだから、嫌でも分かるのだ。皆勤賞を狙えるレベルの二人が揃って一週間も休んでいるのだから、下世話な噂になる気持ちも分からなくはないが。だからと言って、一から十まで教えてやる義理もないのである。


 

―――ましてや自分がそれに一枚噛んでいるだなんて、口が裂けても言えようか。



「でも実際のとこどうなの?休みの理由とかって聞いてない?」

「何で私に訊くの」

「だって生徒会じゃん。アタシらよりはなんか聞いてそうじゃん」

「私だって聞いてないもん。連絡も取れないみたいだし」

「えー、何それ。本気で駆け落ち説あるんじゃないの」


 とか言いつつ、なんで嬉しそうな顔なのだろう。

 連絡も取れないで一週間も休んでたら、普通は心配する。警察に相談とか捜索願とか、そもそも行方不明なのだから。攫われたかも知れないのに、この友人二人はそういう所の想像力がないな、とつくづく思った。


(ま、私は知ってるけど)


 でも言わない。

 言ったら自分の身が危なくなるのだ。それ以前に言いふらすつもりもないけれど。


 美弥はつまらなそうに欠伸した。

 口を抑えることもなし。ぐでっと机に突っ伏して、足も若干開き気味。きっとスカートの中は覗き放題だろう。

 放課後の教室には、自分たち三人だけだ。媚びを売る相手もいなければ、ぐうたらな姿を見られて困るような相手もいない。そうなれば女の子なんていい加減なものなのだ。


「で、どーすんの?」


 不意に、友達の一人が切り出した。

 亜衣という可愛らしい名前で、名前に劣らず見た目も良い。金髪と焼けた肌、好きなのはヒョウ柄と日サロという、だれがどう見ても「ギャルだ」という少女。

 自称ビッチだが、今まで彼氏が居たこともなければ経験もないらしく、美弥は陰でこっそり偽ビッチと呼んでいたりする。


「?……なにが?」

「柊木先輩のコト。実際、マジで会長が飼っちゃったって可能性ない?」

「なにバカなこと言ってんの。っていうか、飼うって……」


 ドキリとした。

 この子は普段バカっぽいくせに、たまに鋭いときがある。まさかホントに拉致監禁して、ペットみたいに飼ってるだなんて思いもしないだろうが。


 バカバカしい、と笑って、美弥はスマーオフォンを弄りだした。

 二人に見えないよう、決して覗かれないように。画面には犬のコスプレをさせた明楽が映っていて、スライドを重ねる毎に滅茶苦茶になっていく。今朝菖蒲から届いたばかりの、最新シリーズである。


 十枚程眺めた後でカバンにしまう。

 出来れば家でじっくり鑑賞したい。ここでムラムラきてもどうしようもないし、落ち着いた場所に行きたかった。流石に友人の前ではぁはぁしてる姿は見せたくないのだ。

 

 カバンを掴んで、席を立った。

 帰りに何処かに寄ろうと提案されたが、体調が悪いからと断る。ある意味体調不良なのだから、嘘ではない。と言うか、さっさと帰っていろいろ愉しみたい。


「じゃ、また明日ねー」


 少し素っ気なかったか、と思ったが、取り繕う余裕がなかった。

 我慢できずにチラ見するべきじゃなかった。だんだん熱っぽくなる息を吐きながら、美弥は足早に帰路につく。



 菖蒲との約束の日までもう少しだと思うと、自然と頬が緩んでいった。



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