第41話 初音

 それは、以仁王が元服する前のこと。幼い頃に天台座主最雲法親王の弟子となり、僧籍にあった以仁王だが、最雲の死を機に還俗し、近衛河原の大宮御所に身を寄せた。大宮御所は、太皇太后宮藤原多子の御所で、巴が仕える馬場殿の向かいである。

 その大宮御所に仕え、以仁王付きとなったのが若狭で、側近くに仕えるうち、以仁王の情けを受けたのだという。

 その後、元服した以仁王は、暲子内親王の猶子となり、ここ八条院に移った。その際、身籠もっていた若狭も、同行が許された。

 しかし若狭は、一の宮を産んだ後は、自ら以仁王付きを離れ、母子の名乗りをあげることもしなかった。

 それを気遣った暲子内親王が、少しでも慰めになればと、自身の愛猫、命婦のおもとの世話係を命じたのだという。

「私は……家格もさほどでありませんし、父も既に亡く、兄弟も当てになりませんから。下手に名乗り出れば、若宮様のご将来に差し障りがございましょう。それよりは、女院様の庇護の元、父君もご健在で、ご夫君もご兄弟も頼もしい加賀殿が、乳母としてご養育くださる方が、どれほど若宮様の御為になることか。高倉宮様には、ご元服の折にでも密かに打ち明けてはどうかと、お気遣い頂いているのですが……」

 若狭は、か細い声で母と名乗らぬ理由を、淡々と語った。そこには、自らが産んだ子に対する愛情と、自分の身分に対する謙遜が見える。

 巴は思わず、心に浮かんだ疑問を投げ掛けた。

「あ、あの……お辛く思うことはございますか」

「若宮様の御為を思えば、無いとお答えしたいのですが……加賀殿を羨ましく思うことでしたら、もう何度もございます。それでも、お近くでご成長振りを拝見できるのですから、明石の御方を思えば、幸せと言わざるを得ません」

 不躾とも言える巴の質問に、若狭は気を悪くするでもなく、ゆったりと微笑んだ。


「年月をまつにひかれて経る人にけふうぐいすの初音きかせよ」

「……ひき別れ 年は経れども うぐいすの 巣立ちし松の 根を忘れめや」

 侍従の声に、巴はまた、頭を回転させ、記憶を辿ることとなった。

「ごめんなさい、試すつもりじゃなかったのに……つい癖で……でも、信濃殿って本当によくご存知なのね。武芸もできて教養もあるなんて、殿方だったら……いいえ、このお姿だったら今のままでも……」

 侍従に、潤んだ瞳で見つめられた巴は、水干姿のままであったことを思い出すと同時に、返答に困って思わず一歩二歩後ろへ下がった。


 この二首の和歌は、『源氏物語』の中の「初音の巻」に登場する。

 敵方右大臣の娘で、帝に入内する予定であった朧月夜との密通が露見した光源氏は、自ら須磨へ隠棲。その後、夢のお告げに従って明石に移り、出会ったのが明石の御方である。

 元は高貴な家柄であったが、父の明石入道が、都での栄達を捨てて播磨守となり、そのまま出家して明石に住んだため、明石の御方は「鄙育ちの受領の娘」でしかなかった。

 その明石の御方は、光源氏との間に姫君をもうける。

 夢のお告げによって、国母(帝の生母)となることが定められた姫君は、生母の明石の御方ではなく、光源氏の正妻格紫の上の元で育てられる。

 光源氏が六条院を建てると、光源氏と紫の上、姫君は南東春の町に、明石の御方は北西冬の町に住むこととなる。

 そして六条院で初めて迎える新年、明石の御方は姫君に「年月を」の歌を贈り、姫君が応えたのが、「ひき別れ」の歌である。

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