第14話 年賀

 正月を迎える。

 年賀の挨拶のため、雪の残る道を辿って、海野の館を訪れた。

 新年には、棟梁海野幸親の元に、巴達の父中原兼遠はもちろんのこと、根井、小室、祢津、望月といった、滋野の当主達が必ず顔を揃える。

 後刻に開かれる酒宴には、皆の主である義仲を始め、それぞれの家の男子が同席することになっている。

 人手はいくらあっても足りぬから、巴がその手伝いに駆り出されることは必至であった。義仲も同席するその場で、例の話が、いよいよ本格的に進むことを、巴は覚悟していた。

 しかしこの時、海野の館で予想外の事態が起こっていた。


「今、なんと仰いましたかな、海野殿」

 妙な声を出したのは、根井行親。豪放磊落で、日頃から大声で話す行親だが、声が上擦っている。それだけ、驚きが大きかったのだろう。

「いや、誠にお恥ずかしいのですが……ここに来て、突然娘が我侭を言い出しまして」

 聞き返された幸親は、心底困り果てた表情を見せる。昨年、臨時の評定で決定した通り、義仲と山吹の件を占わせたところ、今年の夏がよいとの結果が出た。そこで、更に詳しい日取りを占わせようと山吹に話をしたところ、当の本人が嫌がったのだという。

「では何か。山吹殿は、もったいなくも冠者殿を婿に迎えるのが、お嫌じゃと」

 小室光兼が、厳しい口調で詰問する。

「いえ、決してそういうわけでは……娘が、冠者殿をお慕いしているのは明白」

「ならば、何故じゃ。理由がなかろう」

 光兼が激昂する。策謀に長け、普段は、ぼそぼそと籠る様にしか話さない光兼にしては、ひどく珍しかった。


「まあまあ、小室殿。山吹殿も年頃の娘子、照れておいでなのではないか。なあ、幸親」

 見かねた兼遠が、間に入って光兼を宥める。

 けれども兼遠自身、決して山吹が「照れ」から拒否したわけではないことを、充分承知していた。

 おそらく山吹は、義仲の心が我が娘、巴にあることを知っている。山吹の父であり自身の弟である幸親からは、義仲と話をしてそれを確認したと聞いた。幸親は娘に伝えていないというが、既に山吹は勘付いているだろう。そして幸親もまた、それを承知しているはずだ。

 だからこそ、全てを明らかにすることができないながらも、この場で、二人の話を進めることが難しいと、言っておきたいのだ。


「全く、仕方のない娘で申し訳ない。この件に関しては、よくよく言い聞かせます故、」

「当然ですな。だが、もし万が一にも、山吹殿が冠者殿をお慕いでない場合は、如何するおつもりかな」

 幸親の詫びにも、光兼は引き下がる気配を見せなかった。いつになく頑ななその様子に、今度は行親が、執り成した。

「小室殿、その辺りでよいではないか。まずは、山吹姫にご機嫌を直して頂かねばのう。早う、酒が飲みたいもんじゃ」

 大声でそう言われ、周囲が笑いに包まれる。滋野党は皆が皆酒豪揃いで、中でも行親のそれは、群を抜いている。これにはさすがの光兼も、引き下がる他はなかった。

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