第16話 思惑

 兼平は大概、兼遠や兼光と共に、上席に座る義仲の近くを陣取る。普段ならばそこに、頃合いを見計らって巴が加わり、義仲へ酌をする。

 しかし今日は、巴が座るはずの場所に、先客があった。

「噂にはかねがね聞いておりましたが、これほどとは……」

「全く、こんな美しいお方を今まで隠しておくとは、小室殿もお人が悪い」

 先程の美少女、小室家の唐糸である。日頃から調子のいいところのある兼平はもちろん、兼光でさえ、目尻がやや下がっている。

「冠者殿、どうぞ」

 唐糸は二人の賛辞に笑みを返しながら、すっと義仲に寄り添って瓶子を傾け、盃に酒を注いだ。


「もしや、小室殿の目的はあれか……」

 巴と共に、上席の様子を窺っていた行忠が呟いた。

「小弥太殿、いかがされましたか」

「ああ、小室の唐糸殿だが、このような席に居られるのが珍しいと思っていたのだが」

 言われてみればと、巴は先刻の会話を思い出す。

「そういえば、あまり表に出られないと」

「現に巴も、唐糸殿とは初対面だっただろう。小室殿のご意向で、彼女は海野の山吹殿同様、京風の育ちなのだ」


 確かに山吹は京風の育ちだが、そう為らざるを得なかっただけだ。病がちでなければ、巴達と共に、外を駆け回っただろう。

 今、こうした席に出ないのは、棟梁の娘だからだ。

「山吹殿は、お体があまり丈夫ではありませんでしたから。それでも、幼い頃は兄達とも直に対面しておりましたし、お二人もお会いになったことくらいおありでしょう」

「うむ。山吹殿ならば、我々も元服前に何度かお会いしたことがある。それに同腹の弥平殿は、今でも直に会うそうだ。しかし唐糸殿はもっと徹底していてな。実の兄弟でさえ、几帳越しだという話だ。それが今になって、このような場に出られるとは……小室殿は、娘御を冠者殿に引き合わせたかったのかもしれんな」

「ですが、冠者殿には山吹殿と……」

 巴は思わず、行忠の推察に反論した。

 今さら、他の家の娘が出てきて、どうしようというのだろうか。滋野の中からは山吹と、そう決まっているのだ。

「巴殿、山吹殿だけではない。既にお聞き及びでしょう。諏訪の金刺殿が動いておられると。確か胡蝶殿と言ったか。今年、いや昨年に裳着をされたばかりの愛らしいお方とか」

 胡蝶の名を出した行忠は、またもや顔を緩めた。


 義仲を婿に望むのは、滋野ばかりではない。諏訪もまた望んでおり、それは義仲本人にとっても悪い話ではない。けれど、それとこれとは話が違うはずだ。

 義仲の身分で、妻を幾人も持つことは珍しくない。しかし、今の段階で山吹以外に、滋野からその候補者が出るというのは、良策ではない。そうでなければ、山吹本人の想いという一点を除いて、巴がこれほどまでに悩む理由はないのだ。

 巴は、自身の感情が表に出ないよう気を引き締めて、言葉を発した。

「確かに、諏訪の辺りからそのような話も聞こえております。なればこそ、棟梁たる海野の山吹殿でなければ、こちらの立場がございません」

「成程、言われてみれば金刺殿は諏訪の棟梁。こちらも棟梁家の者でなければ、分が悪いというわけですか。しかしそうなると……何故、唐糸殿は冠者殿に」

 親忠が、訝しげに眉根を寄せる。

「様子を、見て参りましょう」

 疑問に答える形で席を立った巴だが、何より自分自身、気が気ではないのだ。

 それに、困惑の表情を浮かべる義仲はともかく、兄二人の浮かれた態度に、どこか心穏やかではいられなかった。

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