第27話 七夕

 七月七日は乞巧奠である。

 この日内裏では、牽牛と織女の二星を祭り、庭に祭壇を設けて織女星に裁縫等手芸の上達を願うと共に、詩歌管弦の宴も行われ、貴族の私邸でもこれに倣う。

 昨夜から降り続いた小雨も朝方には止み、昼を過ぎる頃には、すっかり空が晴れ上がった。都人は皆、今年も二星の逢瀬が叶うことを喜んだ。


 洛外近衛河原――洛中から続く近衛大路と鴨川が交わる辺り――に、道を挟んで二軒の邸がある。一つは、大宮の御所。四代前の帝近衛帝の皇后宮であり、後に、先々帝二条帝に望まれ、異例の再入内をした二代后、太皇太后宮藤原多子の御所である。

 二条帝の崩御後出家した多子だが、歌壇を為した徳大寺家に産まれ、書画に長け、琴や琵琶の名手として知られる彼女の周囲には、今も文人墨客が集う。


 しかしこの日の夕刻、ごく内輪の歌会が開かれていたのは、大宮の御所の向かい、もう一方の邸馬場殿であった。大内守護の任にある邸の主や息子達は、内裏や自身が仕える院での務めを果たすべく出仕している。残るのは、北の方と娘達、そして女房達であった。


――七夕の 恋の衣や 晴れぬらむ 秋の今宵の あまの川風


 朗々と美しい声を響かせたのは、歌人として名高いこの邸の総領娘。

 かつては宮中に上がり、讃岐の女房名で、二条帝に仕えた。崩御後に実家に戻り、今は夫として、宮内権大輔藤原重頼を通わせている。

「さすがは大君。今朝の天気を天の川に掛けて詠み込まれるとは……」

「それに『恋の衣』とは、まことに優美な」

「これでは、次に詠まれる方が困ってしまうわ、どなたかしら」

「次は……あら、信濃殿ね、さぞ大変でしょう」


 好奇に満ちた視線が、この五月に邸に上がったばかりの、若い新参女房に向けられる。

 信濃と呼ばれたその女房は、好意的とは言い難い周囲の視線に、気が遠くなるような心地を感じる。それでも、やや低めの声を微かに震わせながら、この日のために考え抜いた三十一文字を詠み上げた。


――天離る 鄙にも見えむ 秋の夜の けふに輝く 星合の空


 ほう、と上座からため息が漏れる。

 しかし、新参の、しかも田舎から出て来たばかりの彼女に、先輩女房の風当たりは強く、あちこちから鋭い飛礫のような囁きが聞こえる。

「田舎娘でも、いっぱしに詠めるのね」

「姫様方が、こっそり手ほどきなされたんじゃありませんの」

 古参女房達の陰口を見るに見かねたのは、この家に、兄と共に猶子として引き取られている宮菊であった。日頃、信濃が仕える主でもある。

「私は、いいお歌だと思うわ。鄙というのは故郷のことでしょう。それを思う気持ちと、都の晴れがましさが詠み込まれていて、今日と京が掛ってるのがいいじゃない」

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