44 せっかく婚約者(仮)になったのだから一緒に踊ろう。【リリスSIDE】
夕食を食べ終え、サクラとローズ、サラマが夜の散歩に行っている間にリリスは食器を洗っていた。マドレーヌは既に就寝している。サクラも食器洗いを手伝うと言っていたのだが、断った。どうしても一人でいたい気分だったのだ。
──こうしてサクラと(仮だけど)婚約者として一緒に暮らせるようになって、毎日が本当に楽しい。
──でも、今夜の舞踏会……貴族社会には未練はないものの、サクラと一緒に踊ってみたかったなんて。どの顔で参加するつもりだっていう話だけど。
──サクラも私に気を遣って舞踏会を断ってくれた。悪いことをしたわね。
どうにも胸のモヤモヤが消えない。しかし自分は罪人なのだから我慢するのは当たり前。ましてや自分の我が儘を言って困らせるなど欲張りにも程がある。
──そうよ、今が幸せ。それでいいじゃない。なんだかサクラと出会ってから随分我が儘になってしまったものね。
そこでリリスは己の髪を引っ張る小悪魔の存在に気づいた。
「ちょっとサラマ。何をしていますの?」
『リリス! サクラがお前を呼んでこいってさ!』
「はぁ? サクラが? ……どうせいつもみたいに綺麗な石かどんぐり拾ったとかそんなものでしょう」
とはいいつつ、森の方へ足を向けてしまうのは惚れた弱みというやつなのか。リリスは食器洗いをぱぱっと終えて、家を出た。サラマがどんどん森の奥へ案内する。流石におかしいと感じ、「どういうつもりなのか」と尋ねようとした時──
「──ようこそ! モルテ城へ!」
「!」
真っ暗だった森の中が一気に明るくなる。凝視すれば、様々な属性を持つ妖精達がそれぞれの色をいかして森の飾りとなっていることに気づいた。ふよふよ浮かぶ彼らにリリスは言葉を失う。
そんなリリスの目の前に佇む桜は何故か桃色のドレスを身につけていた。見慣れない桜の正装姿にリリスは思わず見とれてしまう。
「サクラ!? そ、その格好は……」
「レックス様が贈ってくれたの。舞踏会にはいかないけど、せっかくならと思って。ほらリリスも!」
「えっ」
サクラの手には何故かリリスのお気に入りであるドレスがあった。リリスの大好きだった母の形見。もう着ることはないと引き出しの奥に隠していたはずなのに……。
「勝手にリリスの大切なものを持ち出してごめん。でも、ここで私の為に着て欲しい。駄目?」
「な! 何を言ってますの? というか、これは……」
「森の舞踏会だよ! 城の舞踏会は行けないけど、ここならリリスも自由に踊れるでしょ?」
「!」
桜がにっこり微笑んで、リリスにドレスを渡す。リリスは震える手でそれを手に取り、茂みの影でそれに着替えた。するとローズが少し気に食わなそうにリリスの前に現れる。
「ローズ?」
「すっごく嫌だけれど、これもサクラのお願いだから仕方ないデス! ほら、唇を出しなさい!」
「えっ」
リリスの唇にルージュが宿る。どこからか妖精達がやってきて、リリスの頬や目元に自分達の魔法の粉をかけた。
「……光魔法の一種よ。その人間の魅力を最大限に引き出せるもの。ちょっと悔しいけど今の貴女は人間にしては美しい方かもね」
「! あ、ありがとう……」
「お礼はサクラに言って。私はサクラのお願いを叶えただけネ」
リリスは恐る恐る茂みから出た。サラマがリリスに気づき、桜にそれを知らせる。妖精と談笑していた桜がリリスに振り向いた。そして──。
「すっごく綺麗だねリリス!」
「…………!」
──あぁ、こんなことが起こっていいのでしょうか。
桜は動揺するリリスの手を握る。そうして、少し照れくさそうに頬を掻いた。
「……私はまだ貴女への気持ちが定かじゃない。でも一応リリスは私のこ、婚約者なわけだし? 婚約者に笑って欲しいと思うのは当然のことだと私は思ってる」
「サクラ……」
「この森は城の舞踏会みたいに豪華でもないし、見栄えもよくない。でも妖精達に頼んで私なりに派手にしてみたの。だから、今夜はここで楽しもう。── 一緒に踊ってくれませんか?」
桜がそっとリリスの腰に手を回す。タイミングを計ったかのように妖精達のコーラスが二人を包んだ。慣れないステップで踊る桜にリリスは思わず笑ってしまう。
「ちょっと! 私踊るの初めてなんだから下手なのは仕方ないでしょ! ダンスなんてソー○ン節しか踊れないよ!」
「ふふふ、仕方ないわね。ほら、私がリードしてあげますわ」
夜の森、妖精達に囲まれて、妖精達の歌声に合わせてなんとも不器用なダンス。
舞踏会の華やかさなんてここにはない。でも。
──馬鹿ね。私は、城の舞踏会にいきたかったのではなく、サクラと踊りたかっただけなのに。
──それにこのパーティー会場は城の舞踏会よりもずっと……いえ、私にとっては世界で一番素敵な場所ですわ。
──あぁ、私って、なんて幸せ者なのでしょうか。こんな贅沢な舞踏会で、大好きな人と踊れるなんて……。
「……サクラ、ありがとう。愛してるわ」
「!?」
ダンスをしながらそう囁くと、桜はらしくもなく頬を林檎のように染めていた。そうしてぷいっと顔を背けると唇尖らせる。
「べ、別に! 私は責任をとってるだけだし! リリスも早く私以外にいい人見つけなさいよね!」
「でもこんな素敵なことされたら余計に私は貴女から離れられなくなると思うのだけど」
リリスがそう言うと、桜は一瞬「そうだった!」という顔をした。しかしすぐにまた拗ねたような表情に戻る。
二人だけの秘密の舞踏会はそれからしばらく続いた。
妖精達が疲れてそのコーラスが止むときまで、二人はそれはそれは楽しそうに踊り続けたのだった──。
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