第53話 親忠

 親忠は、巴の後ろに回ると、手首を縛る紐を解いた。


 巴が、ようやく解放されたことに安堵した瞬間、腕を引かれ、床に押し倒された。親忠が、上からのし掛かる。

「ろ、六郎殿、何を……」

 巴は抵抗を試み、腕や足を激しく動かす。しかし、

「できれば、このような手段は避けたかったのですが……いかに中原殿とて、既成事実があれば、認めざるを得ないでしょう」

 親忠は巴を強く抱きすくめ、衣を脱がそうと袴の紐に手を掛けた。

「このようなこと……生涯、許しませぬ」

 巴は唇を噛んで、親忠を睨み付ける。

「それでも構いませぬ。巴殿が俺に対して、それだけの感情を向けてくださるのならば」

「な、何故そこまで……」

「俺が、巴殿をお慕いしてはいけませぬか。俺では……駄目ですか、巴殿」

 我に返ったように親忠は巴から身を離し、その正面に座り直した。

「六郎殿……」

「俺は、幼い頃から何をしても、兄者に敵わなかった。それで自棄になりかけた頃、ちょうどその頃に、初めて巴殿とお会いしたのです。覚えて、おいでですか」

 幼い日を思って遠くを見るように目を細める親忠に、巴もまた、懐かしい日々を思う。

「ええ、覚えています。元気で仲の良いご兄弟だと、羨ましく思いました」

「兄者は、心底俺を可愛がってくれました。でも俺は、兄者と並ぶことに、兄者と比べられることに嫌気が差していたんです……けれど、巴殿は違った。女子の身でありながら、冠者殿どころか、二つも年上の四郎殿と張り合って、食い下がっていた。それがとても、輝いて見えて、眩しかった。それで俺は、自分の悩みを馬鹿馬鹿しく思えたんです」


 親忠の言葉に、巴は胸が熱くなるのを感じた。巴自身、山吹への複雑な感情に振り回されていたのに、同じような感情に悩んでいた親忠の、救いになっていたとは。

「ありがとう、六郎殿。ですが私は、冠者殿のお側にいたかっただけなのです。そのためには、他に方法がありませんでした」

「存じております。もっとも、それに気付いたのは、随分後になってからでしたが。そうと知っても、あなたへの気持ちは揺らがなかった。とはいえ、何事もなく冠者殿と山吹殿の婚儀が行われ、巴殿が引き下がられるのなら、また万が一にも巴殿の想いが叶うのならば、俺はこのまま、何も言わずに引き下がるつもりでした。ですが、こんな……巴殿の、冠者殿への気持ちに付け込むようなやり方……俺は、到底許すことができぬのです」

 親忠の真剣な怒りを有り難く思いながらも、巴は決意を翻す気にはなれなかった。

「私は、自分が付け込まれたとは思っておりませぬ。むしろ、山吹殿の事情に付け込んでいるのは私です。誰のためでもなく、自分のためなのです。万が一にも、私の想いが叶うのならば、それは今回のような事態以外には、あり得ぬでしょう」

「そのような言葉、信じられぬ」

 親忠が、再び巴に迫る。その時であった。


「やはりこのようなこと、私は認められません、六郎殿」

 二人の間に、一人の少女が割り込んだ。

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