第42話 遭遇

 十月も終わりに近付いた二十一日。

 この日は朝から雲が多く、僅かな晴れ間から、時折陽が差すといった、はっきりしない空模様であった。その上、冬の冷気を帯びた風が強く、ここ数日の冷え込みを、更に強く感じる。

 未の三刻(午後二時頃)を過ぎようとする頃、巴は仲家に従って伺候した、八条院からの帰途にあった。

 前駆と牛飼童に先導される網代車が一台。その傍らに、騎乗した仲家と巴の姿がある。

 この日は一の宮の希望で、巴は、愛馬春風を連れて行った。

 しかし、生来気性の荒い春風は、巴以外の者には従わず、やむなく巴は春風に乗り、水干姿で出仕したのだ。しかし、日頃は網代車を使うため、周囲に不審がられないよう、空の車も同行することになった。

 普段よりは軽めに両輪をきしませて進む網代車の一行は、都を南北に走る大路の一つ、西洞院大路をゆっくりと北に進む。

 目指す近衛大路は、一条大路と二条大路の、ちょうど真ん中。八条院のある八条大路からはかなり遠く、ほとんど都を縦断する距離であった。いかに車の中が無人とはいえ、牛が牽く以上、それほど速くは進まないのだ。

 ようやく二条大路を過ぎ、近衛大路の四つ手前、大炊御門大路に差し掛かった時であった。ふいに東の方から、騒がしい声が聞こえた。

 見れば、一台の車が武者達に取り囲まれている。巴は軽く手綱を引いて馬の向きを変え、声が聞こえた東側、堀河小路へ向かった。

 人の近付く気配を感じたのか、車を取り囲んでいた武者達は、あっという間に、方々に散って姿を消した。残されたのは、数頭の馬と髻を切られた男達。彼らは、頭を隠すように両手で抱えたまま、地に倒れている。おそらく馬から引き摺り落とされたのであろう、衣が乱れ、手足が露わになっている。

 車は、牛から離れて横に倒れ、御簾が外れている。その陰に隠れるように、束帯姿の人物が震えてうずくまっていた。

 もう少し近付こうと春風の手綱を引いた巴を、一人の男が遮った。

「待たれよ」

 多少服装に乱れはあるものの、きちんと冠を被っている。

 男の制止に巴は、束帯を着る程の人物に対し、騎乗のままでは無礼であると気付き、春風から降りた。

「左兵衞尉様……では、こちらの御方は摂政様であらしゃいますか」

 男は、巴の知る人物であった。左兵衞尉源通定といい、松殿に仕えているはずだ。この七月、仲家に従って訪問した際に、貢物の品定めや蔵入れの指示を行っていたから、よく覚えているのだ。

「いかにも、我は左兵衞尉じゃが、そなたは」

「今は故あってこのような態をしておりますが、馬場殿の家人、信濃と申します。以前、松殿に郷からの品々をご献上申し上げた折に、お目に掛かりましてございます」

「馬場殿の……あの女房殿か、確か按察使殿に縁の……」

「左様にございます」

 巴と通定が名乗り合っていると、仲家が、牛車と共に追いついた。事情を知った仲家は、畏れ多いことながらと前置きし、車の提供と邸までの警護を申し出た。

 通定が進言すると、基房は微かに首を倒し、肯定の意を示す。

 そうして通定や、起き上がった他の従者達に支えられ、ようやく車に乗り込むと、震える声で閑院に向かうよう、指示を出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます