13 せっかく恋愛ゲームの主人公なのに推しに会えなすぎる。【桜SIDE】
「はぁぁ……もう疲れたよぉ」
魔法学校に入学してから一カ月が経った。
エボルシオン魔法学園にはゲーム上では知り得ない様々な授業の科目がある。
魔法言語学、魔歴史学、薬草学、まじない学、対人魔法学、対魔魔法学、魔法具学部、魔法生物学、魔法調理学部、魔術遊戯学、呪文開発学、魔族学、魔法陣学……本当にたくさんだ。
進学パーティー後に取得科目の選択が出来たんだけど、こういう形式は日本の頃の大学に非常に似ている。
夜ご飯を食べてシャワー(ちなみに壁の魔法陣に手を当てると、天井の魔法陣から熱湯が出てくる仕組みのもの)を浴び、私のベッドに思い切りダイブすると身体の力を一気に抜いた。
そういえば、最近ぜんっぜん蓮と話してないな。あいつ、羨ましいことにレックス様の僕になってずっとレックス様と一緒にいて忙しそうだし。ってかなに!? 犬って!! 私もレックス様の犬になりたいんだけど!?!? あいつだけずるくない!?!? いや、ずるい!! ご飯も授業もずっとレックス様と一緒だなんて! きぃいいいいっ!!!
「ずるいずるいずるいずるーい!! 蓮のばーかばぁーかっっ!!!!!」
「何を怒っているんだ?」
シャワーを浴び終わったデュナミスが寝室に入ってくる。私はアイレムに髪を乾かしてもらうデュナミスを眺めながら、枕を抱きしめた。
「……蓮がレックス様とずっと一緒にいるのずるい」
「またそれか。サクラはレンが大好きなんだな!」
「ち、違う! 蓮が羨ましいの! だって私は、レックス様のこと、」
ハッとなる。ここでレックス様のことを好きだと言うとデュナミスにドン引きされることに気づいたからだ。そりゃたかが下民の私が婚約者がいる王太子様を好きだなんて言ったらドン引きものだ。私がデュナミスでもドン引きするだろう。
……でも、レックス様はこの世界に生まれる前からの好きな人。画面越しでしか見ることの出来なかった彼を、今は実物を見れて、触れるというのに……。
実は私がここまで落ち込んでいるのには理由がある。レックス様ルートの出会いイベントは四月の中庭で起こる。しかしその四月を過ぎたが、私の身には何も起きなかったのだ。出会いイベントは主人公が落としたハンカチをレックス様が拾い、主人公が一目惚れするというもの。もしかしたら私が既にレックス様にゾッコンなので出会いイベントの必要がなかったからなのかもしれないけど。
──蓮の言っていた通り、ここはゲームじゃないし選択肢もない。レックス様ルートは何百周もしたけれど、そもそも今私がレックスルートにいるとも限らない。何もかも分からないのだ。レックスルートの次のイベントは対魔魔法学と薬草学の合同授業の試験でペアに選ばれたのことだったはず。……それまでどうなるかは大人しく我慢ってことか。辛い。心底辛い。好きだって、大きな声で言えずにずっと待っているだけのことがこんなに辛いことだなんて思わなかった。
ため息と共に、枕に顔を埋める。するとベッドが揺れた。デュナミスが私のベッドに腰かけていたのだ。
「サクラ、髪を乾かしてあげよう。おいで」
「! デュナミス……」
デュナミスが私の髪をそっと梳かし始める。アイレムが私の頭に息を吹きかけて、心地よい風が私の髪を撫でた。するとデュナミスがそっと私の耳に口を寄せる。
「……今なら、アイレムの風で君の声は私に届かないぞ」
「! えぇ、なにそれ。どういう……」
言葉が詰まる。私はバッとデュナミスを見る。デュナミスは「どうした?」とこてんと首を傾げ、にっこりした。ぐっと唇を噛みしめる。膝に顔を埋めた。
「……好き、大好き、私、レックス様のことが本気で好き、生まれる前からずっと大好きだったの……」
「……、……」
「リリス様と一緒にいるのを見ると、やっぱりお似合いだと思っちゃう。蓮と一緒にいるのを見たら、私が蓮だったらいいのにって何度も何度も心で呟いてる。……ああ駄目だ、やっぱり、好きだなぁ、私……レックス様の、こと……っすき……っ」
涙がポロポロ零れる。デュナミスは何も言わなかった。きっと、風の音で聞こえないんだろう。きっと。
私は……なんていい友達をもったんだろう。普通の貴族なら卒倒するようなことを、私は言っているのに。私はこの世界ではかなりのサイコパスだろうに。
──デュナミスは、何も言わないんだ。
しばらくすると、気が済んだ私はデュナミスにお礼の言葉を溢す。
「……ありがとう、デュナミス」
「あぁ。髪、綺麗になったな。また明日も乾かしてやるさ。明後日も、その次の日も」
違う。私がお礼を言いたいのはそっちではないのだけど。私はもう一度「ありがとう」と言う。なんだかちょっとすっきりした。
今日はいい夢が見れそうだ。
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