第32話 松殿

「結局、随身はその任から外して下男とされ、前駆を務めた七人は勘事として暇を出されたの。その上、舎人達を、検非違使に差し出してしまわれたわ。そこまでなさったのによ、先日、殿が法成寺へお出掛けなさろうとしたら、二条京極辺りに武士が集まっていたそうなの。それで慌てて引き返されて、結局、お出でにはならなかったわ。あれは絶対、六波羅の辺りの差し金よ。それ以来、殿がすっかり怯えられてしまって、出仕すらも控えられているのよ。このままでは、姫様の御将来にも差し障りないかと、心配しているのだけれど……」

 松殿に仕える按察使は、久し振りの来客を相手に、檜扇で口元を隠し、声を潜めて愚痴を零した。

 松殿こと摂政藤原基房は、去る七月三日、洛外の法勝寺に向かう途上、二条京極で一台の女車と擦れ違った。

 その際女車が素通りしたため、舎人達はその無礼を咎め、相手方と乱闘した上、車中の人物を引っ張り出した。

 車が擦れ違う場合、身分の低い方が車から降りて、もう一台を先に通すのが礼儀である。 だから、舎人達は主の名誉を守っただけで、多少過ぎたる部分はあったものの、間違ってはいないはずであった。しかし今回、相手が悪かった。

 相手は従五位上越前守で、従一位摂政の基房より遥かに下位だが、今を時めく平家の公達、平資盛であったのだ。しかも、今は出家して浄海と名乗る前太政大臣平清盛の孫で、清盛の長男正二位権大納言重盛の次男である。

 平家の報復を恐れた基房は、随身や前駆に罰を与え、舎人達に至っては、都の治安を守る役所、検非違使に差し出したのだ。しかし、平家からの許しはなかった。

 按察使の言う先日とは七月十五日のことで、基房の外出を狙うかのように、二条京極に猛々しい武士達が集まっていたという。真相は分からないが、平家が基房に報復しようと狙っているのだと、誰もがそう噂する。

 六波羅の辺りとは、そこに邸を構える平家を指すのだ。ちなみにこの日、基房が向かおうとした法成寺は、御堂関白藤原道長の創建で、道長を指す「御堂」とはこの法成寺のことである。

 仕える家の内情は、あまり外に漏らさぬものだが、この件は既に、都中が知っている。少しくらい愚痴を零したところで、新たに漏れるような情報は何もない。

「いずれ、時が経てば事態も変わるかと存じます。それにしても、いかに権勢を誇られようと、御摂禄の職にある御方と擦れ違って車から降りられぬばかりか、報復まで企むとは……」

「そうよね、巴。あら失礼、馬場殿の信濃だったわね。舎人達は当然の報復をしたまでなのに、どうして殿がこれほどの思いをなさらないといけないのかしら」

 廂に控える来客、巴が返事をすると、按察使は我が意を得たりとばかりに、少しだけ声を高くした。馬場、とは巴が仕える家の主、源頼政の号である。

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