第52話 監禁

「う、ううん……」

 手首に擦れるような痛みを感じ、巴はゆっくりと目を開けた。

 暗い室内を燈台の灯りが仄かに映し出す。

 周囲は土壁に覆われ、唐櫃や二階棚などが乱雑に置かれている。おそらく、どこかの屋敷の塗籠かと思われた。少し開かれた妻戸の隙間からは、庭で焚かれているであろう篝火の明々とした光が漏れている。

 立ち上がろうとして、巴は初めて、自身が後ろ手に戒められ、几帳の柱に括り付けられていることに気付いた。

「くっ……六郎殿か。一体、どういうつもりで……」


 どうにか戒めを解こうと身体を動かすが、几帳に垂らされた帳が揺れるばかりで、外れる気配はない。それどころか、あまりに激しく動くと、几帳を倒してしまう恐れがある。

 巴は、両足と掌が自由に動くことを確かめ、どうにか外の様子を窺おうと思案した。

 膝を立て、足の裏を床に着けた。掌で几帳の柱を掴むと、上体を起こすように、前方へ体重を掛ける。そうして少しずつ、足を左右交互に前に出しながら、几帳を引きずったまま、妻戸まで移動した。外開きの妻戸を、顔を使って大きく開く。

 廂に、人の気配はない。開け放たれたままになっている蔀戸の向こうに、篝火が見える。巴は、もう少し外を見ようとして、廂に身を乗り出した。


 ガタン


 巴の背後で、大きな音がした。同時に、手首に捻られるような痛みが走った。振り返り、肩越しに背後を見ると、几帳が倒れている。塗籠と廂を隔てる妻戸には段差がある。それに、引っかかったのだ。

「巴殿、大事ございませぬか」

 大きな足音がして、親忠が現れた。心底、巴を案じるような表情に、思わず吹き出した。

「拐かした挙げ句、このように縛っておいて、大事も何もあったものではないでしょう」

 親忠は、大仰な動作で床に伏して詫びた。

「そ、その儀は、誠に申し訳なく存じます。しかし、俺は……」

「申し訳ないと思うなら、今すぐ戒めを解いて、兄や山吹殿の元へ返してください」

「それは、できませぬ」

 顔を上げた親忠の瞳には、強い意志が宿っている。巴は負けじと、相手を見つめ返す。

「何故です」

「お、俺は、このまま……巴殿が、皆のいいように使われるのを見過ごせぬのです」

「私が決めたことです。他人に、とやかく言われることではありません」

 巴の言葉に、親忠は少し怯む様子を見せた。しかし、すぐに必死の形相になり、それを真っ赤に染めながら巴に詰め寄った。

「し、しかし……巴殿。こ、このままでは、いずれ……だから、お、俺のよ、よ、嫁になりませぬか。さすればあのような務め、果たさなくてもよくなります」

「何を、六郎殿……戯れを……」

「俺は本気です。巴殿、本気であなたを……」

「そのお気持ちを、お受けすることはできません」

 二つの、鋭い視線が交わる。先に目を逸らしたのは、親忠であった。

「そうですか、承知致しました。では、仕方ありません」

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