第47話 道行

 どれほど進んだであろうか。

 日が陰り始める頃、琵琶湖近くの松林に入った。小さな川を見つけ、一行はそのほとりで休むことにした。春風や他の馬達、空の車を牽く牛にも、休息が必要なのだ。馬や牛達は、おいしそうに川の水を飲み始めた。

 琵琶湖へと注ぐ水が綺麗なその川は、盛越川という。

 牛馬を休ませる間に兼平は、下男の一人を、近くの豪族の館へ使いにやった。今晩の宿を願うためである。

 父兼遠を知る人物で、往路でも世話になっている。


 巴は、大人しく水を飲む春風の横に座り、遠くまで続く松の木を眺めた。

「やはり、外の方が心地いいな、春風。ずっと、狭い厩に閉じ込めて悪かった」

 水を飲み終えた春風は、気にしないでとでもいうように小さく鳴き、巴に頬ずりする。

「ありがとう、春風」

 巴が愛馬を撫でると、今度は、嬉しそうに高く鳴いた。

 しばらくの間、巴が春風と戯れていると、遠くから、兄が自分を呼ぶ声が聞こえた。

「巴、そろそろ発つぞ」

 巴はさっと春風に跨がり、一行の元に向かう。

「松の林も、美しいものですね」

 兼平の隣に並び、延々と続く松林を進む。

「そうだな。外から見ると、もっといいぞ。今晩世話になる館は、湖とこの林を見下ろす丘にある。今からでは無理だが、明日の朝、湖と共に眺めるといい。早く起きろよ」

「まるで、ご自分の館の様に……兄様より遅く起きたことなど、物心ついて以来、一度もございませぬ」

 巴は、兼平の口調が可笑しくて、思わず吹き出した。

 この辺り一帯を粟津ヶ原といい、松林は粟津の松原と呼ばれている。


 京を出て六日を過ぎる頃、ようやく美濃国に入った。

 急げばもう少し早いのだが、賜り物が多いため歩みは遅い。また、日によっては同じ場所に逗留を続けることもある。

 それを考えれば、比較的順調な旅路と言える。

「今宵は、この辺りで宿を頼むぞ」

 不破の関を超えると、兼平が一行を止めた。日はまだ高く、もう少し進めそうである。

「もう少し、先まで行きましょうや」

「そうですよ、ここまで来ておいて」

 珍しく、下男達から不満の声が聞こえる。

「皆もああ言っておりますし、先に進まれては……」

 巴も、兼平の判断を不審に思い、口を挟んだ。

「だめだ。お前を野上なんぞに泊まらせられるか」

「野上、ですか。ならばなおのこと、向かいましょう。下男達には、この先も荷運びをしてもらわねばならぬのですから。私のために、彼らの楽しみを奪うなど、兄様らしくない」

 野上という地名に得心した巴だが、下男達を思えば、兼平に賛同する気にはなれない。

「た、確かにそうだが……しかし……」

「ならば私は、世話になる館を一歩も出ません。それなら、よろしいでしょう」

 いつまでも歯切れの悪い兄に、巴はため息交じりに提案した。

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