第18話 動揺

「何のことだ」

 義仲が問い詰めると、唐糸は更に声を高くし、宴席にいる全員に届くかと思われる程、響かせた。

「あら、ご存知ありませんでしたの。山吹殿は、冠者殿とのことをご辞退なさったとか」

「そうか、山吹が」

「な、何と……」

「山吹殿に限って、」

「まさか……」

 複雑な表情を浮かべる義仲と、驚く中原家の兄妹達に、今度は周囲に漏れないよう声を落とした唐糸の言葉が、静かに届いた。

「本当ですわ。父が、申しておりましたもの」


「すると、山吹殿は巴殿のことを気になされて……」

「なるほど。巴殿とて女子……将としてあまりに有能で忘れておったわ」

「では、山吹殿ではなく巴殿が……」

宴席中に響き渡った唐糸の言葉は、滋野に属する者達にとって、聞き逃すことのできないものである。先の評定に参加していた者はともかく、この場にいる皆に、山吹の方こそ、義仲とのことを躊躇っているのだと知られてしまった。一人が呟けば、それに同調した嫌なざわめきが、あちらこちらから聞こえ始める。

「ならば、某にも娘がおりますぞ。わが妻は先々代の孫に当たります故、血筋から言えば、」

「なに、貴殿の娘御では……唐糸殿こそ、先代の孫に当たられる上、あのご容姿……今のうちに、小室殿に取り入っておいた方がよいかもしれんな」

「な、なんだと。まだ決まってもおらぬうちから、海野殿を差し置いてそのような……」

「ふん、後で泣きを見ねばよいがのう」

 始めは、隣同士で囁く程度であった声が、徐々に大きくなり、次第にその声は、上座の義仲本人に届くまでになった。巴は、耳を塞ぎたい欲求に駆られながらも、その原因を作った本人を問い詰めようと正面を睨む。しかしそこに、目的の人物はいなかった。

「唐糸殿は、」

「酒がなくなったと申されたが……逃げられたな」

義仲が、苦笑して答える。巴が視線を巡らすと、当の唐糸はその父小室光兼の背後に、隠れるように座っていた。そのまま自身の父兼遠の様子を窺えば、山吹の父である幸親と、互いに渋い顔を見合わせている。このような形で情報がもたらされたことを苦々しく思っているのだろう。しかし、場を鎮めようにも、当事者たる二人の父親がしゃしゃり出ては、事態を余計に悪化させる可能性が高い。


 その時、いかにも精一杯張り上げたといった、若い声が響いた。

「冠者殿の御前で、身勝手なことを申されるとは、少しは口を慎まれたらいかがでしょう。唐糸殿も唐糸殿、そのようなこと、軽々しく口にしてよい話ではございますまい」

静まり返ったその場に、ただ一人立ち上がっていたのは、楯六郎親忠。日頃は父や兄に隠れて影が薄い彼の行動に、皆が唖然とする。

「おお、確かにそうじゃな」

「これはちと、口が過ぎたようじゃ」

「唐糸殿が思わぬ事を申される故、つい先走ってしもうたわ」

「言われてみれば、そのようなこと、唐糸殿はようご存知であるな」

一瞬の後、我先にと述べられる反省の声は、弁解を通り越し、唐糸への批判に変わる。

「いや、これは娘が失礼をした。年頃故、かように凛々しき冠者殿に近しく見え、憧れの余り度を越したようじゃ。誠に、申し訳ござらぬ。どうかご容赦頂きたい」

小室の当主に頭を下げられては引き下がる他はなく、その場は収まったかに見えた。

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