第10話 ハルとお風呂と伴侶の誤解1

生きていくうえで大切なのは衣食住だという。そりゃそうだろう。だが、あえて言いたい。風呂が必要だ。


昨日入った我が家の風呂は決して風呂と認めてはいけないレベルだった。馬小屋暮らしをして、基準値が下がったせいでなんか幸せとか思ってしまった自分の脳みそをたたきのめしたい。

一晩たって、すっきりとした頭で風呂場に行って愕然とした。

五衛門風呂の半分のサイズだ。いや、もっとはっきり言えばたらいだ。

あれを風呂とは認めない。認めないったら認めない。疲れに負けて、ワラビが何度もお湯を入れてくれてたから申し訳ないかなとか思ってしまったが、妥協できない。

風呂とは手足が延ばせてつかれるものだ。間違っても風呂に入ったあとに気疲れと肩こりに悩まされる物体であるはずがない。


「お風呂、外、どこ、いる?」

「ハル、お風呂に入りたいのですか?」


ワラビにきけばお風呂に案内される。あまつさえ服を脱がされそうになり、拒み、リビングに戻り同じ質問をすること、五回。


「公衆浴場のことを言っているのですか?」


何やら違う単語が出てきた。きっとそれだ。強く頷き、玄関を指差す。


「私、行くます。こーしゅーよくじょー」

「私の名前は言えないのに、どうして公衆浴場は言えるのですか?」


ワラビがとても悲しそうに目を伏せたが、あいにく何を言っているのか分からない。白い手を引っ張って玄関の外に出た。


「デートですね」

「でーと?」


謎の言葉を繰り返すと、繋いだ手をさらに強く握られた。


「でーと、ダメ」


なんかこわくて手を引くと、ワラビの目に涙がたまった。ものすごい悪人になった気分である。思わず、繋いでないほうの手で頭を撫でた。犬の躾だ厳しくいかねば、と思ってみても元が下僕体質。強く出られない自分が憎い。


「こーしゅーよくじょー」は、想像していた銭湯とは似ても似つかない建物だった。石造りの建物に、入口が一つ。すわ混浴か、と警戒感をあらわにした根性無しのご主人様などおかまいなしで、ワラビは、るんたったと私の手を引っ張り中に入っていく。


『混浴はだめだって、ワラビ』

「どうしたのですか。嬉しいのですか?私もハルが喜んでくれるととても嬉しいです。ここからは男女分かれますからね。一人で行ってください。大丈夫ですか?」


涙目にいきなり緑のどアップがやってきた。美人のどアップにのけぞる。ワラビに背中を押された。

おい、ちょっと待て。今この出入り口から出てきたのはおじいさんだったぞ。びっくりして全身でワラビに抵抗する。少し奥まったところあるもう一つの入口から出てきた女の人を指さすが通じない。


『ちょっと待って、こっちって男風呂でしょ?私、女だから』

「どうしたのですか。やはり一人では怖いですか?私も一緒に入ってあげられるといいのですが、そちらが男(うーお)風呂ですからね」


全力で抵抗するも、軽い力で押しやられる。なぜだ。なぜ、私は男風呂に入れられようとしているのだ。訳が分からないながらも、人間の尊厳のために必死で抵抗する。


「どうしたのですか?風呂に入りたかったのでしょう。ハルは男ですから、そちらでいいのですよ。私はハルの伴侶になるために分化したので、女ですが」

「うーおない。私、うーお、違う」


覚えている限りの否定を繰り返す。


「男ではない?」


私は力強く頷いた。


「そんな」


ワラビは目を丸くした。ついで、胸を触ってきた。

私は驚きに固まった。同じ女性同士だって、まだ知り合いでしかない。セクハラである。

何をする、と責めようと口を開いて、セクハラってなんていうんだろうと考えているうちに、目の前の緑の麗人は、ぽっろぽろ泣きだした。


「そんな、伴侶になってくれると言ったのに。男だって言うから私は女に分化したのに。そんな、伴侶になりたくないならそう言ってくれればよかったのに」


絶望とはかくやといわんばかりの泣きっぷりだった。男だったら駆け寄って慰めること間違いなしの美しい泣き顔だ。あいにく私は女だ。言葉も分からない。突然の号泣を呆然と眺めるしかできない。だが、私も人として泣いている人を慰めるくらいの人間性は持ち合わせている。私はワラビの背中をさすった。


『ワラビ、ごめんね。そんなにお風呂入りたくなかったのなら言ってくれれば一人で来たのに』


家を出る前に大変だったから、本当は来たくなかったのかもしれない。人に売られていたのだ。大勢の人のいるところに行くのは怖かったのかもしれない。一人で来れたとは思わないが、とりあえず、謝ったので女風呂に向かって歩き出す。後ろからがばっと抱きしめられた。

身長差のせいで、包み込まれている状態だ。動けない。


「わかりません、あなたが何を言いたいのか。私はこんなに好きなのに一生捧げると、今まで未分化できたのはあなたのためだと思ったのに。男だなんてひどい嘘をつくくらいならどうしてあの時拒否してくれなかったのですか」


何を言っているのかは分からない。分からないがなんだか周りからの視線が痛い。これは知っている。お前が悪い、の視線だ。


「おい、姉ちゃん。未分化のサイタリ族を弄ぶもんじゃねえぞ。伴侶の相手の性別に合わせて自分で性別を変えるんだからな。一度変えたら・・・・・また、変えれるのか?」


ワラビがさらに泣きだした。

なんの修羅場なのだろう。誰か私に説明してほしい。

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