第3章 馬場殿の信濃

第26話 事件

 花の都、平安京。

 七月に入り、間もなく松虫の声も聞こえようかという頃。月が変わったからか、心做し、風が吹けば清々しい涼気を感じ、遠くの山々がほんのり色付いて見える。都に、仄かな秋が訪れようとする、ある日のことである。

 二条大路を東に進む、一台の車があった。幾人もの随身や舎人、雑色達に守られたその車は、檜の網代が組まれ、物見には半蔀が使われている。半蔀車と言われるその設えから、車中の人が並みの身分ではないことがわかる。車が、京極大路に差し掛かった時、つまりこの大路を横切れば洛外に出る、という時であった。


 北から、一台の女車が現れた。

 竹の網代に、簾の下から見える裾先は、華やかな蘇芳の襲。裾を見せる出し衣は、女性が乗る際の装飾である。従う人数は多くないが、見るからに屈強な者達が揃い、舎人よりは郎等という方が相応しい。

 何処かの武門にでも仕える女房だろうと、半蔀車の前駆が「おしおし」と警蹕の声を掛ける。女車に従う騎馬の者が一人、物見に近付く。車中の主に、指示を仰いだのであろう。普段ならそこで相手が止まるはずだが、女車は一向に止まる気配がなく、そのまま真っ直ぐ、京極大路の中央を南へ進む。その堂々たる様子に、女房風情が厚かましいと、前駆は声を張り上げた。

「これは松殿、御摂禄の御車ぞ。車より降りられぬとは、無礼ではござらぬか」

 半蔀車の主は、藤原基房。摂禄とは摂政のことで、屋敷の名から松殿とも呼ばれている。 この時の基房は、京極大路よりさらに東、洛外白河の法勝寺に向かう途上であった。

 法勝寺は、藤原摂関家の別業、つまり別邸であったものを、基房には高祖父にあたる師実――自らの嫡流を摂関家たらしめた藤原道長の孫――が、時の帝白河帝に献上し、白河帝によって、寺院とされたものである。その経緯もあって帝からの尊崇が篤く、法華八講の初日であるこの日は、後白河院の御幸も予定されている。


 しかし女車は、松殿の名を聞いてもなお、止まろうとはしない。そこで舎人達は、各々兵仗や石を携え、女車に襲いかかった。

 女車の郎等達は、基房の舎人達の攻撃を軽く躱すと、烏帽子を落として髻を掴んだ。髻が顕わになった恥ずかしさから、相手が動きを止めると、それを軽々張り倒す。始めの幾人かは、それで済んだ。しかし、隙をついた一人が、女車に近づいた。

 気付いた郎等の一人が、素早く車から舎人を引きはがすも、あっという間に相手方に囲まれ、石を投げ付けられる。数多の攻撃に、車と自身とを守るだけで手一杯になる。相手が摂政でも構うものかと、郎等達も車中を狙い返そうと視線を遣るが、半蔀車は、威儀を整えた随身達にしっかりと守られ、到底手出しできる状態ではない。

 数を頼みとする基房側が、次第に優勢になる。今度は、女車の郎等達が、衣を破られ、烏帽子を取られた。それで戦意を挫かれ、攻撃を受けるままとなる。ついに、女車が路上に横転した。


 舎人達が一斉に群がる。

 女車から引き摺り出されたのは、仕立ての良い、赤色重の狩衣を纏った、未だ年端のいかぬ、幼い公達であった。騒ぎが落ち着くのを待って、半蔀から様子を垣間見た基房は、相手が幼い公達であると知り、顔色を失った。

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