第15話 唐糸

 酒宴が始まると、巴は他事を考えられない程、忙しくなった。

何せ、酒呑みが何十人といるのだ。皆、腕に覚えがある滋野の武士達。呑む量も食べる量も、人の倍以上はある。

その中を、他の女性達と共に給仕しながら行き来し、求められれば酌にも応じる巴には、方々から声が掛かる。他家の男子達は、義仲や兄達同様、幼い頃より共に学び遊んできた仲間なのだ。


「久しく見ないうちに、巴殿は随分と美しくなったではないか。なあ、六郎」

 追加の酒を受け取りながら言ったのは、根井小弥太行忠。父親譲りの豪快さで、同席する弟楯六郎親忠に同意を求める。

「誠に……我々と暴れ回っていた頃が、嘘のようでございますな」

 行忠ほどには行親の質を受け継いでいない親忠は、兄の気迫に圧されるかのようにして答えた。その様子は幼い頃と何一つ変わらず、巴は思わず小さく声を立てて笑みを零す。

「お二方とも、またそのような……小弥太殿の奥方には、敵いません」


「失礼します、あなたが中原家の巴殿ですか」

 子供時分の思い出話に花を咲かせる三人に、甲高い声が割って入った。

驚いた巴が振り返ると、見慣れない美少女が澄ました顔で立っている。同じ滋野に属するとはいえ、皆が皆全ての人間を把握しているわけではない。若い者達にとってこのような酒宴は、他家との交流を深める場であり、それは女子も同じであった。

しかし、眼前の美少女の態度は、およそ友好的とは程遠く、巴も思わず口調が鋭くなった。

「確かに、私は中原兼遠が娘、巴と申します。ですが、人に名を尋ねるのならば、そちらから先に名乗るが礼儀というもの」

「これは、失礼致しました。私は小室光兼の娘、唐糸と申します。以後よろしくお見知りおき下さいませ」

 名乗りと共に優雅な微笑を見せた彼女は、くるりと踵を返しその場を離れた。


 一体何だったのかと怪訝な顔で見送る巴をよそに、根井の兄弟は何やら嬉しそうな表情を浮かべている。行忠に至っては、その後姿にさえ見惚れているようであった。

「あれが、小室の唐糸殿……噂通り、美しい方ではないか、六郎」

「誠に。小室殿の奥方も評判の美人、よく似ておいでです。小室殿も、娘御を表に出したがらぬも道理ですね」

 親忠の方は、兄ほどに浮ついてはいないが、よく見れば、顔の緩みが隠し切れていない。巴はふと、悪戯心を起こした。

「六郎殿、不躾な視線は失礼になりますよ。小弥太殿も、ほらそこに奥方が……」

「な、何……いや、そのこれは……」

「まあ、ほんの戯れです」

「ともえ、お前……」

 行忠のあまりに慌てように小さく笑いを零した巴は、からかわれたと知った相手に軽く睨まれた。

「そんなところは、変わっておりませんな」

 親忠が懐かしそうに言うと、行忠はそっと言い訳めく。

「巴は真面目な顔で言うから、つい本気にしてしまうのだ。これが、今井の四郎殿なら、大抵は見抜けるのだがな」

「確かに、あの兄はすぐ表情が変わりますから」

 そうして巴は、話題に上った兄、兼平の方へ視線を遣った。

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