第48話 野上

 美濃国野上と言えば、遊女で知られる地である。

 野上より先に進めば、遊女だけでなく、白拍子や傀儡子・傀儡女といった芸人達が多く集まる青墓がある。

 兼平は、できれば日のあるときに、この一帯を通り抜けたかった。芸人達が売るものは、歌舞や芸だけではないのだ。

 しかし兼平が案ずるまでもなく、巴はそれを承知していた。妹が知っているという事実に、兼平は少々落ち込む。巴ほどの歳になれば、むしろ知って当然のこととはいえ、兄としては複雑な感情を抱くのだ。

 もっとも……木曽に戻った時、巴に課せられる役目を思えば、野上や青墓を気にするのも馬鹿馬鹿しい話ではある。

 どちらにしろ、素通りしてしまえば、巴の言う通り、下男達の士気に関わりかねない。重い荷を運ぶ彼らこそ、旅の娯楽が必要なのだ。まして彼らは、既に往路において青墓に泊まっている。復路でも当然のごとく、野上か青墓に泊まるものと期待している。芸人達にしても、男相手ならともかく、女客の前であれば、それなりに弁えるであろうと考え、兼平は、野上まで進むよう指示を改めた。


「今宵は、とっておきの遊女を呼んでおります」

 兼平が逗留の礼を述べるなり、館の主はそう耳打ちした。

 そつがなく気が利く様子に、この主が、土地の豪族にしては珍しく、滋野と同じように国司とうまくやっているという噂を思い出す。

 今の兼平にしてみれば、いらぬ気の利かせ方ではあるが、せっかくの好意を無下にするわけにもいかない。この主は、今井四郎兼平本人ではなく、木曽中三つまり中原兼遠の息子に対して、宿を提供しているのだ。

「それは、楽しみでございます」

 父の顔に泥を塗るまいとして、兼平は、引き攣る顔に無理矢理笑みを浮かべた。


 宴席に呼ばれたのは、遊女だけではなかった。青墓から来たという傀儡子達が、巧みに人形を操り、舞を見せる。

 その最中、兼平が突然立ち上がり、傀儡子の一人を捕らえた。

「六郎殿、ここで、何をしておられる……」

「こ、これは……その……つまり……」

 その傀儡子は、楯六郎親忠が扮したものであった。

 詰問された親忠は口ごもり、目を泳がせながらも、隣の被り物をした傀儡女に視線を送る。

 傀儡女が、被り物を脱ぐ。

「申し訳ありません、四郎殿。私が、六郎殿に無理を申したのです。どうしても……一刻でも早く巴殿とお話したくて……」

「や、山吹殿……よくここまでご無事に……いや、大事を控えた御身でこのような……」

 傀儡女は、山吹であった。

 巴と違い、ほとんど館の外に出たことのない山吹には、ここまでの道中は、並大抵のものではなかったはずだ。それも、婚儀を控えた身で父の幸親が旅を許すとも思えないから、用意とて充分とは言えないだろう。

 傀儡子達の一行に混ざり、ようやくここまで辿り着いたのである。傀儡子が馬に乗るわけにはいかないから、徒歩であったはずだ。


 兼平は、本物の傀儡子達に見世物を中断した詫びを述べ、絹や食料など、充分過ぎる報酬を与えて下がらせた。山吹達が世話になった礼と口止め料も含んでいる。

 残った関係者は、山吹と親忠に、親忠に仕える数人の郎党、下女が二人というそれだけである。下女の一人は彩女で、もう一人は葵といい、日頃は物売りをしているという。

 彩女が文に書いた、親しくなった物売りの少女だというが、巴には、どこか見覚えがあった。

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